第36話 港街への道中

 港街、名前はニッケというらしいが、ハノイの街から港街ニッケまでは四日の道中だ。一日25kmほど移動するので約100km離れているというわけだ。


 てっきりその間野宿をする事になるのかと思っていたアカとヒイロだったが――現に、ギタンの村からハノイの街までの道中では野宿をしたのだが――街同士を繋ぐ街道沿いには大体一泊の距離毎に小さな集落があり、そこで宿をもらうのが普通らしい。勿論ただというわけではなく、金や物資を提供する事で集落も助かるというウィンウィンが成り立っているというわけだ。


「お前らの宿泊費は払わないからな」


 ぼったくり店主はアカとヒイロに冷たく言い放つ。


 こういった途中でかかる経費は通常冒険者それぞれが負担するので店主の発言自体は問題無いのだが、その代わり依頼の報酬にその経費を上乗せする。つまり道中で銀貨1枚(約1万円)の宿泊費がかかるのであればその依頼には銀貨1枚分の報酬が上乗せされているというわけだ。

 しかし今回の依頼では報酬に経費の上乗せは無かった。というのも、以前この依頼をほぼ専属で受けていた三人組が自分達で宿代を出すのを嫌がったためである。ぼったくり店主側も彼らとのトラブルを避けるため、三人の宿泊費も払っていた。その代わり、ちゃっかり報酬からその上乗せ分を適当な理由をつけて引いていたというわけだ。


 つまり店主はアカとヒイロの宿泊費を出して貰って然るべきなのだが、店主は出発前の意趣返しとばかりにアカとヒイロの宿泊費を出さないことを宣言したと言うわけだ。


 アカとヒイロはこの辺りの事情を知らないので、そんなものかと思ってしまった。ただ、護衛のコンディションを大切にしないなんて、何かあった時に自分の身が危ないとは考えないのだろうかと多少疑問には思ったが。


 そして専属の宿ならいざ知らず、ごく普通の集落の一軒に個々に交渉して泊めて貰うなどコミュ障気味のヒイロにはとても出来ないし、アカとしても信用できない人間の家に泊まる意義を見出せなかったので泊まれなくても別に構わない。


 結果として二人はぼったくり店主の嫌がらせに気がつく事も、気にすることもなく集落のハズレにある広場で勝手に野宿をする事にしたのだった。


 そうなると肩身が狭いのはぼったくり店主の方だ。「あの二人の分のカネは払ってくれないのか?」「あの二人を外で寝させてお前はカネを節約するのか、良い身分だな」と集落の者から責められる事になってしまった。集落側としても部屋を貸すだけで現金が得られるのだからアカとヒイロに泊まって貰いたいのである。


 この辺りが奇跡的な噛み合わせの悪さを発揮してぼったくり店主がただただ嫌なヤツに映ったというわけである。


◇ ◇ ◇


 全ての夜を集落で越せるわけではない。二日目の夜、つまり丁度道中の半分を過ぎた場所には集落は存在しなかった。


 その代わり、街道の近くに四、五棟の空き家がある。


「今日は夜はそこの家を使う」

「勝手に使うって事?」

「持ち主はとっくの昔に死んでるよ。丁度良い場所に家が残ってるから旅人が有効に活用してやってるんだ」


 そういって家の前に立つ店主。だがドアに手をかけずに首を振った。


「ここは先客があるな。次だ」


 その隣の家もダメだったようで、三軒目の家の扉を開いた。


「よし、空いてるな。お前達はここを使え。俺はその隣にする」


 そう言って四軒目に入る店主。


「護衛が同じ家じゃなくていいの?」

「こんな家に押し入るやつはいねぇよ」


 そう言って荷馬車を家の横に固定するとさっさと入ってしまった。残されたアカとヒイロはとりあえず自分達に当てがわれた家に入る。


「部屋の隅にベッドと、真ん中にテーブルか」

「避暑地の山にあるバンガローみたいな感じだね」

「最低限の宿泊ができるだけって施設ね。まあ野宿よりは疲れが取れるかな」


 ベッドに敷いてある粗末なシーツはガビガビでカビも生えていそうだし何より臭いのでここで眠る気はしないけど、屋内というだけで正直ありがたかった。


◇ ◇ ◇


「おう、邪魔するぜ」


 ぼったくり店主が居る空き家にガラの悪い男が二人入ってきた。最初の二つの空き家にいたである。


「今回は遅かったじゃねぇか」

「さっそく通行料を払ってもらおうか」


 この二人はこの空き家を通る際にいつもカツアゲにくる者達だ。タチの悪い事に例の三人組と妙にウマがあってしまうらしく、彼らはこの二人を追い出すどころかここで酒盛りするのが通例となっていた。


 当然、店主はカネを払って見逃してもらわざるを得ないのだが苦労して稼いだカネを掠め取っていくコイツらにも、それを咎めない三人組にも良い感情は抱いていなかった。


 ――アカは例の三人組とこの店主が結託している可能性を考慮して警戒していたがとんでもない。店主の立場からすればせっかく護衛を頼んだのにやってきたのは大した実力も無いのに威張り散らす三人組で、しかも碌に仕事はしないと来ている。そのうえ、季節が変わるたびに港街に仕入れと行商向かうが毎回あいつらが来るようになってしまっていた。この店主こそあの三人組の最大の被害者と言っても過言では無かったのだ……それを許さざるをえないハノイの街の冒険者事情がそれだけ壊滅的だとも言えるが。


「なあ、あいつらは隣だろ? 酒はあるか?」

「前回は賭けカードでたっぷり巻き上げてやったからな、今頃カッカしてるだろう」


 店主からカネをせしめつつ隣の空き家に向かう準備をするガラの悪い二人組。


「アイツらは最近行方をくらました。今回は別の冒険者を護衛につけている」

「はぁ? 死んだのか?」

「知らんよ。ただ、気付けば街でアイツらを見ることは無くなって、今回の依頼も別の新人が受けたってだけだ」

「チッつまんねぇな。代わりの冒険者ってのは強いのか?」

「新人だって言っただろ? アイツらが毎回「何も無かった」と報告するせいで、この依頼は安全なものだとギルドも認識しているからな」

「おいおい、人聞きが悪いなぁ。毎回安全に往復できているだろう? 俺たちは払うものを払って貰えれば手は出さねぇよ」


 そう、この男達はガラこそ悪いし通行料といって銀貨数枚を持ってはいくが、逆に言えばそれだけではある。例の三人組と仲が良かったので適当に酒盛り――酒は店主の売り物から勝手にいくつか持っていくのだが――をして、それで満足する。


 必要経費で我慢できるラインを守っているからこそ、店主としてはリスクを冒して港街の衛兵に報告したり、人材が豊富な港街の冒険者ギルドに相談したりといったアクションを起こせないでいるのだった。


「だが、新人か。ハノイの街の新人に期待の大物がいるとも考えづらいが、どんな奴らだ?」

「最近ふらっと街に来て冒険者登録した小娘が二人だよ。大した依頼も受けていない公共事業をしばらくやって先日C級に上がったばかりだ」

「小娘? 女か?」

「ああ、この国では見ない顔立ちだな。あの感じだと東の国の血が入ってるのかも知れん」


 二人組はニヤリと笑って酒を置き立ち上がった。


「酒が入ると勃ちにくくなるからな」

「醜女じゃないだろうな? 穴があるならそれで十分ではあるが、顔が悪いとまずい酒を飲んだような気分になるからな」

「顔は幼なげではあるが整ってはいる。好きかどうかはアンタら次第だろう」

「そりゃあいい」

「あまり乱暴にしないでくれよ。あと二日、奴らに護衛をして貰わにゃならんのだ」

「女達の具合が良ければお礼に俺たちが港街の近くまで護衛してやるよ」


 二人組は下衆い笑みを浮かべて店主のいる空き家を出て行った。一人残された店主は護衛の二人のことを思い出す。さっきは男達にああ言ったけれど、アカとヒイロの顔はどう見ても一級品だ。


 良くて奴らの女にされて、最悪犯されて殺されるな。


 出発前に一悶着あり、昨日は馴染みの集落で恥をかかされたけれどそれでも二人を殺したいほど憎んでいるわけでも無い。


「こういうに出会わないのも冒険者の才能ってことか」


 そう独りごちて思わず笑ってしまう。冒険者に限らず商売事なんてなんだってそうだ。現に自分だってこうして搾取されているではないか。

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