第34話 次のお仕事

 二人が次に着手したのは井戸の修理である。


 街の中央に共用の井戸がある。これは縄をくくった水桶を下ろす所謂つるべ式の井戸ではなく、魔道具を使って地下から水を汲み上げるこの世界流のポンプ式井戸であった。


「これの修理?」

「私達、魔道具は直せないよ」

「水を吸い上げる魔道具は多分壊れてないんですよ。ただ、この台座や周りの日除け部分が経年劣化でボロボロになっているのでその補修をお願いしたいんです」


 確かに井戸本体の魔道具は中々に立派な佇まいだがそれが乗っている台座は石自体にヒビが入っている。それに日除けとなっている屋根部分、それを支える柱の木は腐っていて押したら真ん中から折れそうだ。


「やるべきことは分かりましたが、それでも自信が無いというか」

「私達、大工仕事は素人ですけど余計に悪化させないかな?」

「実際の作業をする職人は、この街の大工にお願いしています。お二人はその補佐をしてくれれば良いかと」


 そう言ってニコルは街の大工のもとを訪ねる。だいぶ前から井戸の補修自体は依頼していたが、本人が高齢のため力仕事を頼める助手を付けてくれれば対応出来ると言っていたらしい。


「……というわけでこちらのお二人、アカさんとヒイロさんがお手伝いしますのでよろしくお願いしますね」

「もっと根性ありそうなヤツらが良かったが、贅沢も言ってられんか。おい、まずはそこにある石を井戸まで持ってこい」


 文句を垂れつついきなりぶっきらぼうに命令を飛ばす老大工。アカとヒイロは顔を見合わせつつも、言われたとおり石を運ぶ事にする。


「……っ! これ、重すぎない?」

「魔力で身体を強化しても、一人だとしんどいね。二人で持ち上げようか」


 せーのっ! と声を掛け合って二百キロ近くはある石を持ち上げる二人。いっちに、いっちにと掛け声を上げながら井戸まで石を運ぶ。


「そこに置け」

「はい」


 井戸の横に石を置くと、大工は台座と見比べながらアカ達が運んだ石を削っていく。その場で待つこと数時間、石は立派な台座の形になった。


「あとはこれを交換だな。井戸を一度外して……」


 大工がゴソゴソと井戸本体を弄る。


「……よし、これで外れるな。おい、一度台座に立ってコイツ井戸を真っ直ぐに持ち上げろ」


 アカとヒイロは井戸を前と後ろから支え、言われた通りに井戸を持ち上げる。ガコンと音がして井戸本体が台座から外れたので、大工の指示に従って地面に横たえた。


「次は傷んだ台座を退かさないとな」


 古い台座は既にヒビが入っていたので、持ち上げようとするとあっさり割れてしまった。おかげで持ちやすくなったとも言えるので、テキパキとその場から撤去する。空いたスペースに新しい台座を設置してその上に再度井戸を置いたらアカ達の出番は一旦終わり。老大工がなにやらガチャガチャと井戸を弄り、取手を捻ると無事に井戸から水が流れ出した。


「フム、水漏れも無さそうだな。今日の仕事は終わりっと。おい、その古い台座だった石は俺の家に運んで置け。磨いて再利用できるからな」


 最後にアカとヒイロに指示をした老大工はのっしのっしと帰っていく。残されたアカ達は割れた旧台座を手分けして大工の工房に運び、本日の仕事は終了となった。


◇ ◇ ◇


「ああー、疲れたぁー!」


 宿に戻るとヒイロはベッドに倒れ込む。


「ヒイロ、お風呂は?」

「あー……一度ベッドで横になるともう起き上がるのもしんどいよ。アカは大丈夫?」

「私も重いもの持って疲れたけど、でも実労働時間ってすごく短かったし」

「確かにそうだけどさ、あの石って何キロあったよ!?」

「わかんないけど、少なくとも日本にいた頃はとても持ち上げられる重さじゃなかったかな」

「だよね。改めて魔力って凄い」


 魔法で火を出すよりも、魔力を全身に行き渡らせて身体を強化する方が色々と便利だと気付いたアカとヒイロは、日頃から全身に魔力を循環させる練習を習慣化している。奇しくも全身に魔力を循環させる行為は身体強化の基本にして極意と言われる作業であり、魔力を扱い始めて数ヶ月の二人にとって最適な練習方法でもあった。


 そんな魔力による身体の強化はあるとはいえ、あの大きな石を運ぶのは相当辛かったことは間違いない。大きなものを運ぶと言うのはそれ自体に慣れていないと足腰に負担が大きい。アカの場合は部活で重たいクーラーボックスを運ぶ機会などがあったので多少は心得が有ったけれど、ヒイロはそうでは無かったのかもしれない。


「ヒイロ、うつ伏せになって。マッサージしてあげる」

「そんな、悪いよ」

「いいからいいから」


 ヒイロをうつ伏せに寝かせると背中に跨って腰をマッサージする。やっぱり筋肉が張っているなと感じてそこを重点的に揉みほぐしていく。


「どう?」

「よく分かんないけど、痛気持ちいいかも」

「力抜いてリラックスしてね」

「くすぐったくって、つい」


 そうは言いつつもアカに身を任せるヒイロ。アカとしては当然、純粋に疲れを取るためのマッサージなのだがヒイロが不意に「あっ……」だの「んっ……」だの少し高い声をあげるせいでちょっと恥ずかしくなる。おかしいな、部活で仲間達にマッサージしたときはこんな反応されなかったと思うんだけど。


 なんだか妙な気持ちになりながらも、腰から太腿、ふくらはぎまでのマッサージを終えてヒイロの背から降りる。


「ちょっとはマシになったかと思うけど」

「ありがと! ちょっとどころかかなりラクになった気がする」


 ヒイロは立ち上がり腰を回してみせる。


「良かった。それじゃあマッサージ代、銀貨十枚約10万円で」

「お金取るの!? しかも高っ!」


 冗談よ、と笑いアカとヒイロはお風呂に向かった。


◇ ◇ ◇


 昨日は井戸の台座を交換したので、今日は日除け部分の修繕だ。老大工の元に行くと三メートルほどある太い丸太を担がされて井戸まで運ばされる。


 さらに今の腐った二本の柱を地面から掘り起こし――この作業は老大工も含めた三人で行った――新しい丸太に交換、最後に比較的綺麗だった屋根部分を乗せ替えれば日除け部分の修復も完了である。


「この腐った柱はどうします?」

「これは使い道が無いから捨てておけ。腐ってるせいで薪にもならん。冒険者ギルドの裏に焼却炉があるのは分かるな」


 アカは頷いた。


「じゃあそこに放り込んでおけ。これで井戸の修理は終わりだ、ギルドには俺から報告しておく」

「お疲れ様でした!」


 さて、腐った柱を運びますかと気合を入れたアカとヒイロに、老大工がおい、と声をかけた。


「はい?」

「昨日は根性が無さそうとか言って悪かったな。あんな重いモンを文句ひとつ言わずに運ぶし、仕事も丁寧だった。あんた達、そこらの冒険者なんかよりよっぽど根性があったよ。……ギルドにはキチンと報告しておくからな」

「あ、ありがとうございます!」


 老大工がずっとぶっきらぼうな態度だったので、これで良いのかと実は内心不安だったアカとヒイロだが、最後に褒めてもらえた事で自分たちの仕事がきちんと評価されたと安心できた。


「ちゃんと見てもらえてたんだね」

「そうね。じゃあ最後の仕上げまでしっかりやりましょうか」


 腐った柱をギルド裏の焼却炉に持って行き、そのまま火属性魔法で燃やす。腐った木は燃やす時に黒い煙がブスブスと上がり、それを気付いたニコルが何事かとやってきた。


「アカさん、ヒイロさん! どうしたんですか?」

「ニコルさん、お疲れ様です。井戸の修理は終わったんですが、交換した柱を燃やしてたら変な煙が出ちゃって」

「ああ、木って意外と燃えないんですよね。腐ってるってことは水分も多く含まれていたわけなので、それがこの煙の原因だと思います。……というか、よく火が付きましたね?」

「確かにちょっと燃えにくかったですけれど、火属性魔法で強引に焼いてます」

「火属性魔法ですか! 珍しいですね! 湿った木も強引に燃やせるなんて便利ですねー」

「火属性魔法って珍しいんですか?」


 ギタン達ロードス族の村でも火属性魔法を使える者は居なかったらしい。彼らの場合は狩猟を生業にしているという事もあるし、そもそも少数民族であるためたまたま火属性使いが居ないのかと思っていたのだが。


「まあ珍しいですね。冒険者ではまずいないんじゃないですか?」

「そんなに?」

「ええ。冒険者だとやはり遠征で水を持ち歩かなくて良くなる水属性か、怪我を治すことが出来る光属性の方が多いですね。というより、属性の分布的にも水と光が圧倒的に多いんです」


 確かにそれには同意する。旅をするにあたって火より水が光の方が絶対便利だよなぁとはアカだって思ったもの。


 その後、ヒイロも火属性魔法を使えるというとニコルは大層驚いた。「百人にひとりの割合の人が二人もいるなんて、千人に一人ぐらいの確率ですね!」と言った彼女の言葉がボケたのか単に計算をミスしたのか判断につかなかったアカとヒイロは曖昧に笑って誤魔化したのだけれど。

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