第54話 騎士団との出会い
数日後、予定通り騎士団が廃村に到着した。数名の騎士と呼ばれるもの達が、兵士を二十人ほど引き連れてやってきてくれた。
「鉢金傭兵団だな?」
「はっ!」
「話は聞いている。この度は村の奪還、良くぞやってくれた」
騎士の中のリーダー格と思われる男と団長がなにやらやりとりをしている。トマス、ヘイゼル以下傭兵の面々は兵士たちに捕虜の引き渡しを行う。
王国軍がきて引き継ぎが済んだなら長居は無用。傭兵団の荷物は予めリアカーに積んであるので団長が報酬を受け取り次第、港町ニッケに向かって発つ準備は出来ている。
来た時と同様にリアカーを押す事になっているアカとヒイロは、すでに荷物番として待機していた。そんな二人を一人の傭兵が呼びにくる。
「アカ、ヒイロ。団長が呼んでいる。ここは俺が見ておくから行ってきてくれ」
「私達ですか?」
「ああ。王国騎士サマが、敵の騎士と戦った時のことを聞きたいらしい」
なるほど。それは急いで行かなければと駆け足で団長達の元へ向かう。
「来たか。騎士様、こちらが敵の騎士を討ったアカとヒイロです」
「ふむ。わざわざご苦労。死体はすでに埋葬済みとのことではあるが、敵の着ていた鎧と、なにより首から下げていたというこの帝国のエンブレムから相手が騎士であったのは間違い無いだろう」
報酬を釣り上げるための嘘と取られたらどうしようと少し不安だったけれど、話の通じる相手で良かった。
「私が聞きたいのはどうやって騎士を倒したのかという部分だ。証拠がある以上疑うわけでは無いが、正直に言ってそなたらに騎士級の実力がありそうにも見えなくてな」
アカがチラリと団長を見ると、団長はウムと頷いた。正直に話せということか。
「……確かに強敵でしたが、私とこちらのヒイロによる奇策が上手くハマった形になるのかなと」
「ほう、奇策と!」
ヒイロから聞いた戦闘の様子を噛み砕いて説明するアカ。実力では完全に劣っていたが、相手の戦技を死に物狂いでかわしてその隙に魔力を暴走させた炎魔法を叩き込んだと伝えると騎士は興味深げに頷く。
「なるほど。火属性魔法使いか……確かに火属性魔法は使い手が極端に少ない、ここぞと言う場面で使えば相手の虚を突くことも可能だろう」
だが、と続けて敵の騎士が首から下げていたエンブレムを取り出した。
「これは敵からの魔法を防ぐ
「仰る通りです。不意を突いて全身全霊の火柱に巻き込みましたが、結果的にこちらは魔力を使い果たして昏倒、あちらは少々の火傷といった有様でした」
ヒイロは一歩前に出ると目の前に直径50センチ、高さ2メートルほどの火柱を作ってみせ、実際にはこの十倍ほどの規模だったと告げた。
「なるほどな。タリスマンの守りは突破しても致命傷を与えるには至らなかったと」
「はい。そこで私が戦いを引き継いだ形になります」
アカが説明を続ける。
「火傷のダメージが大きかったのか、私との戦いでは相手の動きは精彩を欠いたものでした。そんな相手の弱体によってなんとか互角の戦いが出来たので、最後にもうひとつ奇策を用いたというわけです」
「その奇策とは」
アカは手をかかげ、火の玉を作り出す――もちろんこれも、騎士にぶつけたものよりだいぶ威力を落としたものではある。
「私も火属性魔法を使えるので、最後のトドメは武器を振りかぶった状態からこちらを打ち出してぶつけました」
手元の火を消すと、アカは説明は終わりと頭を下げた。話を聞いた騎士は感心したように何度も頷く。
「なるほどなるほど。二人とも武器で戦うタイプと見せかけて魔法使いであったということか。そして相手の意識が武器に集中したところで必殺の炎をお見舞いするというのが必勝パターンというわけだな。
そういった戦術を取る魔法使いは居ないわけではないが、火属性魔法というのは殊更珍しい。特に二人ともそうであるとはまず思い至らないだろうし、上手くハマることで騎士相手に勝ちを拾ったということか」
納得してくれたようだ。それではと下がろうとさたアカとヒイロを、騎士がもう一度呼び止める。
「良ければもう一度炎を見せてもらえるか? なに、火属性魔法使いは極めて珍しいのでな、並んで魔法を使っているところを見てみたいというだけの話だ」
「承知しました」
アカとヒイロは並んで手元に火の玉を出現させた。
「おお! なんと壮観なものよ。これが見られただけでもここに来た甲斐があったと言える。しかし二人の炎は色が違うのだな」
騎士が指摘した通り、アカの炎は真紅であり、ヒイロの炎はやや明るい緋色の炎である。お互いの名前みたいだねなんて言い合ったこともあるが、
「
「ソウエン、ですか」
「うむ。かつてイグニス国の北に位置する赤き山に住んでいた炎龍王、彼女は真紅と緋色の二色の炎を自在に操り近付く全てを焼き尽くした。その二色の炎は畏怖を込めて「双焔の龍」と呼ばれておったのだよ」
「へぇ……」
「うむ、満足だ。大義だったな」
騎士が楽しそうに手を叩いたので、アカとヒイロは炎を消した。
「今回の鉢金傭兵団の仕事には相応の報酬を出そう。また、それとは別に良いものを見せてくれた
そういって騎士は懐から金貨を二枚取り出すと、アカとヒイロに一枚ずつ放り投げた。
「さて、私は他のものと今後の打ち合わせがある。ホランド団長はあそこにいる事務官から報酬を受け取ってくれ。」
最後にアカとヒイロに「息災にな」と言って騎士は踵を返した。
◇ ◇ ◇
「本当に私たちが受け取っていいんですか?」
「傭兵団への報酬はキチンと色をつけてもらったから、遠慮せずに受け取れ」
「でも……」
「その代わり、
騎士からもらったチップは金貨二枚(約200万円)、流石にそれをそのまま頂けるとは思わず団長に渡そうとしたところ、受け取ってもらえなかった。
「それはお前達が騎士を納得させて貰ったチップだからな。傭兵団全体に対して貰ったものじゃないってことだ」
団長曰く、このチップはあの場で騎士にキチンとした受け答えをして納得させた上でさらに「双焔」のパフォーマンスをしたことで勝ち取ったアカとヒイロへの報酬であって、傭兵団の仕事として騎士を討ち倒してこの廃村を取り返した報酬とは別勘定らしい。
「傭兵団としての手柄と個人の手柄、線引きはきっちりとやらねえようなところに有能な奴は来ねえからな」
ガハハと笑う団長。とは言ってもアカとヒイロとしてはやはり自分達だけで掴んだ勝利だとは思っていない。敵の騎士との戦いだって最初に傭兵のみんながかかってくれたから刃返しを警戒する事ができたし、何よりヒイロが落ち着いて対峙する時間が出来た。アカがヒイロの元に駆けつけて来れたのもは団長が素早く村を制圧してくれたおかげだ。つまり彼らの存在無くして今回の勝利はなかった可能性が高いのである。
でもそれを言ったところで団長の意見は変わらないだろう。
「じゃあせめて、ニッケに帰ったら私達の奢りでたっぷりお酒を飲みませんか?」
「お、気前がいいじゃねぇか! それに金の使い方が分かってるな。そういうことなら喜んでご馳走になるぞ」
お互いに落とし所を見つけたところで一行は帰路の旅路に着いた。
……。
…………。
港街ニッケまでは三日の道中だ。途中で一度、イグニス国の騎士が先導する立派な馬車とすれ違った。
「あれに例の勇者ってやつが乗っていたのかもな」
「わざわざあの村に行くんですか?」
「敵国も騎士が出てきたってことで、騎士団は牽制も兼ねて国境沿いを北上しながら王都に戻るらしい」
「ああ、そこに合流する馬車だったってことですね」
確か勇者は例のゴブリンの集落を殲滅に向かっていたとの事なので、その仕事を終えて先行した騎士団を追いかけていると言ったところか。
勇者と騎士団が港街ニッケに到着した日やそこからの移動時間などを考えると、たぶんゴブリンの討伐は一日か二日で成し遂げた事になる。
あの規模の群れを、本当にたった1人で、そんな短期間で殲滅したとするのなら勇者というのはバケモノだな。改めて、絶対に関わらないようにしようとアカは決意した。
「まあ、騎士のオジサマから貰ったチップで目標金額に届いたわけで、この国を出る私たちにはもう関係ない話か」
アカは首から下げた金貨袋をギュッと握った。まさかの臨時収入で一気に船のチケットを買うお金に到達した。街に戻り落ち着いたら渡航券を買ってさっさと魔導国家へ向かおう。やっと次に進める。そう思うと足取りも軽くなるのであった。
◇ ◇ ◇
「勇者殿が到着しました!」
廃村で待機していた騎士団が勇者を迎える。
「お疲れ様です」
「くぅー、移動がしんどいな」
「ゴブリンの集落は?」
「あんなの敵じゃねぇわ。俺のスキルで集落ごと丸焼きだ」
そう言って手元から黒い炎を出す勇者。彼のスキル、煉獄は黒い炎を産み出し、それを自由自在に操ることができる。その火力は火属性魔法の比では無く、王国魔導士団唯一の火属性魔法使いの自信を粉々に打ち砕いたのであった。
「集落ごと、ですか。確かに集落は森の奥にあったと聞きましたが……」
「ゴブリンどもが巣食うような森なんて無くなっちまっても構わないだろ。まあ同行していた魔法使い達が必死に水魔法で消化していたし、全焼はしてないんじゃないか」
「それはそれは、」
勇者を出迎えた騎士は、アカとヒイロから話を聞いたベテラン騎士であった。騎士は思う。同じ炎の使い手だというのに、彼の煉獄にはなんというか美しさが無い。ただ目の前のものを何も考えずに燃やし尽くす黒き火炎。味方にすれば頼もしいが、それだけである。
数日前に見た2人の傭兵が産み出した双焔は色の調和以上に、まるでお互いを大切に想い合う意思を宿しているかのような美しい炎だった。
騎士自身、上手く言葉には出来ないが……もしも焼かれるならこの男の煉獄よりも彼女達の双焔の方がいいなと思う。
「さて、帝国の雑魚どもに舐められないようにさっさと行きますかっ!」
再び馬車に乗って揚々と勝ち鬨を上げる勇者に黙って頭を下げ、騎士団は王都に向けて帰還の途についた。
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