第9章 落ち人の先輩
第117話 無一文の双焔
ツートン王国最北の街、ネクスト。
北側には国境を兼ねた大きな山が連なっており、その先はチロスミス共和国となっている。逆に南の大門を出て街道を進めば何は王都に辿り着けるという位置関係である。
そんなツートン王国最初の街に無事に到着したアカとヒイロ。二人はこの街の冒険者ギルドに居た。
「こんにちは、本日はどのようなご用事でそょうか?」
受付嬢が愛想良く挨拶をしてくる。
「えっと、新規冒険者登録をしたくて……」
そう言って冒険者カードを提示する。それを見た受付嬢はびっくりして声を上げた。
「もしかしてチロスミスから来たんですか!? この時期に!?」
「ええ、とは言ってもドワーフの坑道を通ってきたから山を超えたわけじゃ無いんだけど」
「それはそれですごい事です。ではさっそくこの国で登録しますね!」
「あ、ちょっと待って!」
二人のカードを持って立ちあがろうとする受付嬢に、アカは慌てて待ったをかける。
「その、私達いま現金の持ち合わせが無くて……」
「登録料をツケて貰ったりって出来ますかね?」
「え? ツケですか……それはちょっと……」
「必ず返しますから!」
「私達、今日の宿代も無いんです!」
ヌガーの街で一文無しになってしまったアカとヒイロ。ちなみにドワーフ達は彼女達にいくらかの現金や、換金可能な鉱石を手渡そうかと言ってくれたが、彼らのこれからを考えるとそのお金で冬を越す準備をして欲しいと思ってしまい、固辞してしまった……国を跨いだら冒険者登録が必要で、その登録料として多少の現金が必要な事を失念していたのである。
とはいえ冒険者ギルドの登録料くらいは貰っておけば良かったかもと既にヒイロはこっそり後悔している。
「こ、これとか担保になりませんかね?」
アカがメイスやらナイフやらをカウンターに置いて訊ねると受付嬢は困ったように首を振った。
「ギルドでは質屋のような事はやってないので……武器を売るのであれば、表の雑貨屋に行ってみては如何でしょうか?」
「もう行って足元見られて来てるんですっ!」
「あらまあ……」
ここでも二人の容姿が悪い方に作用したのか、明らかに舐められた値付けをされた。流石に愛用のメイスとナイフをセットで
仕方なくギルドに直談判に来たわけだが、こちらはこちらで融通は利かせてくれなさそうな雰囲気だ。というか目の前の女性にこういった事に対する決定権が無さそうな雰囲気なので、これ以上ゴリ押しをしても彼女を困らせるだけになりそうだと判断した。
「……やっぱり無理ですか?」
最後にもうひと押しだけしてみる。
「申し訳ないですが、規則ですので……」
やはりダメなようだ。
「……分かりました。無理言ってスミマセン。……ヒイロ、どうしようか?」
「どこかからお金を調達するしかないけど、依頼は受けられないし。ちなみに、冒険者登録をしていないと素材の買取もできないんですよね?」
申し訳なさそうに受付嬢が頷いた。
ギルドから退散した二人は街のメインストリートを歩きながら作戦を練る。
「魔物の素材や魔石をギルドを通さずに売るっていうのはダメかな?」
「品質や出所がハッキリしない素材を買ってくれる店なんて少なくとも表通りにはないんじゃないかしら」
裏通りを探せばそういうアングラな店もあるかもしれないが、残念ながらそれを見つける手段がアカとヒイロにはない。アカの意見にヒイロもそうだよねと頷くと、次の案を出した。
「悪い人からお金をとるのが早いと思うんだよね。街道をブラブラしてたら盗賊とかやってこないかな?」
「それって盗賊相手に追い剥ぎするってことよね。まあこれまでも襲って来た人を返り討ちにした事はあるからそこまで抵抗は無いけど……」
とはいえ、襲われたので身を守るために戦うのと、初めから追い剥ぎありきで襲われ待ちをするのとでは大分違うよなぁ。結果的にやる事は一緒でも、心情の問題である。
アカとしてはこの「心情」はわりと大切にしたいという部分がある。法も秩序も日本にいた頃に比べるとガバガバな世界ではあるし、現にこれまで何人もその手にかけて来てはいるものの、それでも心の底からこちらのルールに染まってしまうと人として大切な部分まで失くしてしまうような気がしている。
同じ人殺しであっても、降りかかる危険をやむおえず排除するのと、自分から積極的に危険に関わっていくのとではやはり違うのだ。
「うーん、まあ積極的か消極的かの違いって感じかな」
アカの拙い説明に、ヒイロは理解を示してくれる。
「じゃあ盗賊狩りは一旦保留で。……そうなると街中で稼ぐ? 酒場の給仕とかの仕事なら聞けばあるかもしれないけど」
「そういうところって、そういう事を期待されるわよね」
「だろうねぇ……」
それは絶対に嫌である。自分が知らない男に触られるのも勿論だが、お互いに恋人が自分以外とそういうことになるのはとても看過できない。
「となると……力仕事とかで雇って貰えれば良いけどきちんとしたところはギルドに依頼が出ちゃってるんだよね」
「一日か二日で冒険者登録料だけ稼げれば良いとして、金貸しからお金を借りて冒険者になるっていうのは?」
「選択肢としてはありだけど、この世界の金貸しってうっかり付き合って大丈夫な人達かな?」
「暴利をふっかけてくるってこと?」
「そうそう。銀貨一枚借りたら、数日後には金貨を返せとか言われないかな?」
あり得なくも無さそうで怖い。善良な金貸しもあるかも知れないが、闇金との違いは自分たちには分からないだろう。
「はぁ……、やっぱり盗賊狩り、行こうか」
「いいの?」
「まあ
「アカは街で待っててくれてもいいよ?」
「それはだめ。一緒に行動するの」
ヒイロはこの世界に来て割と早い段階で倫理観がぶっ壊れた自覚がある。それ故にこの世界のルールに則って人の命を奪う事にさほど抵抗が無い。だから乗り気で無いアカを気遣って、なんなら一人で盗賊狩りをして来ようかと言ったのだが、アカはヒイロの手をぎゅっと握りその提案を否定した。
アカの顔を見れば、ヒイロの事を純粋に心配してくれている事は分かる。しかしヒイロの顔はついつい緩んでしまう。だってアカ、かわいいんだもん。
「ヒイロ。私、真剣に話してるのよ?」
「お、おう。それは分かってるんだけど……」
先の温泉で想いを伝え合った事で、ついに恋人同士――をすっ飛ばして婚約者同士だが――になったわけで、手を繋ぐという行為ひとつとっても今までよりも意識してしまうのは仕方ない。
ニヤニヤするヒイロを、アカはさほど腹を立てる事なく解放した。アカだってなんだかんだヒイロと同じ気持ちなのである。
「じゃあ、二人で盗賊狩りしましょうか」
「結局そうなるわけだね」
「私の気持ちの問題だからね。これは善行、これは善行……」
街道に現れる盗賊なんて放置したところで百害あって一理なしである。……よし、やろう。アカは覚悟を決める。
「それにしても今まで懐が寂しくなる事はあっても、一文無しになったのは初めてじゃん?」
「そうね」
「ここからのリカバリーってかなり辛いよね? まとまったお金が手に入れば冒険者になって、ついでに宿とかこの数日分のライフラインを確保して次に繋げるって出来るけど、そうじゃないとずっと自転車操業になっちゃうわけで」
「まあ素寒貧じゃなくてもそういう生活の人ってこれまでずっと見て来たじゃない?」
「そうだけど……ああいう人って少ない稼ぎをお酒に使ってるイメージあったから」
「毎日お酒を飲めるだけの稼ぎがあるのも、実はマシな方なのかもね。一度ゼロになるとそこから這い上がることも難しいのかもしれないわ」
「今の私たちがまさにそれなんだけどね」
「おお、こわい。じゃあ頑張って這い上がりましょう」
そこで這い上がれないものは、盗賊に身を落としたりするのだろう。つまり今から狩るのはアカとヒイロが落ちぶれた先の者達というわけだ。……つくづく世知辛い世界だ。
「アンタ達、そんなところで突っ立ってるんじゃないよ」
「あ、ごめんなさい」
不意に声をかけられたアカは、思わず一歩横にずれて道を譲る。そこには一人の女性が立っていた。年は四十歳くらいだろうか。背は170cm以上あり、身長150cmそこそこのアカとヒイロを見下ろすように仁王立ちしていた。
なんというか「テレビで見るバリバリのキャリアウーマン?」って感じの人だと思った。
「それに、こんな街のど真ん中でやれ盗賊を狩るだの追い剥ぎするだの物騒な話をするんじゃ無いよ」
「あはは、そうですね」
「じゃあ私達はこれで……」
女性に頭を下げつつその場を穏便に離れようかとしたアカとヒイロ。だがその一瞬のち、二人は思わず顔を見合わせハモった。
「「えっ!?」」
どうしてこの女性は私たちの会話の内容がわかったのだろう。だって二人はさっきまで
彼女はニヤリと笑って日本語で話す。
「アンタ達、日本から来たんだろう? ちょっと顔をお貸しよ」
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