第8話 過去に縋る
「これ、どういうこと? スマホの充電なんて出来ないはず……実は充電ができる魔道具があるってこと?」
エリカの問いに、気まずそうに黙り込む三人。
エリカは立ち上がり、部屋の外に向かう。
「エリカ、どこにいくの!?」
「どこって……とりあえず今ならみんな大食堂に居るだろうから。そこならスマホの充電ができる事を知っている人が居るかもしれないし」
「そ、それはダメッ!」
「ダメって、なんで?」
「それは……」
理由を訊けば口を閉ざす。エリカは改めて食堂に向かうために彼女達に背を向ける。
「実は……魔道具とかじゃないの……」
扉に手をかけたところで声が掛かる。
「魔道具じゃなくて、スキル……
チートスキルで充電してもらってるの」
「スキルで?」
……。
…………。
「つまり、彼はスキルを鍛えてスマホを充電できるようになったけど、それはみんなには内緒にしてるって事ね?」
「際限無く充電を頼まれても対応できないからって……。一台充電するのに一時間くらいかかるし」
確かにクラス全員がそれをせがんだら休みなくスキルを使い続けなければいけなくなる。一度充電したら終わりで無く、スマホなんて一日か二日に一度は充電が必要なのだ。
「だったらあなた達はどうして充電してもらえてるの? 電磁君とは元々そんなに仲が良く無いわよね?」
仮に自分が
少なくともろくに話したこともない男子にカミングアウトしようとは思えない。
「それは……、たまたま知っちゃっただけなんだけど」
「その時に私達のスマホも充電してってお願いしたら、最初は一度だけならって言ってしてくれて……」
ルームメイト達は当時の様子を語る。
◇ ◇ ◇
数ヶ月前。
いつものように訓練にも行かずに部屋に引きこもっていた三人。部屋から出ることは殆どなく、たまに運動不足解消のために廊下にでてウロウロする程度の日々を過ごしていた。
― コンコンコン。
誰かがドアをノックした。食事や掃除の時間では無い。まあ、城の者なら黙っていれば勝手に入ってくるだろう。だが、ノックの主はクラスメイトの男子であった。
― 俺、電磁だけど。ごめん、ちょっといいかな?
男子と女子はそもそも割り当てられている階が違うので、滅多に会うことすらない。そういえばこの世界に来てからクラスの男子と話した記憶は無かった。何のつもりだろう。顔を合わせる三人だったが、最初は誰も扉を開けようとはしなかった。
― どうも城を散歩した時にスマホを落としたみたいなんだ。どこかで見た人は居ないかなって聞いて回ってて。
だからって女子の部屋を訪ねてくるのは非常識だと思う。そうは思ったが、実はこの日の朝、廊下を歩いている時に落ちていたスマホを拾っていた。こんなところで珍しいこともあるものだと思ってはいたが、あとで処分すれば良いかととりあえず持ち帰ってきていたのだった。
「それって、黒い手帳型ケースに入ってる?」
― っ!? 知ってるのか!?
「今日の朝、廊下で拾って……ちょっと待っててね」
適当にテーブルに置いてあったそれを手に取り、扉を開ける。そこには焦った様子の
「これ?」
「ああ、これだこれ! 本当にありがとう!」
「別に……廊下に落ちているのを拾っただけだし」
冷静に考えれば男子が女子フロアの廊下に散歩に来ていたというわけで、気持ちの良い話ではない。さっさと帰ってくれればそれでいいと思ったが、電磁はその場で手帳型ケースを開いた。
「良かった、壊れてないみたいだ」
何気ない仕草に見えたその様子。しかしそれは彼女達にとってあり得ない光景だった。
「……え? なんで電池切れてないの……?」
……。
…………。
………………。
「じゃあ、俺のスマホを拾ってくれたお礼に、みんなのスマホを一回だけ充電してあげるけど、くれぐれも他の人には内緒にしてくれよ?」
「うん、絶対誰にも言わない!」
期待を込めた眼差しでスマホを電磁に手渡す。電磁はポケットから充電用のコードを取り出すと片方のコネクタをスマホに挿して、反対側を手で握りしめた。
「ちょっと集中するから、静かにしてて」
そう言って目を閉じる電磁。程なく手渡したスマホに「充電中」の表示が現れた。そのまま祈るように見つめていると十分ほどで電磁は目を開けた。
「はい、起動してみて」
「う、うん! ありがとう……」
電源ボタンを押すと、一年以上前に電池が切れて起動しなくなった筈のスマホの画面は懐かしい起動画面とともに眩い光を放った。
「出来てる……動いてる!」
目の前の光景に涙すら溢れそうになる。
「良かった。じゃああと二人分だね」
そうして三十分ほどで三人分のスマホに充電をした電磁は、くれぐれも他の人には内緒にしてねと念押しをして帰っていった。
電磁を見送ったあと、彼女達はスマホにかぶりつく。電波がないので電話やメッセージ、インターネットは出来ないが、それでも画面の中には既に朧げな記憶になりつつあった日本の光景が広がっていた。アルバムアプリを開けば楽しかった日々、懐かしい家族やペット写真がこちらに微笑みかけるし、ゲームもネットが不要なタイプのものなら起動することができた。
娯楽に飢えていた引きこもり達にとって、久しぶりのスマホはまるで麻薬であった。寝食を忘れて夢中になるが、ほんの数時間で再びスマホは置物になってしまう。それぞれ十分ほどしか充電していなかったのでフル充電には程遠く、ずっと画面を見ていたためあっという間にまた電池が空になってしまったのだった。
……。
…………。
翌日の昼、彼女達は初めて男子のフロアを訪れた。
「どの部屋って言ってたっけ?」
「階段から数えて、四つ目の部屋のはず」
慎重に扉の数を数え、ノックした。
― はい?
扉の向こうから昨日聞いた声が聞こえて、彼女達は安堵する。
……。
…………。
「いや、これ結構疲れるんだよね……だから一度だけって言ったんだけど……」
「お願い! もう一度だけでいいから……っ!」
電磁に頭を下げる三人。電磁は頬をポリポリと困ったように掻いた。
「やってやればいいんじゃないの? この子達が可哀想じゃん」
「そうそう。それにここで突っぱねたら他の奴らにバラされちまうかもよ?」
電磁のルームメイトの男子二人が彼を説得してくれる。……部屋の中に電磁以外の男子がいた時は正直に言って嫌だと思ったけれどこんな風に援護射撃が来るなんて。名前もうろ覚えの男子に心から感謝する。
「うーん……」
「ハル、お前そんなケチなやつだったか?」
ハル、というのが電磁の下の名前なのか。いまの今までそれすら覚えていなかった。
「いや、あと一回ぐらいならいいけどさ……でも結局そのあと明日も明後日もってならない? っていうのがちょっと気になって」
「そ、それは……」
あり得ないとは言えなかった。だって昨日の今日でここに来ているわけだし。あと一回が、この一回で終わる保証は無い。何も言えずに黙り込んでしまう。
「じゃあ、ハルの充電に対して対価を支払って貰えばいいんじゃねぇの? ギブアンドテイクの関係ってやつ?」
「ギブアンドテイク?」
「ああ。そうすればたとえこの先何度も充電することになってもハルは損しないし、マエダちゃん達だってハルの善意に頼って
「確かにいい案かもな。お互いに条件が合わないなら辞めればいいしな。ハル、どうよ?」
ルームメイト達に促され、電磁は腕を組んで考える。
「そういう感じなら、まあいいかなあ」
「さすが、話がわかるな!」
「……って事で、どうする?」
こっちに話を振ってくる男子達。いきなりそんなこと言われてもと困惑した。取引なんて言われたって、こっちには差し出せるものなんて何もない。
「私達、お金なんて持ってないけど……」
「お金かぁ、別にお金には困ってないしなぁ」
「そ、それもそうだよね。じゃあどうすれば……」
こんなことなら真面目に訓練に参加しておくべきだった……そうすれば彼らに何か提示するものが手に入ったかもしれない。同じ引きこもり勢という立場上、自分たちが得られるものは全て彼らも得ることが出来るだろう。
悩んでいると、隣から衣擦れの音が聞こえる。びっくりして振り向くと、覚悟を決めた顔で級友が服を脱いでいた。
「一回充電する事に、一回やらせてあげる……じゃダメ、かな?」
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