第35話 田舎街の最後の依頼
メインストリートの掃除:五日
井戸の修理:二日
街の外壁の補修:十日
街を囲む外壁、と言っても腰の高さ程度のものであるが、これが崩れている場所を補修する仕事。セメントのようなものを塗って石を積んでいくのだが、ヒイロの意外な凝り性が発動したためかなり時間がかかってしまった。その分出来上がりの質は良く、これも仕事を褒められた。
冒険者ギルドの業務補助:一日
この世界では春の双月――アカとヒイロが旅立つ前日にギタンと共に語り合った、二つの月が同時に満月になるタイミングである――を一年の始まりとするのだが、それから二十日程度たったこの時点でそろそろ昨年一年の収支をまとめて王都にあるこの国の本部に報告しなければならなかった。しかしその収支計算が丸々一年分溜まってしまっているという有様であった。
「例年だと休日を返上してまとめるんですけどね」
「毎年こんな感じなんだ……」
「ええ、まあ。このギルドって規模が小さいのでギルドマスターと私、あと事務員さん一人で回してるんですけど、他の細々した仕事をやりながら終始計算を日々まとめる余力までは無くてだったら年に一回まとめてやっちゃえばいいやってノリでして」
「これって依頼ごとのギルドの中抜き率とかまで書いてありますけど冒険者が知っててもいいんですか?」
「ああ、構いませんよ。というか依頼の種別ごとのギルドの取り分は規定で明確に決まってるので見られても困るものではないです」
個別の収支自体は規定のフォーマットにまとめられているのであとはたし算ひき算だ。アカは小学生まで算盤を習っていたのでこの程度の暗算は紙と鉛筆がなくても間違えない。ヒイロが読み上げる数字をささっと集計してニコルが丸一日かける計算をものの1時間で終わらせてしまった。
「アカさんとヒイロさんは何処かの商会のご出身なんですか?」
「違いますけど、なんでですか?」
「あ、すみません! 出自を訊ねるのはマナー違反でした! 計算がとても速いのでびっくりして、つい」
「ああ、こういうのは昔から得意なんです」
「へぇ……」
珍しいものを見るような顔をするニコル。そんなこんなでこちらの依頼は一日で、というより稼働自体は説明を受ける時間を含めて二時間程度で完了した。
◇ ◇ ◇
「はい、これで全ての依頼を完了ですね。それではお二人のランクアップをギルドマスターに承認してもらってきます。ギルドカードをお預かりしてもよろしいですか?」
この街に来て二十日ほど、提示された公共事業依頼を一通り完了したため約束通りCランクへの昇級を認められる。
「これで港街に向かえるわね」
「意外と時間かかったけど、それでもコツコツ30点集めるよりは早かったのかな?」
とりあえずCランクに上がれば大体の依頼は受けられるとの事なので、たいした依頼も無いようなこの街にとどまる理由も無いだろう。ギルド経由でぼったくり商店から物資を表記価格で買ったらさっさと移動しよう。
そんな話をしていると二人のギルドカードを持ったニコルがギルドマスターと共に戻ってきた。
「はい、こちらになります。無事にお二人はCランクへ昇級となりました、おめでとうございます」
手元に戻されたカードには名前の下に星マークがひとつ追加されていた。別にランクなんて気にしてはいないけど、こうして認められた事が形として示されるのは意外と悪く無いなとも思う。
「Cランクになった君たちにさっそく一つ、依頼を受けて欲しいのだが良いだろうか?」
ギルドマスターがずい、と前に出て来て二人に持ちかける。
「依頼、ですか」
「二十日ほど前、ここで君達とトラブルを起こした三人組が居たのを覚えているかい?」
ギクリとする。その三人はアカとヒイロが殺して証拠も隠滅している。一応冒険者同士のトラブルは例え刃傷沙汰になったとしてもお互いに自己責任であるとは聞いているが、殺すのは流石にやりすぎだっただろうか。だけどあのまま解放してもすぐに報復に来そうだったしなぁ。
とりあえずあまり喋るとボロが出そうだと思ったので曖昧に頷くアカとヒイロ。
「まあ元々素行の良い連中ではなかったんだがね。べつに何処かで野垂れ死んでいても構わないんだが、あの手合いは意外と慎重……臆病と言い換えてもいいが、まあそういう性質でそこらの有望な若手より細く長く生き延びるものだ」
ギルドマスターに死んでも良いと言われるのは余程嫌われていたのか、はたまたギルドにとって冒険者なんて替えの効く駒でしかないと思われているのか。そのあたりの感覚がまだイマイチ掴みきれないアカとヒイロである。
「その三人が、何か?」
「ああ、話が逸れた。あんな三人ではあるが、一応行方をくらませる直前に依頼を受領していてね。それがこの街の付近の森でとれた果物や獣の干し肉などを港街まで運ぶ荷馬車の護衛だ。君達、港街に行くのであれば丁度良いかと思ったんだが」
「確かに丁度いいけど、二十日前に依頼を受けていたのに今さら荷馬車が出るんですか?」
「そもそも彼らは依頼が貼られる前に予約するような形で受注していたからね。荷馬車が出るのは明日の朝だ。ギリギリまで待っていたが帰ってこなかったので受注はキャンセル、君たちにお鉢が回って来たというわけだ」
予約受注なんてできるのかと聞くとギルドマスターとニコルは苦い顔をした。なるほど、グレーというか本来出来ない事なのね。そんな横暴も許さざるを得ないのがハノイの街の冒険者ギルドの事情というわけか。
「アカ、どうする?」
「うーん。護衛か……」
いきなり荷馬車の護衛と来たものだ。移動と金策が同時にできるのは有り難いけれど、仮に失敗した場合はどうなるのかとか、心配事はあるかなあ。
「とりあえず条件を聞いてみる?」
「あ、そうね。それで受けるかどうか決めましょうか」
ヒイロの意見に賛成して、細かい条件を確認することにした。
◇ ◇ ◇
翌朝。ギルドに指定された集合場所に赴いた二人は、依頼を受けたことを後悔した。
「そういえば荷馬車を引くのが誰かっていうのを聞き忘れてたね」
「この街の物流事情を考えれば先に気が付くべきだったわ」
そんな二人の目の前で荷馬車を引く馬――厳密には馬に似たこの世界の動物だが――に跨っていたのはこの街唯一の雑貨屋の主人、つまり二十日ほど前にアカとヒイロから相場の三倍の定価のさらに十倍をふっかけてきた、ぼったくり店主であった。
「なんだ、いつもの三人の代わりってのはあんたらか」
さほど大きくもない街で、この二十日間せっせと村中を直したり掃除したりとしてきたアカとヒイロは勤勉な新人冒険者として街の住人たちにそこそこ認知されている。この店の主人も昼間はメインストリート沿いの店を開けてカウンターにふんぞり返っているので、当然アカとヒイロの仕事を見て来ていたわけで、それがモノを売らずに門前払いした小娘たちであるということは気付いているだろう。
アカとヒイロはこの店主に
「ちゃんと仕事はできるんだろうな? 港街に着いたら荷物がぐちゃぐちゃでしたなんて事になったら責任をとってもらうぞ」
「私たちの仕事は荷馬車の護衛であって、運んだ荷物の品質は担保しないわよ。無事に着いたのに荷台の中がぐちゃぐちゃになっていたなら、それは私達ではなくて運び手のあなたの自己責任でしょう?」
「なんだと!?」
「ついでに、仮に荷物が全壊したとしてもアナタの命を守る事がこの依頼の
「逆に自分が死んでも荷物だけは無事に届けろっていうならそれでも良いですけど、それなら今からギルドに行って契約を変更して来てください」
「自分も守れ、荷物も守れっていうなら明らかに報酬が足りないから、それを依頼するなら適正な金額を提示してね」
昨日確認した内容を思い出しつつ店主に告げるアカとヒイロ。依頼元の確認は失念していたけれど、その分契約内容についてはしっかりと把握していた。
「……分かった。契約内容は今のままで構わない」
「了解。じゃあ出発前に荷馬車の中を確認させて貰うわね」
「なんだと!?」
「だって、後でいちゃもんをつけて報酬を払わないために初めから荷物をぐちゃぐちゃにしてるかも知れないし」
「そんな事するわけないだろ! 失礼なガキ共が!」
「失礼なのはお互い様でしょ。中を確認させて貰えないなら私達は依頼をキャンセルしても構わないわ。出発前に依頼人の方から依頼を取り下げた場合は私達にペナルティはつかないし」
これも確認済だった。店主は悔しそうにしながらも黙って荷馬車の幌を開く。中には箱や壺が所狭しと並んでいた。
この中に人がいて後ろから私たちを刺すなんて事はさすがに無いかなぁ。箱を一つ一つ開けるのは流石に大変だし、人が隠れる場所が無いか簡単に確認したアカとヒイロは納得して馬車を降りた。
何故ここまで警戒しているかといえば、この店主は毎回あの三人組を護衛として雇っていたからからである。あんなならず者とこれまで問題を起こしていなかったということは、この店主も碌な奴では無いだろう。少なくとも警戒するに越した事はないという判断からであった。
「別に変なものは置いてないだろう!?」
「ええ、とりあえずはね。じゃあ行きましょうか」
警戒する気持ちはわかるけど、アカも大概喧嘩腰だなあとヒイロは思った。港街まで、トラブルが無ければ良いのだけれど。
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