第96話 振り返りと反省

 やっと自分達の宿に帰ってきた。ヒイロは部屋から着替えを見繕うと、アカを抱き上げたまま風呂場に向かう。

 ヒイロは簡素なシーツを剥ぎ取られ裸になったアカを優しく床に寝かせるとお湯と石鹸でその身体を洗っていく。


「ヒイロ、恥ずかしいわ……」


 アカが頬を染めて身を捩った。少しずつ薬が抜けてきて、ゆっくりとだが手足を動かせるようになってきているようだ。


「でも、キレイにしないと」


 ヒイロはあの大男が触った部分を特に念入りに洗う。自分以外の人間がアカの裸を見て、その肌に触れた事に思いのほか腹が立てている事を自覚した。その男は既にこの世に居ないし、何よりアカは気を失っていてその事実を知らないのでこうして身体を綺麗にすればとりあえず大丈夫かな。


 だがあの男が触った部分とは、乳首やら性器やらである。そこを石鹸で念入りに洗うという事は、アカからすればヒイロがまたえっちなことをしているように映るわけで、


「あ、あの……ヒイロ……?」

「うん?」

「私ね、まだ身体、うまくは動かせないの……」

「うん、知ってるよ」

「あの、だから、その……気持ち良く無いわけじゃないんだけどね? でもまだあんまり感覚も戻ってないし、それに、お返しもしてあげられないから、ね」

「え、えっと……?」

「だから、そういう事は、もうちょっと私の身体が治ってからの方がいいなって思んだけど……」


 そこまで言うとアカは顔を真っ赤にして目をギュッと閉じてしまった。身体が動くのなら蹲って顔を隠したいくらいだけど、何せ碌に動けないのだ。目を閉じるのが精一杯の抵抗であった。


 か……かわいいっ!!


 ヒイロはそんなアカの仕草の可愛らしさに感動すら覚えていた。あんな事があった直後にセックスする気は無くてあくまで悪いバイキンが付いたところを洗っていた感覚だったが、確かに覚えていないアカからすればヒイロがいやらしい悪戯をしているように感じても仕方がない。ちゃんと説明せずに身体を洗い始めてしまったヒイロの落ち度ではあるが、そのおかげで過去イチでかわいく恥じらうアカが見れてしまった。


 思わず抱きしめてしまいたい衝動に駆られるが、ここで浴場に身を任せるとアカを傷つけてしまう。ヒイロはアカの事を大切に思えばこそ、我慢ができる子である。


 というわけでムラっときた気持ちをグッと堪えて身体を布で拭いて服を着せてあげる。アカは目を開けてほっとした顔で微笑んでくれた。この顔を見せてくれただけで我慢をした甲斐があるってもんよ。


◇ ◇ ◇


 部屋に戻り一緒にベッドに横になる。一応安全な場所に帰ってこれたと実感して、ようやくヒイロも緊張が解けた。


「ヒイロ、話、聞いてもいい?」

「勿論。だけど大丈夫? 辛いなら明日にするけど」

「ううん、平気よ。ほら、少しずつ身体も動くようになってきたから」


 アカはゆっくり腕を持ち上げてヒイロの頬に触れる。ヒイロはそこに自分の手を重ね、ああ、この子を守る事が出来て本当に良かったと改めて思った。


「……じゃあ話すね。と言っても私もそんなに詳しく知ってるわけじゃないし、何より楽しい話じゃ無いから、聞いてて辛くなったらすぐに言ってね」

「うん、わかった」


 ヒイロは目が覚めてからの事をアカに話していく。


 ……。


 …………。


 ………………。


「というわけで、私とアカは無事にこの宿に戻ってきたわけです」

「めでたし、めでたしね」

「いや、めでたくは無いけど……でもアカが無事で良かったよ」

「それを言ったらヒイロもでしょう。私、自分が無事でもヒイロに何かあったらイヤよ?」

「そうだね、じゃあ二人とも無事で良かった」

「うん、それでよろしい」


 ようやく思い通りに動かせるようになった身体の調子を確かめながら、アカはヒイロから聞いた話を振り返る。途中かなり意図的にボカしていた部分に気付いたが、先ほどヒイロがアカの胸や股を念入りに洗った事と合わせて考えるとまあそういう感じだったんだろうなとは思う。ただ、ギリギリで守れたからと強調していた事を信じるなら最後の一線は越えずに済んだと言う事だろう。話すだけでもヒイロの方が辛そうにしていたので、あまり詳しく聞こうとは思わなかった。


「……ヲリエッタ達が私達を売ったっていう証拠は無いのよね?」

「そうだね。私が殺しちゃった大男の証言だけだね。あとは本人達が知ってるってぐらい。雪月花の三人とも殺しちゃったけど」

「ヒイロは確信があったのよね」

「うん。ヲリエッタの顔を見た瞬間にあの男が言ったことが嘘じゃないって分かったよ。あれは悪事がバレて保身を考える人間の顔だった」

「じゃあもうクロね。大体私達が二人して意識を失うなんて、その時点であの三人が薬を盛ったのはまず間違いないわけだしね」

「薬を盛られちゃった時点で私達も油断してたよね」

「初回は警戒してたんだけどなぁ……」


 あえて二回目の食事で薬を盛ってくるとは敵もさるものである。これから他人と食事をするときは常に警戒しなければならないという教訓になった。


「それで、売春宿を運営していたのがクラン一致団結だったと。……前に勧誘を受けた時に素直に応じなかったからだったら売春婦にしてやれって事かしら?」

「ああ、一致団結の指示だった可能性もあるのか。一緒に狩りに行ったときの感じだと友好的だと思ったけど、裏で何考えるかなんて分からないもんなぁ」

「ついでに才色兼備私達のクランも安全とは言えないわよね。ヲリエッタ達の独断なのか、クラン内に協力者がいるのか。もしかするとクラン全体がそういう事をしていたのかもしれない」

「ええ!? それは……ありえるねぇ……」


 この段階までヒイロは元凶であるヲリエッタ達を殺した事で当面の安全は確保されたと思っていた。だが、クランそのものが手引きしていた場合は何も解決していないという事にアカの意見によって気付く。


「今後クランで仕事をする場合は出された食べ物には手をつけない、を徹底するしか無いわね」

「強行手段を取られたら?」

「そうやって来てくれると分かりやすいし心置きなく反撃できていっそラクなんだけど……」


 これまで以上に自衛を徹底する。結局これしかないのである。これまでの旅を振り返ると食事に関してはわりと警戒が緩かったような気がする。鉢金傭兵団(※)の人達とか、悪い人がいなくて良かったよなぁ。

(※第4章)


 これからは常にお互いの無事を確認しながら、同時にものを口に入れないようにするのは最低限守らないといけないな。あとは店選びも任せたらダメだろう。今回だって目の前で飲み物に薬を入れていたらおそらく気付いた……という事は店もグルで厨房の時点で薬を混ぜたものを出してきた可能性が高い。


「やっぱり碌でも無い世界だわ」

「うん。早く帰りたいね」


 改めて、日本に治安の良さが懐かしい。しみじみと呟いたアカに隣のヒイロが同意してくれる。アカは横を向いてヒイロの顔をまじまじと見つめる。


「ど、どうしたの?」

「ううん。なんでもない」


 アカは改めて、ヒイロがいてくれて良かったと思った。今回はアカは何もしていない。もしヒイロが居なかったら、抵抗一つできずに手籠にされた上に媚薬漬けだったわけで、今こうして落ち着いて横になっていられるのは100%ヒイロのおかげである。


「なんでもなくはないや。ヒイロ、ありがとう」

「う、うん。改めてそんなまっすぐお礼を言われると照れるけど、私は当たり前のことをしただけだから……」

「うん。だけど、ありがとう。……次は私がヒイロを守るから」


 強い決意と共にアカはヒイロに告げる。ヒイロは照れたまま、だけど嬉しそうにうん、と頷いた。



第96話 了

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作者より

なんとか無事に帰って来れたところで、胸糞展開は一応ひと段落。次からはこの件の後始末となります。


これまで散々女性冒険者のリスクについて語ってきた中で、やはりヒロイン達が危機に陥る展開は欲しいなと思って書いていたら、想像以上にギリギリになりました。

当初は眠らされるだけで何かされる前に目覚めたりするパターンも想定しましたが、それも違うなぁ…だけどNTRとか苦手だしなぁ…ということで作者がこっち方面で限界まで攻めたのがこの展開となっております。

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