第72話 夜の先生
辛そうなリコルを座らせる。
「ご飯は食べないの?」
「……うーん、食欲が無いというか、少しでも早く寝たいんだよね。だけど二人とも約束してから食堂に行かなくちゃーって」
「そんなに眠いのに来てくれたんだ」
「あはは、ついさっきまでお仕事してたんだよ。私はチップが殆ど貰えないから数をこなすしか無いんだよね」
「そうなの?」
「うん……でももう本当に限界かも。とりあえず晩御飯までは寝てて良い事になってるから、夜は一緒に食べようってことでごめんね」
「全然平気、こっちこそ無理して来てくれてありがとう」
「うん。友達だからね」
そういうとフラフラしながら外に出ていったリコル。そんな彼女を見送ったアカとヒイロはなんとなく顔を見合わせた。
「……友達だって」
「ね。この世界に来て初めての友達かも」
それなりの人と交流をして来たけれど、仕事上の付き合いばかりで友達っていう存在は居なかったなと思う。だがそんなアカの発言にヒイロは口をへの字に曲げる。
「私は?」
「ヒイロは……友達っていうか相棒っていうか、運命共同体みたいな感じ?」
あんまり友達って感じがしないんだよね。
ちなみに決して恋人ではない。
「ふーん、そんな風に見てたんだ」
「なにその不満そうな反応。ヒイロこそ私のこと何だと思ってるのよ」
「アカはアカだね」
なんだそりゃ、私以上に意味がわからない。アカは肩を竦めて話を切り上げた。
◇ ◇ ◇
甲板に上がると、所狭しと捌いた魚が干されている。
「すごい光景。船員さん達は昨日の夜これを作っていたのよね」
「美味しそう……勝手に食べたら怒られるかな?」
食い意地の張っているヒイロさんである。とはいえ、天日干しにされたお魚達からは海の幸の香りが漂っており確かに食欲をそそる。
「心配しなくても今日のからはこれを含めて魚がたらふく出るぞ」
「船長さん」
「そもそも魚が取れる前提で、陸から持ち出した肉は大した量が無い。航海が終わる頃にはもう魚はたくさんだと肉が恋しくなるだろうよ」
そう言いながらも船長は並んでいる干しかけの魚を一匹手に取ると一口サイズに千切ってアカとヒイロに渡してくれた。
味見して良いってことかな? ありがたく頂く二人。
「……っ!?」
「しょっぱい!」
塩気の強さにびっくりして目を丸くする二人の様子を見て船長はガッハッハと笑った。
「そりゃそうだ。しっかり塩を塗り込んでいるからな」
そう言って自分も手に持った魚を頭からバリバリと食べると「うん、酒が欲しくなる味だな」と頷いた。こんなしょっぱいものを丸々一匹食べて、不健康じゃ無いかしら? そしてヒイロが隣で「あ、わかるかも」と言っているが酒の話が出来ちゃうとかヒイロは大人だなぁとアカは変なところで感心するのであった。
さて、お魚が干されている意外は昨日と同じ360度一面の海が見えているだけの景色である。景色に面白みは無いもののそれは自室も同じだということで、二人は今日はここでストレッチをすることにした。
昨日よりさらに入念にストレッチと筋トレを行う二人。
「結構マジメに体を鍛えていると思うんだけどなぁ……」
ヒイロは自分の二の腕をぷにぷにと触りながら呟く。なかなか筋肉がついた様子がない事を気にしているようだ。
「でも力自体は私と変わらないぐらいにあるのよね」
「うん。腕立て伏せも腹筋百回は余裕なんだけど、お腹も割れてないんだよね」
ペロリとお腹を捲って見せるヒイロを辞めなさいと制する。わざわざ見せてくれなくても昨日の夜に散々見ているので知っている。
ヒイロは別に太っているわけではないし、むしろ体重に悩む女子高生としては羨ましい体型をしている。しかしこの世界を生き抜いていこうとするには些か筋肉が足りないのは事実である。日々の訓練で見た目以上に力も体力もついているのだが、見た目がか弱い女の子のままなので所々で舐められがちなのは困りものだった。
「アカは引き締まってるのになあ」
「私も日本にいた時と比べてそんなに変わりないんだけどね」
腕を出してグッと力を入れると、コブこそ出来ないもののそれなりには筋肉が出てくる。腹筋や脚の筋肉も同様でアカの方がヒイロより引き締まっているが、これでもこの世界の標準的な冒険者に比べれると華奢と言って良い。
「この世界に来てから魔力を扱うようになったから、そのせいで筋肉がつきにくかったりするのかな」
「よく分からないことは魔力が原因って事にしておけばとりあえず説明がつくから便利よね」
「あはは、魔力様々だね」
そんな魔力循環も一通り済ませても、まだまだ日は高い。夕食まで他にやることもないので筋トレ二週目に入ったアカとヒイロに、一人の女性が声をかけて来た。
「アンタたち、そんなに身体を鍛えてどうするんだい?」
はい? とそちらを向くと、質素なドレスに薄手のショールを羽織ったやや年増な女性である。
「えっと、あなたは……?」
「あたしはアン。この船でお仕事させて貰ってるもんだよ」
アンと名乗った女性はアカとヒイロの隣に座るとパイプをふかし始める。この甲板には誰でも来て良い事になっているので、一服するためにここに来たのだろう。
「夕飯まで寝るつもりだったんだけど、なんだか目が冴えちまったから一服に来てみれば、珍しいものを見ちまったねえ」
「珍しい、ですか」
「珍しいさ。女がそんな風に身体を鍛えたところで男には勝てないんだ。だったらいっそ女の武器を鍛える方がいいだろう」
そう言って胸をギュッと寄せるアン。豊満な胸が谷間を作り、アカもヒイロに迫る。なるほど、これは強そうだ。
「私達、冒険者なんですよ」
「らしいね。せっせと稼いでわざわざ高い渡航券を買ったらしいじゃないか。そんな事しなくても男を悦ばせる術さえ知ってれば片道で
「そんなにですか!?」
「勿論、稼ごうと思ったら楽じゃないよ」
アンはふーっと煙を吐き出すとニヤリと笑って「聞きたいかい?」と問いかける。ヒイロが興味津々に是非! と食いつくと嬉しそうに語り始める。
「やり方は単純で船旅の十日間の間に50人の客を取ればいい。一人銀貨一枚チップをくれればそれで銀貨50枚さ」
「十日で50人」
一晩5人計算である。そういえば昨日の夜、隣の部屋で行われていたまぐわいは頻繁に男性が代わっていたようだが、もしかして女性はアンだったのだろうか。
「とはいてただ寝るだけじゃ一人あたり
「気持ち良くじゃなくて、気分良くですか。どう違うんですかね?」
「全然別物だよ。気分良くさせるなら受け身じゃダメだ。かと言って全部女がやるのも上手くない。例えば男のいちもつを咥えるのだってやり方ってもんがあってね……」
アカとヒイロはなんとなく流れで一流娼婦の手管をレクチャーされる事となってしまった。
アカはもう真っ赤になってしまい殆ど頭に入って来なかったけれど、ヒイロは興味津々で内容をインプットした……もちろんアカとの情事に応用することが目的である。
◇ ◇ ◇
気が付けば空は赤くなり始め、そろそろ晩ご飯になろうかという時間になっていた。
「……と、つい熱く語っちまったね。アンタたち、陸に着いたらウチの店に来ないかい? 顔も良いし肉付きも問題無い。今日のあたしの話を実践できるなら冒険者の何倍も稼がせてやれるよ」
「き、気持ちだけ受け取っておきます」
「ふふ、まあ船旅はまだ長いからね。考えておいてよ」
アンはそういうとグッと伸びをして立ち上がった。
「さて、夕飯食ったら夜はのんびりさせて貰おうかね」
「今日はお仕事されないんですか?」
「ああ、私は1日おきにして貰ってるんだ。銀貨1枚のペナルティを払うことでその日の仕事を休むことが出来るんだ。昨日稼いだ銀貨7枚の内一枚を支払って今日は身体を休ませる。そうする事で明日よりよいサービスをできるって事さ」
「なるほど、そんなテクニックまで」
「それにね、敢えて稼動を減らす事であたしを抱く事に対する価値を上げているんだ。そんなあたしを買えるって事は特別だって客は思ってくれる。さっき教えた「気分良くさせる」の応用だね」
アンタらもウチの店に来たらこういう裏技も教えてあげるよと言ってアンは船内に戻って行った。
「……凄かったね」
「うん、さっそく今日から実践だね」
「はぁ!?」
既にやる気満々のヒイロに「もうしないって言ったじゃ無い!」と言ってアカは呆れつつ返した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます