第17話 狩人との邂逅

「おとう! 当たった!」


 父の放った矢が幻獣に命中したことを確認した娘は、歓喜の声を上げる。


「ああ、「剛弓ごうきゅう」の戦技は威力こそ上がるけれど命中させなければ意味が無いからな」

「運が良かったな! 警戒心の強い月白狼ルナウルフが姿を現して、あんな風に呆けてみせるなんて」

「月白狼の前に妙な格好をした二人組がいる。彼奴は完全にそちらに気を取られていたようだな」

「それって獲物を横取りしたことにならないかな?」

「千載一遇のチャンスだったからやむを得ない。こちらは肝だけでも貰えればいいのだが」

「おかあの病気を治すには、万病に効くと言われる月白狼の肝が必要だからな……」

「とにかく、言って話してみよう」


 父娘は岩場をひょいひょいと跳ねるように移動して月白狼の横に佇む二人組の元へ向かった。


◇ ◇ ◇


「一体、何が?」


 どれくらいの時間、狼と睨み合っていたのだろう。ほんの数秒だったとは思うが、あまりの緊張で何時間もだったかのようにすら感じる。


 いつ飛びかかって来るかわからなかった狼だが、何処かから飛んで来た矢が胴を貫き、そのまま絶命したのだ。


「朱井さん! 大丈夫!?」


 背後からヒイロが呼びかける。アカは振り向き頷いた。


「え、ええ。ただ睨み合ってただけだし、怪我は無いわ」

「どうしてこんな無茶したの!?」

「無茶って……茜坂さんは怪我してるし、私が追い払うしか無いと思っただけなんだけど」

「あんな大きな狼、どうやって追い払うつもりだったの?」


 アカを問い詰めるヒイロ。


「えっと、硬いモノで文字通り鼻っ柱を叩けば逃げてくれないかなって……」


 スマホを持った手を上げて見せる。


「そんなので叩いてアレが逃げるわけないでしょ!?」

「だけど、二人で縮こまってても襲われちゃっただろうしそれしかやりようがなかったかなって」

「だからって朱井さんだけが危険に立ち向かう必要は!」


 ヒイロはガシッとアカの両肩を掴み責める。


「……わかった、ごめんね。次からはちゃんと相談する」


 と言いつつ、次があったら困るんだけど。


「絶対だよ。庇ってもらえるのは嬉しいけど、朱井さんに何かあったら困るんだから」


 ……確かに、こんなところで一人取り残されたら心細いなんてもんじゃないか。先程二人でサバイバルをしていこうと話をしたばかりで自分がリタイアするわけにはいかないな。


 柄にもなくヒロイックな気持ちになり自分を犠牲にしてでも茜坂を庇おうなんて考えてしてしまったけれど、どんな状況でも生きる事を最優先に考えなければならないな。


「うん。私も茜坂さんがいなくなったら困る」

「微妙に引っ掛かる言い方だけど、分かってくれたなら良かったよ」

「ええ、二人で頑張りましょう。……さて、それでコイツだけど」


 目の前で倒れてる狼を見る。


「改めて見ると、これまた綺麗な狼だね」

「うん。お金持ちが剥製にして飾ってそう」

「そんな発想が出るってことは、朱井さんってお金持ち?」

「そんな事ないと思うけど」


 お父さんもお母さんも会社員だし、家も普通のマンションだ。お金で苦労した事は無いから恵まれた環境だった自覚はあるけれどそこまで金持ちの部類でもないだろう。


「サバイバルをするなら、この狼のお肉とか食べた方がいいのかな?」

「確かに、いきなり肉が手に入るのは運が良かったかも。ちなみに茜坂さん、ナイフとか持ってたりする?」

「ごめん、持ってないや」

「だよねぇ……」


 当然アカも持っていない。つまりせっかくの肉を捌く事ができない。


「あ、でもそもそもどこかから矢が飛んできたんだよね。狼を仕留めたのって矢を撃った人になるわけで、肉の所有権ってその人のものじゃない?」

「言われてみればそうかも」


 矢が飛んできたということは、人がいるという事だ。状況的にピンチを救ってもらえた形だし、このまま助けてもらえるかなと少し希望が見える。


 矢が飛んできた方向をみると、ピョンピョンと二つの影が軽やかに跳んで近づいて来た。影はアカ達から10m程離れたところで一度止まる。


 そこには、精悍な顔つきをした彫りの深い男性と、彼に寄り添う幼い少女が立っていた。


「あ、あの……」

「○☆%〆♪=¥?」

「ふぁっ!?」

「€¥<?」

「わ、私達、道に迷って……」

「€・<¥〜¥^+☆÷¥……」


 彼らの口から出たのは、聞いたことのない言語……少なくとも普段学校で学んでいる英語ではないし、字幕で見てきたどの外国映画とも違う雰囲気の言葉だった。


◇ ◇ ◇


 必死の身振り手振りでどうやら彼らが目の前の狼を仕留めてくれたのだと判断する。よく見れば男性の方は身の丈の1.5倍程もある大きな弓を持っていた。


 何やら狼の所有権について確認しているように思えたので、どうぞどうぞというジェスチャーや狼と彼らを順番に指差して「これ、あなたの、モノ」とおそらく言葉分からないだろうが短い単語で区切り所有権が彼らのものである事を伝える。


 どうやら納得してくれたようで、ナイフを取り出すと狼の腹を掻っ捌いて内臓を取り出すと大切そうに袋に入れる。


 男性の方はそのまま狼の死体を担ぐと、隣の女の子となにやら相談を始めた。


「€÷>○^、→○<・¥:%\+☆」

「→○<・?」

「|+<$\♪¥☆^〜\○÷:、¥÷%〆○+<\・°<…☆$」

「・♪°|?」

「:|>*\・☆€♪。\+<$♪〜¥○÷€→¥*+^、\☆〜%+€<」


 どうしよう。私達を殺そうとか考えてるのかしら。でも剣呑な雰囲気は感じないし、こんな凶暴そうな獣を一発で討ち取っちゃうような人達から逃げられる気もしない。そんな風に考えたアカが出来る事といえば、精一杯友好的な態度を取ることだけであった。


 少しすると男性が狼を担いだまま向きを変えて彼らがやって来た方向に向かって歩き始めた。


 なんとか見逃してもらえたかな? 人に会えたから助かったかと思ったけど、言葉が何も通じない相手にそこまで求める事はできないだろう。怪しいやつめ! とそのまま殺されなかっただけでも幸いかと思ったアカであったが、なんと少女の方がこちらにきてアカとヒイロに話しかけてくる。


「°☆・€、:^+☆〜°|」


 手をバックオーライの形で動かしつつ話しかけて来ているので横にいる茜坂に確認してみることにする。


「これって、ついて来いって言ってる?」

「たぶん、そうだと思う」

「どうしようか?」

「行くしかない、かな」

「……だよね」


 逃げても振り切れそうにないし、よしんば振り切れても明日からは怪我人を抱えてサバイバル生活だ。そちらを選ぶより、言葉は通じないものの一応命の恩人がついて来いと言うならそれに従ったほうがマシだろうとアカとヒイロは判断した。


「茜坂さん、歩ける?」

「うん、大丈夫」


 ヒイロは足の痛みを堪えつつ立ち上がる。アカが応急処置してくれたおかげで、随分楽にはなっている。


「じゃあ行きましょうか」


 2人がついていく様子を見せると、少女は納得した様子で振り返る。


 男性の方はあんなに大きな狼を担いでいるというのが信じられないような身のこなしで岩場を登っていく。また、少女もそれに平然とついていく。


「ま、待って!」


 アカとヒイロは慌てて走り出した。


◇ ◇ ◇


「おとう、あの二人遅れてる!」


 娘に言われて父親は立ち止まり振り返る。なるほど、気が付けば二人とかなり距離が開いてしまっていた。


「思った以上に遅いな」

「置いていくか?」

「待て……一人、足を負傷しているようだな。それを庇いながら走っているせいで遅れてるんだろう。ルゥ、おぶってやれ」

「刺されない?」

「殺気を感じたら殺していい」


 仕方ないか。ルゥと呼ばれた少女は遅れている二人の元に駆け寄り、しゃがんで背中を見せる。


「乗れ」

「→※•……」

「☆÷?」


 何を言っているか分からないが、そのまま背中を見せていると、片方がおずおずと乗って来た。


「お前は走れるな?」

「☆^€・」


 片方の女……ヒイロを背負ったルゥは、やはり重さをほとんど気にせずにまた岩場を跳び上がっていく。


 もう一人の女……アカは取り残されないように必死で走って彼女達について行く。

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