第8話 森の探索

 リオンが先導して森の中を歩くこと数時間。一行は未だに森の出口に辿り着いていなかった。


「おかしいな……とっくに外に出られていてもおかしくないはずなのに」

「リオン、もしかして迷ったんじゃない?」

「そんな筈は……だってずっと真っ直ぐ進んで来たはずだし」

「途中で沢があったり、崖を迂回したりでちょっとずつ方向がずれてたんじゃないの?」


 当初方角をあてにしていた太陽だが、いつの間にかその姿を雲に隠していた。そうなるともう何となくで方向を決めるしかない。アクアが言ったとおり沢や小さな崖を迂回した時などに少しずつ方向がずれて、真っ直ぐ進んでいたつもりでいつの間にか180度反対方向を向いてしまっている可能性すらあるだろう。


 リオンは少し考え込むと足を止めて振り返った。


「みんな、聞いてくれ。どうやら俺達はいつの間にか迷ってしまったみたいだ」

「でしょうね……それでリオン、どうするの?」

「太陽が見えない以上、これ以上闇雲に動くのも余計危険な気がするんだが、みんなはどう思う?」

「同感だな。せめて方向が分かっていないと、進めば進むほど余計に迷ってしまう可能性が高い」

「それってつまり太陽が出るまで待機しようってこと?」

「……そういう事になるな」

「冗談でしょ!? 空を見る限り晴れるどころか今にも雨が降り出しそうな雲じゃない!」

「仕方ないだろう、このまま歩き続けて森を出られる保証も無いんだから。雨が降り出せば尚更だ」


 そんなやりとりをする獅子奮迅のメンバーを眺めながらアカは本当に迷った事に驚いていた。碌に振り返る事もせずズンズン進み続けるので逆に何かのスキルや魔法、もしくは異世界人特有の第六感的なもので方向を把握しているのかなとすら思っていたのだけれど、まさかただ遭難していただけだったとは。


 ちなみにアカとヒイロは一応ここまで数分に1回、およそ100mおきぐらいを目安に樹の幹に目印をつけては来ている。森に入ったところからイロハニホヘト……の順でカタカナを彫って来たけれど、先ほど二周目の「ホ」を刻んだところである。ただ、これだけ適当に進まれるとその目印を辿って戻るのも難しいだろうなとは感じていた。


「……アカさんとヒイロさんは、何か意見はありますか?」


 ソフィが二人の方を振り返り訊ねる。


「だって。アカ、何かある?」

「迷ってるなら晴れるまで待機は賛成だけど、この場所は良くないかな。ここだと樹々で見通しが悪い中で全方位警戒しないといけない。雨も降るなら、出来ればそれを凌げる場所を探したいな」

「洞穴とか、大きな樹の根本みたいな場所ってこと?」

「そう、そんな感じ」


 丁度良い洞穴があれば出口を警戒するだけで良い上に雨も凌げて理想だけど、そうでなくても最低でも壁を背にする形を作りたい。


「洞穴か……なるほどな。ちょっと探してみる」


 言うが早いか、リオンは鎧を脱ぐと近くにあった樹に足をかけて器用に登り始める。とっかかりも無さそうな樹木をするすると登って行く様は野生動物のようだ。


「上手いのね」

「ああ、昔から近場の森は俺たちの遊び場だったからな。木登り程度ならお手のものだ」

「みんなで競争するとリオン君はいつでも一番だったんですよ」

「まあリオンのせいで迷ったんだから、ここでちょっと良い所を見せて貰わないとね」


 なるほど、異世界人特有の木登りスキルねなんて感心しつつ心の中でボケている内にリオンは30mはあろうかという樹のてっぺんまで登って行く。



 しばらく周囲を観察してから降りて来たリオンは明るい表情で成果を告げる。


「まず、森の出口の方向がわかった。あっちの方向に暫く行くと樹々が途切れてるのが見えたから、多分街道に出られると思う」


 そういって指差した方向はこれまでの進行方向と垂直な向きであった。


「やっぱりいつの間にか方向がずれてたのね」

「ああ、だからいつまで経っても出口につかなかったってわけだ。とりあえず帰り道は分かったところでもうひとつ、あっち方向に洞穴もあったんだ。これはわりと近くて数分の距離ってところだ」


 先程とは真逆に指を向けるリオン。


「出口がわかったならわざわざ洞穴に行く必要はないじゃない」

「アクア、俺たちの仕事はゴブリンの集落の調査だろ?」

「……っ! つまりその洞穴にゴブリンが居たってこと?」

「ああ。昼間だから眠そうにしていたけれど、穴の入り口に見張りが立ってたぜ」


◇ ◇ ◇


 出口までのルートを確認するために先に森の出口に向かった一行。先ほどの地点から15分ほどで無事に森を脱出することができた。小休止をとってからあらためてゴブリンの洞穴に向かう事にする。


「トール君、腕見せて」

「ん? ああ、悪いな」


 歩きながら腕をしきりに掻いていたトール。見ると虫に刺されたのか、5cmほどの真っ赤な腫れができていた。


「治しておくね」

「魔力は大丈夫か?」

「このぐらいなら大した消耗じゃないから……」


 杖の先に意識を集中させるソフィ。みるみる腫れがひいていく。


「これでOK。他にはおかしなところ、ない?」

「ああ大丈夫だ。ありがとう」

「どういたしまして。他のみんなも変な虫に刺されたりしてない?」

「ソフィ、俺も腕と首すじをやられたみたいだ。治療を頼めるか?」

「わかったよ」

「深い森だけあって、結構虫が多かったな。刺されないように気を付けてはいたんだが」

「私達の方には全然寄ってこなかったわね。もらった虫除けが効果覿面だったわ」

「本当にね。アカさん、ヒイロさん、どうもありがとう」


 笑顔で改めてアカ達に礼を言うソフィ。刺されて腫れても治せるとはいえ、10cm近くある虫が腕に吸い付いているところは見たくない。一方で虫除け無しで腕や首を喰われた男性陣リオンとトールとの明らかな差を目の当たりにした女性陣はもうこの虫除けを手放せなくなるだろう。


 道具屋のオジサンにも虫除けを多めに仕入れるようにお願いしておこうかな?


 意外と在庫切れがある商品なので自分達が欲しい時に売れ切れてると困る。日本のスーパーやコンビニと違って欲しいものがいつでも店に並んでいるわけでは無いのも、この世界が不便な部分であった。


◇ ◇ ◇

 

「さて、洞穴にゴブリンが居たとして、どうやって調査しようか? 外から見るだけだと詳しい状況は分からないよな?」

「そうね。流石に「ゴブリンの巣穴を見つけました」だけで調査完了とするわけには行かないだろうし」

「ああ。最低限大雑把な群れの規模と、上位種や特異個体が居ないかは確認しないとな」

「それってゴブリンの巣穴に入って確認するってこと? 流石にリスクが高すぎると思うけど」

「確かに暗くて狭い洞穴に入っていくのは危険だよな……」


 休憩をとりつつもどうやって調査を進めるか話し合う獅子奮迅一同。どうやら彼らはもう少し詳細に調べるつもりらしい。


「アカとヒイロはどう思う?」


 一歩離れて話し合いを眺めていた2人に意見を求めるリオン。


「あなた達が今言った通り、洞穴に入っていくのは危険すぎると思う。……洞穴の場所を特定したって事で成果には出来ないの?」


 アカはここで調査を打ち切る事を提案する。危険を犯して詳しく調べる必要は無いという考えだ。


「流石にそれだと報酬の減額は免れないんじゃないか?」

「確かに情報の量や種類によって報酬の増減ありとは書いてあったけど、森の中の洞穴にゴブリンが巣食っていましたってだけでも最低限の報酬はもらうに値すると思うんだけど」

「それは流石に弱気過ぎない? ただでさえ報酬は折半だし、ある程度は成果がないと最悪赤字になっちゃうわよ」

「アクアの意見に賛成だな。さっきも言ったがおおよその規模や群れのボスが居るかどうかぐらいは調べておきたい」


 先程森で遭難する前にも思ったが、やはり彼らとアカ達では安全に対する意識が決定的に違う。安全の洞穴を探索する手段がない以上、アカとしてはここは撤退一択なのだが彼らは少しでも成果を持ち帰ろうというスタンスのようだ。


(なまじ遭難した状態から脱出できちゃったのがな……)


 成功体験が悪い意味で作用していると思った。恐らく彼らの中には「なんとかなるだろう」という無意識の思い込みがあり、故にアカの態度は弱気に写るのだろう。


「ヒイロ、どうする?」


 最悪ここで解散するという選択肢もあるが、できれば穏便に話を進めたい。隣にいるヒイロに意見を求めてみる。


 ヒイロはしばらく腕を組んで考えていたが、やがてゆっくりと顔を上げ一つの作戦を提案した。


「とりあえず、ダメもとで燻り出してみるっていうのは?」

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