第97話 クランの問題

 時刻は三の鐘正午近く。


 クラン才色兼備のリーダー・ルシアと、クラン一致団結のリーダー・フーマ。そして一致団結に所属する「青空旅団」のナコモの三人が冒険者ギルドの受付で話をしてる。ルシアはフーマとナコモから話を聞いてまた頭を抱えていた。


双焔の二人アカとヒイロがお前達のシマの売春宿で殺しをした。相手は宿の管理をしていた一人のサブという冒険者と、才色兼備ウチに所属してる「雪月花」の三人。そういう事かい?」

「ああ」

「信じられないな……」


 ルシアは頭を抱えた。アカとヒイロとは短い付き合いであるが、仕事は丁寧だし報酬の分配で文句を言うこともない。真面目で、誰かを害するようなタイプだとは思えなかった。


「お前が信じなくとも、ナコモが実際に現場で二人に会っている」

「殺したところは見てないんだろう?」

「俺の部下がヒイロが雪月花の三人を一瞬で燃やすところを見ているし、サブの野郎を殺したと証言したとも言っている」

「……その部下はここに来ないのか?」

「朝まで宿の火消しや従業員、女どもの無事を確認しつつ仮宿の確保に奔走して、日の出と同時にツケてる店に支払いを待ってもらえるよう頭を下げに行かせてたんだ。今はさすがに休ませている」


 ルシアは再び首を捻った。


「そもそも、なぜあの二人がそんな凶行を?」

「部下からの話から推測するに、うちの売春宿に働きに来たが土壇場で抵抗をしたというところだろう。ありがちな展開ではあるが、従業員を殺して宿に火をつけるのはさすがに前例がないな」


 フーマはそう言いながらも凡そ全容を掴んではいる。「雪月花」ヲリエッタ達が女を潰して店に売ったのは初めてでは無いのだから、今回も双焔の二人を売りに来たのだろう。これまでは碌な抵抗もされずに媚薬漬けで立派な売春婦として仕立ててきたが、双焔の二人には抵抗できるだけの底力があった。要はそう言うことだろう。


 全く余計な事をしやがって、とフーマは心の中で舌打ちをした。双焔の二人は売春宿で使い潰すのではなく一致団結クランに引き抜いて上手く使えれば何倍も利益を出せただろうに、目先の小金に目をくらませたヲリエッタが先走ったせいで台無しだ。今後の勧誘を続けたところでまさか自分たちが売られた売春宿を持つクランに入るとは言わないだろうし、何より宿に火をつけられて従業員メンバーを一人燃やされているのにクランに勧誘を続けてはこちらも面子が立たない。


 少なくとも昨晩の被害の補填は必要だ。


「俺達としてはあの二人でも、所属するクランの責任ってことでプールしてる財布からでも構わないんだが損害賠償を払って貰いたいんだが」

「……いくらだ?」

「ざっと金貨2枚200万円ってところだな」


 いくらなんでも吹っかけすぎだ。そんな金を払えるわけないだろう。なんと言って断るか悩むルシア。そんな彼女の目に、ギルドにやってきた双焔二人が飛び込んできた。


◇ ◇ ◇


「この時間に来ても仕事は割り振れないぞ?」


 何から話すべきか。差し当たって今から仕事の話をされないように釘だけ刺してみたルシア。

 

「この時間だから、それは分かっているわ。ここには一致団結の人に会えないかなって思ってきたのよ。さっき宿に行ったけど誰もいなかったから」

「宿っていうのは、アンタらが昨晩景気良く燃やしてくれたウチの売春宿のことか?」

「おい、ナコモ」


 喧嘩腰に食ってかかるナコモを、フーマが制する。アカは気にした様子もなく頷く。


「ええ。ここに状況が分かってる人がいて良かった」

「何の用だ。お前らが昨晩の損害分を払ってくれるってのか?」

「そんなつもりは無いけれど……。ヲリエッタ達の遺品っていま何処にあるかしら」

「知らねぇな。宿に来ていた客の荷物やら、うちの女どもの私物はまとめて一致団結クランのホームに移動してあるが、ヲリエッタ達の者はなかった。あいつらの家か、そうでなければお前達が燃やし尽くしたかだろう」

「そう。家の場所は知ってる?」

「知るわけないだろう」


 ナコモの答えに、アカは眉を寄せる。


「遺品に何か?」

「うーん、そこに無かったら訊くつもりだったんだけど……私達の財布を奪ったのは貴方達かしら?」

「知らないな」

「じゃあやっぱりヲリエッタ達か」


 アカが言うには、昨夜の内に自分達の財布が誰かに盗られていたらしい。気付いたのは今日の朝になってからで、おそらく自分達に薬を盛ったヲリエッタ達が財布を拝借したのだろうと予想。次点で売春宿で服を脱がされた時に一緒に奪われたのでは無いかと思い、探しているとの事だった。


「参考までに、お前達の財布にはいくら入っていたんだ?」

「ヲリエッタ達の代わりに弁償してくれるの?」

「するわけないだろう。こっちだって昨晩の損失を請求しているぐらいだ。お前達が宿を燃やしてくれたお陰で大損害だ!」


 ナコモがドンっとテーブルを叩いて威嚇するが、アカは怯える様子もなくしれって言い返す。


「こっちに薬を盛って動けなくして無理やり売春婦にしようとしたんだもの、あのぐらいの反撃はされても仕方ないでしょう」

「何を言っている。とウチの宿に来て、土壇場でやっぱり嫌だと喚いたんだろう。その場にいた従業員を殺し、あげくお前達に店を紹介した雪月花ヲリエッタにまで逆恨みして手を掛けた」

「……ああ、そういうストーリーになってるのか」


 アカはなるほどと思った。たった今ままで昨夜の件に関しては自分達は被害者(未遂)であると思っていた。だけどフーマの説明ではアカ達が悪者のように聞こえる。


「私達はヲリエッタ達に嵌められたんだけど」

「じゃあウチの従業員が嘘を言っているということか?」

「そうなるわね」

「お前達が本当のことを言っているという証拠は?」

「……無いわね。証人は死んじゃってるし」

「なるほど、紹介してくれたヲリエッタ達を殺したのはそう主張するためとも受け取れるな」


 フーマはわざとらしくやれやれと首を振った。ムッとした表情のヒイロが何か言いたげだが、アカがさり気なく手で制する。


「……お互いの主張が真っ向からぶつかってるけど、どうするつもり?」

「どうするも何も、こちらとしては払うモノを払ってくれないと収まりがつかない。燃えた宿は修繕が必要だし、何より一人死んでいる」

「こっちに言わせれば自業自得なんだけど」

「あくまで金を支払う気は無いという事だな」

「当然ね」


 大体全財産を入れた財布を盗られたのでアカとヒイロは無一文である。実はこのままだと本日の宿代すら払えない。


「……だ、そうだ。本人達に賠償する気が無い以上、俺たちはその所属クランに金を請求するしか無いな」


 フーマはルシアに水を向けると、ルシアはまた頭を抱える。


「払う必要ないんじゃ無いの? それこそクランは関係無いわけだし」

「そうもいかない。こういったパーティ間で収まらないトラブルを解決するのもクランの役割だからな。まあ俺たちは金を払ってくれるならどちらでも構わないさ。あとは当人達で話し合って決めてくれ」


 そういうとフーマはギルドから出ていく。ナコモもフーマの後を追うようにさると、テーブルにはアカとヒイロ、そしてルシアが残された。


◇ ◇ ◇


「教えてくれ。何処までが本当なんだ?」

「私達は嘘をついてないわ」

「だが一致団結のメンバーと、それにヲリエッタ達も殺したんだろう?」

「そこは否定してないんだけど……」

「私が説明するよ」


 ヒイロが昨晩あったことをルシアに話す。ヲリエッタ達に夕食に誘われて、おそらく薬を盛られて意識を失ったこと。そのまま売春宿に売り飛ばされたが間一髪のところで目が覚めて無我夢中で脱出し――その際に勢いで従業員を殺してしまったこと。そして売春宿を出たところでヲリエッタ達に出会い、その場で報復として殺したこと。


「宿を燃やしたのはついでというか、勢いというか。屋内で火属性魔法を使ったらまあそうなるよねって感じで」

「……なるほどな。そして一致団結あいつらの主張はお前達が自発的に売春宿に来て、土壇場で意見を変えて暴れたという事か」

「こうなると水掛論よね。こっちは無理やり型に嵌められそうになったんだもん、賠償を要求こそすれ払う義理は1ミリも無いんだけど」


 相変わらずアカとヒイロの意見は変わらない。ルシアは大きくため息を吐いた。短い付き合いだが、この二人の意見は変わらないだろうなと思った。


 だがクラン運営側としては向こうの要求を無碍に断るのも難しい。同じ街で活動するクラン同士、表面上は友好的である必要がある。


 しかし向こうの要求した金額を払うことなどとても出来ない。金貨2枚を交渉して金貨1枚程度まで減らせるだろうが……というより向こうもその前提で初めに吹っかけてきたのだろうが……それでもクランにそんな金額の貯蓄は無い。


「分割か……だがこれからの季節、返済し切るまで全員の報酬から一部を弁済に充てるとなったらメンバーは何というか……」


 ブツブツと呟くルシアに、ヒイロがひとつ提案する。


「ひとつ、きれいに収まる案を考えたんだけど」

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