第10話 逃走と迎撃

 森を脱出できたからといってゴブリン達が諦めてくれるわけではない。俄然殺気を漲らせて追いかけてくる。


「くそっ! もう体力が……」

「弱音吐かない!」


 森から距離をとるように暫く走ると街道――と言っても当然、日本のように舗装された道というわけではなく踏み固めた道に馬車が通った轍が残っている程度のものである――と交差する。


「街はどっちだ!?」

「た、たぶんあっちだと思う!」


 街道に差し掛かったところで右に曲がる。あとはこの道をひたすら進めば街に着くわけだ。


 森を出てから最後尾を走っていたアカは振り返ってゴブリン達を確認する。森から這い出てきたゴブリンの数はざっと50体といったところか。森の中では樹々に隠れているので数が分からなかったけれど、こうして外に出てきたことで追手の数が把握できる。


 街道を街の方向へ向けて走る一行。森に比べて走りやすいこともあり少しずつゴブリン達の距離が開き始める。しかし全力疾走を続けて来た一同には体力の限界も近づきつつある。


 死ぬ気で街道を走ること20分程。ついにアクアの足が止まる。


「も、もう、一歩も動けない、わ……」

「アクア!?」

「お願い、私を置いて行って……」

「そんなこと出来るわけないだろ!」

 

 アカは改めて振り返る。ゴブリン達との距離は100mぐらいだろうか、なんだかんだ洞穴からは5km以上は離れたので追手のゴブリンもそれなりが脱落して、その数はだいぶ減っているように見える。辺りが薄暗くなって来たので正確な数は分かりづらいが先頭集団は既に20体ほどになっているだろう。


「……あのくらいの数なら迎え撃ってもいいかも」

「アカ!?」

「どっちみち最後まで諦めずに追いかけてくる個体は倒した方が良いかとは思ってたし、これ以上走って全員が動けなくなる前にアレを殲滅するべきね」


 背負っていたヒイロをその場に寝かせるとアカは追いかけてくるゴブリン達と向かい合う。


「最初に魔法を撃ち込むけど、何体かは撃ち漏らすだろうからその処理は任せるわよ」

「あ、ああ……」


 リオンとトールも長距離走でヘトヘトだが、なんとか剣を構えた。そんな彼らの様子を見てゴブリン達は何を思うのか。これまでど変わらない勢いでグングンと距離を詰めてくる。


「ハァッ!」


 先頭のゴブリンが5mのところまで迫り、手に持った剣を構えたところでアカは両手から炎を放つ。森の中でヒイロが放ったものと同じように、正面のゴブリンを後ろに控えている奴らごと燃やす算段だ。


 ヒイロは咄嗟の事でとにかく全魔力をぶっ放したのでそのまま意識を失ったが、アカは森を出たときからこの形を想定して魔力を溜め続けてチャージしていた。


 真紅の炎は迫るゴブリン達を次々に飲み込む。その様はまるで龍のようだった。


「す、すごい……こんな威力が……」

「きれい……」


 アクアはその威力に驚愕し、ソフィは紅い炎に魅入られたように呟く。

 

「くっ……!」


 しかしそんなアカの炎も数秒で掻き消える。溜めた魔力をあっという間に撃ち尽くしたのである。これ以上無理をすればヒイロの二の舞だ。


「アカ!」

「来るわよ! 全部は焼ききれてない!」


 ゴブリン達から目を逸らしたリオンを叱咤する。手前側の半分は倒したと思うが、後ろの10体は大なり小なり火傷こそしているが命は奪っていないはずだ。


「グギャアアアア!」

「フッ!」


 半身を黒焦げにしながらもなお飛びかかって来るゴブリンに、アカはメイスを振り抜いた。ボクっという鈍い音が手元から鳴り、飛び込んで来たゴブリンはそのまま絶命する。


「ギギギッ!」

斬撃スラッシュ!」

「ギャハッ!」

突撃スラスト!」


 リオンとトールもそれぞれ目の前に迫るゴブリンに戦技を放ち対処する。さらにアクアも水の槍を産み出してゴブリンの胸に突き刺して行く。


 それぞれが、雪崩れ込んでくるゴブリンを二、三体ずつ倒したところで先頭集団の殲滅が完了した。


 少し遅れて数体のゴブリンが駆け付けるが、既に仲間達が生き絶えている様子に気付くと怖気付いたように立ち止まる。


「まだ魔法は撃てる?」

「馬鹿にしないで」


 アカが訊ねるとアクアは残った魔力を振り絞って水の槍を撃った。


「ギャアッ!」


 アカも最後の火の玉をゴブリンの手前に放った。ボンッという音と共にゴブリン達の足元に焦げた穴が空く。そのままアカが手を翳していると、残ったゴブリン達は蜘蛛の子を散らして行った。


◇ ◇ ◇


「助かった、のか?」

「多分ね。後から来るやつらも他の仲間が逃げてるのを見たらそれに倣うと思う。とはいえなるべく早くここから離れましょう」

「あ、ああ。……魔石と耳はどうする?」

「……私達は先に行かせて貰うわ。もしも増援が来たら今度こそ死ぬわよ」


 おそらく後続のゴブリン達も逃げては行くだろうけれど、絶対では無い。むしろ仲間を悼んで敵討ちにくるものもいるかも知れないと考えると、一秒でも早くこの場を離れたい。


 アカは再びヒイロを背負うとさっさと歩き出した。


「アカの言う通りだな。命を守ることが何より大切だ」

「アクア、歩けるか?」

「え? ああ、なんとか……」


 アクアは強がってみせるが、体力も魔力も使い果たしているため足に力が入らない。その場でヘナヘナと座り込んでしまった。


「……ごめんなさい」

「いや、仕方ない。みんな限界だからな」


 リオンはそう言って笑うとアクアに背を向けてしゃがんだ。


「乗れよ」

「え!? そんな、悪いわよ」

「いいから、もう足腰に力が入らないんだろ?」

「だ、だけど……」

「ほら、ソフィだってあっちでトールに肩を借りてるんだから」

「あの二人は、その、別に良いじゃない……」


 アクアは顔を紅くして遠慮する。リオンはアクアが乗らない理由がわからないし、ソフィとトールも何となく口を出しづらい空気なのだが……。


「……本当に置いていくわよ?」


 アカが敢えて空気の読まず、リオンを後押しするように声を掛ける。こんなところでラブコメを初めるのは好きにすればいいけれど、そのせいでモタモタしてゴブリンの増援に追いつかれるのは勘弁して欲しかった。


 アクアは観念してリオンの背中に乗る。


「よっと……。アクア、軽いな。もっと飯食った方がいいぞ」

「……バカ」


 紅潮した顔をリオンの背中に埋めるアクア。そのいじらしい姿にアカは思わずドキリとした。アカだって年頃の女の子だ、他人の恋路を応援してあげたい気持ちは相応にある。


 ただし、今が非常事態じゃなければね、と心の中で呟くと、街道に体を向け直して再び歩き出した。


◇ ◇ ◇


 ゴブリンと戦った場所から1kmほど離れると、ちょうど休むに良さそうな岩場があった。既に辺りも真っ暗になっているので今日はここでキャンプせざるを得ないだろう。


 一行は岩場に腰を下ろす。


 アカは未だに目を覚さないヒイロを地面に寝かせと、ソフィが心配そうに声をかけてきた。


「ヒイロさん、大丈夫ですか?」

「寝息は規則正しいから、単純に魔力が枯渇しているだけだと思う。しばらくしたら回復して目を覚ますとは思うけど、一応少し供給しておこうか」

「魔力ポーションですか?」

「そんな高級品持ってないわ。私の魔力を移すだけ。まあ、私もあまり余裕は無いから気休めにしかならないけど」

「魔力を移す?」


 ピンときていない表情のソフィを放っておいて、アカはヒイロと唇を重ねる。


「なっ!?」


 急にキスをする様子を見て真っ赤になるソフィ。アカの感覚では人工呼吸と同じなので、特に恥ずかしいとかは言っていられない状況なのだけれど。口から魔力を少しずつヒイロに流していくと1分ほどでヒイロは目を覚ました。


「んっ……」

「ヒイロ、良かった。目が覚めた?」

「アカ……ここは?」

「ひとまず安全な場所まで逃げて来れたってところ」


 アカはヒイロが気を失ってからの事を説明した。


「そっか、みんな無事で良かったよ」

「ヒイロさんが咄嗟に突破口を開いてくれたおかげです。ありがとうございました」

「へへへ、それで気絶してたら世話ないですけどね」


 ソフィが深々を頭を下げるとヒイロは恥ずかしそうに笑った。ヒイロが目覚めたことで安心したアカにも、ようやく他のメンバーに目を向ける余裕が生まれる。そして目の前に座るソフィにまだ謝っていなかったことを思い出し、頭を下げた。


「そういえば、ごめんなさい。せっかく綺麗に伸ばしていたのに」


「え? ああ、大丈夫です。こちらこそ、助けて頂いてありがとうございます」

「咄嗟にああする以外に方法が浮かばなくて……本当にごめんなさい」

「いえ、髪を掴まれた私が悪いので、本当に気にしないで下さい!」


 ソフィは慌てて両手を振った。本人も気にしないと言っているし、不可抗力な状況だったとはいえ、若い女子の髪を燃やしてしまうことに対する罪悪感はある。


 今回の依頼の中でアカは、アクアとソフィ両名の髪を焦がした事になる。アクアの場合はおさげが片方だけだったのでまだヘアスタイルでカバーできるがソフィはそうもいかない。ゴブリンに髪を思い切り掴まれていたので、拘束を振り解くにはその綺麗なストレートヘアを丸ごと燃やさざるを得なかった。恐らく年単位で伸ばしてきちんと手入れして来たであろうロングヘアは見るも無惨に焦げてチリチリになっており、綺麗に揃えようとすると肩にかからないぐらいのショートヘアにするしかなさそうだ。


 髪は回復魔法でも伸ばせないので、ある意味では治せる怪我以上に取り返しのつかない部分でもある。


 結果的に全員が五体満足で逃げ切ることが出来たとはいえ、もっとやり方は無かっただろうかとどうしても自問自答してしまうアカであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る