第106話 ドワーフの裏切者
「な、何故……?」
呆然と声を出すサロ。それはロスに対する質問というよりは、無意識に口から漏れた呟きであった。しかしロスはそれの呟きに楽しそうに答える。
「何故、だと!? テメェ本気で言ってるのか!?」
「ロス……?」
「俺達は誇り高きドワーフ族だ! こんな暗い穴倉でコツコツ鉱石を掘ってるだけで終わっていい筈がないだろう!? 俺達ならこんなみみっちくヒト族相手に商売しなくてももっと楽に暮らすことができるってずっと思ってたんだ!」
そういうとロスは足元に転がっている石を拾い上げた。
「例えば見ろ、こんなのは俺たちにとって屑石だが、ちょっと磨いて中の鉱石を取り出すだけでヒト族達は有り難がって金を払う。奴ら、俺たちがいなければまともに鉱石を得ることすら出来ないんだよ」
「だからこそ、それを売ってカネを得ているんだろう!」
「それがショボいって言ってるんだよ! ヒト族は俺達が居なければ鉱石も取れないし、この坑道をまともに通り抜けることすら出来ない。だというのに偉そうな態度でカネを払ってやってると言わんばかりだ! そうじゃねぇ、もっと強気に商売すればいくらでも搾り取れるって、ジジィどもはそれが分かってねぇんだよ!」
どうやらロスはドワーフ族がヒト族に軽んじられていると感じておりそれが面白くなかったようだ。そのあたりの種族間の確執についてはアカは分からない。きちんとした商人ならそんな事をしないとは思うけど、中には悪質なタイプもいるのかもしれないし。
「いつか俺がドワーフの長になったらこの現状を変えてやる。俺は常々そう思っていたんだ」
「ロス……」
「おいおい、そんな哀れんだ目で見てくるんじゃねぇよ。今の俺にはそれを為す力があるんだからな!」
そう言ってロスは懐から一つの水晶を取り出した。魔物化したドワーフや、変色したヒイロの腕と同じ紫色に妖しく輝く水晶であった。
「それはっ……!?」
明らかに禍々しい輝きを放つ水晶に警戒するアカ。一方でヒイロは苦しげに腕を押さえる。
「なるほど、直に光を当てると効くみたいだな?」
ここまで必死で抑えていた魔物化の侵蝕が明らかに速まる。苦痛に歪むヒイロの顔にまで紫が広がっていく。
「……っ!」
アカはメイスを持って飛び出した。あれが原因ならこれ以上露出させるわけにはいかないし、むしろ水晶を破壊すれば事態が解決する可能性もある。
ロスは後ろに大きく跳んで避けると、水晶を再び懐にしまう。
「おいおい、話は最後まで聞けよ。これだからヒト族ってやつは」
「それを渡しなさい!」
「断る。俺は金輪際ヒト族の言いなりになんてならないと決めたんだ。本当はドワーフを支配してヒト族に鉱石を高値で売りつけてやるつもりだったが、魔物化がヒトにも効くなら話は別だ。この力でヒトも支配してやるぜ!」
「ロス、やめろ! そんな事をしてもドワーフ族は誰も喜ばない!」
「うるせぇ! 知った風な口を利くな!」
止めるように促すサロに対して、ロスは吐き捨てる。
「前からテメェも気に食わなかったんだ! オヤジ達の古い価値観に同意するフリをして気に入られやがって!」
「フリなんかじゃない、俺はドワーフの誇りに共感して……」
「だったら尚更いけ好かねぇなぁ! あんな古い考えじゃ何れ淘汰される。なんだこの暗くて深い坑道は! こんな深くまで掘らねぇと鉱石がでねぇような穴倉で、チマチマ商売していたって先が無いと、何故誰も思わない!?」
「ロス……」
「誇りがそんなに大事なら、それを食って餓死すれば良い。俺は俺で好きにさせて貰うぜ!」
そう言って再び懐に手を差し込むロス。だが水晶を出す前にアカが飛びかかりメイスを振るう。
「ちっ! 部外者は黙ってやがれ!」
距離をとろうとするロスに、アカは食いついて攻撃を続ける。辛うじてメイスを受け止めたロスだが、死角からアカの蹴りが入りグラリとよろけた。
「クソッ! このアマッ!」
いける。そう思い懐の水晶目掛けて大きくメイスを叩きつける。
― ガンッ!
しかしメイスは虚しく岩肌を叩きつけた。
「!?」
驚愕してを開く。
「アカ、後ろ!」
ドンッ!
背中を思い切り蹴り付けられ、そのまま前に吹っ飛ぶアカ。辛うじて受け身を取ったアカが振り返ると、全身を紫に染めたロスが得意気に見下ろしてきた。
「ドワーフのジジイどもを魔物化して操る俺が、それより弱い訳ねぇだろうが。それにしてもこの石はスゲェ。無尽蔵に力を与えてくれる!」
紫水晶はロスの胸の中心に埋まり、そこで輝きを増す。
「ぐぅ……っ」
「ヒイロッ!」
「だい、じょぶ……」
強がって見せるヒイロだが、明らかに侵蝕が速い。これ以上時間は掛けられない。
アカは再びメイスを持ち、魔物化したロスに飛び掛かる。
「効かねぇって!」
ロスがメイスを払いのけ反撃で殴りつけようとする動きに合わせて、アカは全力で炎を放った。ゴウッと紅い炎がロスを包み込む。
「熱っちぃっ!」
だが炎はロスの表皮を焼くに留まる。
ロスはアカを手強いと見るや、受けに徹して慎重に立ち回り始めた。
持久戦、普段なら望む所だが今はヒイロの侵蝕を一秒でも早く止めなければならない。
焦って攻撃が単調になるアカに、ロスはにやりと笑って見せる。
「急がないと仲間がもう限界だぞ!」
「五月蝿い!」
アカの攻撃をいなし、ロスはニヤニヤしながらヒイロの方に目を向ける。そこには加速する侵蝕に苦しむヒイロの姿が……
なかった。
「なっ!?」
「甘いんだよっ!」
ヒイロはロスの目を盗み、メイスを片手に一気にその距離を詰めていた。
「貴様っ……」
「カアッッ!!」
口を大きく開けて炎を噴き出すヒイロ。動けないはずの相手が、口から炎を吐くという二重の想定外により炎はロスに直撃する。
「ぐはぁっ……」
「うりゃああああっ!」
ロスの全身を包む炎に躊躇なく飛び込んだアカが、胸の紫水晶に全力でメイスを叩きつける。バギィ! という音を立てて、水晶に大きなヒビが入った。
「もう一発!」
「させるかぁっ!!」
ロスは全力で床を蹴ってその場を離脱する。炎で全身を焼かれ、水晶にヒビがはいったけれどまだ負けていない。
広場の入り口……行動へ向かって全力で駆け出した。
「なっ!?」
慌てるアカとヒイロ。坑道に逃げ込んでしまえばヒト族の二人に自分を追いかける事は出来ないだろう。そう思い口の端を歪めたロス。坑道まであと一歩!
ゴスッ!
「……は?」
何かに阻害されてロスの動きが止まる。疑問に思いロスが自分の身体を確認すると、胸から土で出来た槍が生えていた。
「なん……だと……?」
首だけ向けて振り返ると、サロが両手を地面に付けてしゃがんでいた。
「サロ……これは、貴様が……」
「「土の槍」……俺が土魔法を使えるのは知っているだろう。ロス、あんたをここで逃すわけにはいかない」
「て、めぇ……」
土で作られたパリンと水晶が割れとロスの体はみるみるもとのドワーフの姿に戻り、その場に倒れた。
「兄さん……すまなかった……」
サロが悲しそうに呟いた。
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