第74話 リコルの不調
その後数日間は何事もなく航海が進んだ。
船員は奇数日に漁を行い朝まで下ごしらえ。夜には金を出して娼婦とお楽しみ。
娼婦たちは夕飯後から朝まで船員たちの相手をして、昼間眠るという昼夜逆転生活を続けてお金を稼ぐ。殆どの者が毎日身体を酷使するところ、アンだけは1日おきに休みを取って身体を休めていた。それがまた「アンを抱くにはさらに
一方でリコルは毎日10人近くを相手にしているというのに1日の稼ぎが銀貨1枚に満たないぐらいと、こちらはぶっち切りで稼げていない状況であった。
「……リコルちゃん、本当に大丈夫?」
「無理せずに1日くらい休んだら?」
「ううん、休めないよ。ただでさえ全然稼げてないのにペナルティまで払ったら、稼ぎが少なくなり過ぎて街に帰ってからお母さんに怒られちゃうし」
娘に身体を売らせてその稼ぎに文句を言うとはなんて母親だと思うけれど、この世界の貧困層はそんなものなのかもしれない。
「だけど見るからにフラフラだから心配だよ」
「ありがとう。だけど大丈夫だよ、最近は痛いのも慣れて来たし」
そう言って空元気を見せるリコルに、アカとヒイロはそれ以上何も言えなかった。
……。
…………。
………………。
「あの子はもう格付けされちまってるからね」
ある日の昼間、アンにリコルのことを相談した。人一倍身体を酷使しているのに誰よりも稼げていない友人を案じて、どうにかならないかと聞いたアカたちに対するアンの答えが先ほどのものであった。
「格付けですか?」
「ああ。安い金で使える最低限の女って船全体に知れ渡っちまってる。仮にここからあたしと同じようなサービスをしたとしてもこれまで
アン曰く、船の上で娼婦業をする時は最初の二、三日が勝負だという。アンの場合は初日に最大限のサービスを行い、さらに翌日から一日おきの営業とすることでプレミア感を出した。「二日に一度しかチャンスが無い」「極上のサービスが受けられる」という認識が船員たちにも広がったことで、多くのチップを払ってでも彼女を買いたいと皆が思うようになり、また実際にそれが叶った時にはアンに身を任せてそのテクニックを堪能しようとする。これはつまりアンが自分のペースで事を進められるという空気が出来上がっているという事になる。
「逆にあの子の場合、最低限の金でとりあえず出すものを出すだけっ認識が確立しちまってる。娼婦としては最低の立ち位置だね」
「そんな……どうにかならないんですか?」
「娼館で働いている子の場合は一度引っ込めてベテランが指導した上で、名前と化粧を変えて出せば客の認識をリセットできるけどこの船の上じゃ無理だね。あと数日、耐えるしかないよ」
「せめて体調不良を理由に休ませてもらう事とか、出来ないんですかね」
「ペナルティを払うなら別に理由は不問だよ。だけど休む事を本人が希望してないなら、ね」
アンは肩をすくめた。
……。
…………。
………………。
さらに二日ほど経って、いよいよリコルは体調を崩す。微熱を出して咳が止まらない状況となってしまった。
「こんな状況でも休めないの?」
「ゴホッゴホッ! ……うん、こんな私でも買ってくれる人は居るからね。ゴホッ!」
「いくらなんでも無茶だよ。ペナルティは私たちが立て替えるから、今日だけは休ませて貰おう?」
施しはしない。孤児院で子供たちを見たときにアカとヒイロの間で決めたルールである。目の前で飢えた子供に「かわいそうだから」とお金を出したところでその場しのぎにしかならない。目の前の一人の飢えを数日延命した所で自己満足にしかならない事と、そもそも人に施せるだけの余裕が無い事から現金を直接渡すような事はしないと決めていた。
だが、これだけ仲を深めた相手が困っているとなればどうしても見過ごす事はできない。思わずペナルティを肩代わりすると言ってしまったアカに対して、ヒイロも特に咎めるような事はしない。
しかし、リコルは頑なに首を振った。
「それは出来ないよ。……船に乗れば普通の娼館よりも稼げるって聞いて、お母さんも私がいっぱい稼げるのを待ってるんだ。だかは少しでも多く稼がないとね」
そう言って弱った身体に鞭を打つリコルを無理矢理止める事はできなかった。
「……じゃあせめて、栄養のある物だけでも食べて」
「私はパンとスープだけで大丈夫。追加メニューは高くて払えないよ」
他の船員達は適宜追加料金を払って肉をつけたり酒を飲んだりしているが、リコルは銅貨1枚でも多く持ち帰るために食事もずっと最低ランクの硬いパンと薄いスープのみだった。
「私達の食事についてきてる果物あげるから」
「そんな、悪いよ」
「いいから。せめてもう少し栄養を摂ってくれないと私達が困るよ」
それでも遠慮するリコルに半ば強引にドライフルーツを食べさせる。
「あ、ありがとう……うん、甘くて美味しい……」
「良かった。じゃあくれぐれも、無理しないでね」
「うん、心配してくれてありがとう……ゴホッ」
◇ ◇ ◇
あと数日の船旅、なんとかリコルが持ち堪えられればと思っていたアカとヒイロだったが、最後の夜を前についにリコルはベッドから起き上がれなくなってしまった。
夕ご飯を食べに来ないリコルを心配して、最後の夜に向けて気合いを入れて居たアンに様子を訊ねると彼女は首を振った。
「あの子はもうダメだね。少なくとも今日は出られない」
「やっぱり何か病気だったんですか?」
「まあ過労もあるけど、男の人から伝染された病気かもしれないね。船の上では風呂も無くて、毎日桶一杯の水で身体を拭くぐらいしかできないだろ。だからこそちゃんと精液を掻き出して綺麗にしておくとか、挿れる前に相手のモノが汚く無いか……汚かったらさり気無く綺麗にさせてもらってから挿れるとか、そういう細かい予防を自分で出来ないと、誰かから病気をもらってあんな風に熱を出したりするんだよ」
「そういうのって事前に教えてもらえないんですか?」
「そりゃ娼館に勤めればそこの世話役が教えるさ。女の身体は大事な商品だからね。だけどあの子の場合、船は娼館より稼げるって噂を聞いていて、成人していきなり船に乗っちまったタイプだろ。そういう子は大抵自分の身体の守り方を知らずにああなっちまうのさ、かわいそうだけどね」
船では短期間で娼館より多く稼げる。それは間違いでは無いが、その為にはアンのようにきちんとした知識と経験、そして男達から上手くチップを払って貰えるだけのテクニックが必要だ。しかし往路の船に乗るまでは男を知らなかったリコルのような少女が最低限のケアや病気の予防も出来ずに身体を酷使し過ぎて倒れる、こんな光景もまた良くあるという事だ。
「救いなのは、明日の昼には陸に着くって事だね。陸に着いたら医者にかかれれば死にはしないだろう。これが航海前半だったら命まで落としていただろうからね」
そういうとアンは最後の一稼ぎをするために船室に向かった。
リコルは最終日は仕事を出来ずに、銀貨一枚のペナルティを支払う事となってしまう。それはここまでの期間で稼いできた金額のほぼ半分であった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます