第9話 戦争に向けて
「たかがスマホの充電のために、身体を売ったってこと!?」
ルームメイト達の告白に、エリカは驚きの声をあげた。
「たかがって、分かってる? この世界でスマホを充電できるのは
「それはそうだけど、つまりスキルを使って何かしてもらうのに対価を差し出すって関係性になっちゃってるって事でしょ? こんな状況だからこそクラスメイト同士で助け合わないといけないのにそこに利害関係を発生させてどうするのよ。しかもスマホの充電なんかのために身体を差し出すとか、明らかに釣り合ってないじゃない」
ソウやアキラ、カナンと旅をしていて、お互いのスキルで助け合うことは良くある。だがそれは仲間として当たり前のことで、対価を払わなければ助けないなんてことは決してない。
エリカに言わせれば電磁のスキル――「放電」というらしいが――だって同じことだ。もちろん何度もお願いをして彼にスマホを充電させるのは間違っているが、どこか他の場面で彼の役に立つことで助け合う仲間と認め合えれば身体を売るようなことをせずとも済んだはずである。
「そうは言うけどさ、エリカのいう「助け合い」と私達がやってることってどう違うの?」
「全然違うじゃない」
「電磁君はスキルを使って私たちのスマホを充電してくれる。私達は身体を差し出して彼の性欲を満たす。これって十分助け合いだよね?」
「それは……」
詭弁だ。だけど反論も出来なかった。
「エリカはいいよね。上手く
「そうそう、結局私達は落ちこぼれだからね。スキルもまともに使ったことないし、外の世界はおろか訓練すらまともに行けない。ご立派なエリカ様からしたら下々の私たちがしてる事は大層お下品に見えちゃうんでしょうね」
「そんなことない……」
下々だなんて、そんな見下すようなことを考えた事は無い。だが、思わず伸ばした手はパンッと払いのけられる。
「触らないで。そもそも、それの何が悪いの!? 私達、別にエリカに迷惑かけてないよねぇ!? 大体頑張ったって戦争に行かされて死んじゃうんだよ! どうせ死ぬのに頑張る意味なんてないじゃん! だったらせめて残りの時間、
ルームメイト達は一気に捲し立てると、そのまま食事には手も付けずに寝室に向かう。
「私……、私は、そんな……」
オロオロと呟くエリカに向けて、最後に冷たく言い放った。
「もう構わないで。私達は私達で勝手にやるから」
バタンと強く寝室の扉を閉める。それは明確な拒絶の音であった。
◇ ◇ ◇
「……エリカちゃん、大丈夫?」
「え? ……あ、うん。ごめん、ありがとう」
イグニシア王女と、旅の報告を兼ねた食事会がもうじき始まろうとしていた。しかしエリカは先日のルームメイト達との件が心に引っかかったまま、気持ちが晴れずにいる。
結局和解は出来ておらず、それどころかあれ以来顔を合わせてすら居ない。彼女達はエリカがいる間は寝室に鍵をかけて出てこないのだ。
「何かあったなら、相談乗るよ」
「うん……。えっとさ、カナンは、その、クラスメイト達の間でなんというか……不純異性交遊? みたいなのってどう思う?」
だいぶ言葉を選んではみたものの、カナンは大きく顔を顰める。
「それ、スキルを使って無理矢理……みたいな話?」
「ううん、そういう事じゃない、かな? 一応合意の上ではあるみたい」
ふむ、カナンは考え込む。エリカの話は十中八九ルームメイトの事だろう。確かに彼女達は訓練不参加のいわゆる引きこもり組である。そんな彼女達がクラスの男子達もそういう仲になっているというわけか。
数少ない同郷同士なんだから、普通に付き合うのならこの世界の人達相手よりは過去を共有できる分、むしろ健全ですらあると思うが、エリカが悩んでいるという事は何か歪な関係なんだろう。
とはいえカナンの答えは「好きにすればいい」である。不本意であるとは言えこの世界で生きていくしか無い中で、そのための努力をせずに快楽に逃げるならそれもまた自己責任である。そんな人間に差し伸べる手までは持ち合わせていない。
「うーん……まぁ、避妊だけしっかりすれば、あとは好きにさせるしかないじゃないかなあ。もう日本の基準でもみんな成人してるわけだし」
「そっか……。全員十八歳にはなってるんだもんね……」
この世界に来てもうじき二年。高校二年生だった自分たちは学年としては大学生になっているわけで、つまり全員が成人済みだ。
「私が潔癖すぎるって事かなあ。そういう事は好きな人とって思うのはもう流行らないのかな」
「そんな事は無いと思うよ? 私だって好きな人とがいいし」
「ソウ?」
「……バカ!」
軽口を叩き合って会話を切り上げる。しかしカナンは頬を紅く染めていた。やっぱりソウの事が好きなのか。多分だけど、自分とアキラに気を遣ってくれているんだろうな……一緒に旅をするパーティ内で付き合ってるってなると気まずくなったりするだろうし。
エリカとアキラが付き合えば良いかと言われるとそれはそれであり得ない。申し訳ないけどアキラは好みのタイプでは無いし、なにより彼の心には幼馴染の茜坂緋色という人が居るわけで。この世界に来ている可能性がある彼女の安否がはっきり分かるまでは他の女性に目を向ける事は無いだろう。そうハッキリ言い切れるくらいに、彼はヒイロラブを隠そうとしていない。
「私には、良い人はいないかなぁ」
「別にこの世界の人だって、素敵だと思えば好きになって良いんじゃない?」
「例えば?」
「騎士の人達とか?」
「うーん、あの人達ってなんか私達のことを人として扱ってないところない?」
「ああ、それはあるかも。やっぱり別世界の人間って事で壁作ってるのかもね」
「まあそれはお互い様か」
そんな話をしていると、ようやくイグニシア王女が食堂にやってきた。エリカとカナン、ついでに少し離れたところに座っていたソウとアキラもしゃきっと背筋を伸ばしたのであった。
◇ ◇ ◇
「……という感じで、今回は王都の西側の街や村を回ってきました」
ソウが今回の遠征の状況を報告する。イグニシア王女はふんふんと頷きながら食後のワインを口にする。
「貴様らの友人に関して手掛かりはあったか?」
「いえ、残念ながら……」
「そうか」
「暫く王都で訓練をしつつ、他の遠征組の到着を待って、次はまだ見ていない場所を探したいと思っています」
「好きにすればいいと言いたいところだが、次の遠征は暫く先にしろ」
「な……何故でしょうか?」
「戦争が始まるからだ」
あまりに自然に言い放たれた言葉に、思わず全員が目を見開いた。
「ま、魔導国家とですか!?」
「それはまだ数年先だな。今回は西のワイルズ帝国が相手だ。あそことは小競り合いはいつもの事だが、来る魔導国家との戦いに備えて彼奴等には暫く大人しくしてもらう必要がある。あとは貴様らに戦争を体験してもらうという目的もあるな」
「僕たちも戦場に出るというわけですか」
「心配せずとも危険な戦場には向かわせんよ。貴様らにはまだまだ強くなってもらわなければならないからな。まあ穀潰し共には丁度良い荒療治になるだろうが、そこで死ぬような奴らは魔導国家との戦いでも不要だからな」
グイッとワインを飲み干すと、イグニシア王女は立ち上がった。
「詳細は追って伝えるが、貴様らからもお友達に言っておけ。数ヶ月後には実戦だとな」
言いたい事を言ってさっさと出ていく王女を見送り、残された四人は顔を見合わせた。
「ついに、この時が来たのか……」
「分かっていたこととは言え、辛いわね」
とはいえ、イグニシアの言葉を信じるのであればきちんと訓練を積んだソウ達にとってはそれほど危険なものではなさそうだ。
だが、穀潰しには荒療治とも言っていた。……つまり、引きこもり組も無理矢理戦場に連れていくという事だろう。
「戦争が近いって言えば、みんな真面目に訓練してくれるかな……?」
エリカの呟きは虚しく食堂に響いた。
第9話 了
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作者より
ここから戦争編へ…とは行かずに、次のお話からまたアカとヒイロの物語に戻ります。
本編9章、ちょっと書き溜めてからの投稿となりますので楽しみにお待ちいただけると幸いです。
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