第107話 ドワーフの黒幕
ドワーフ達を魔物化させていたロスは命を落とし、その力の元凶となっていた紫水晶も砕かれた。
サロは少しの間、冷たくなったロスを悲し気に見ていたが、悲しみを振り切るように踵を返す。その先にはうずくまるヒイロと心配そうに窺うアカが居た。
「……大丈夫か?」
「サロさん。とどめ、ありがとうございます」
「礼には及ばない。あれは
頭を下げるサロにアカは頷き、視線をヒイロに戻す。
「ヒイロの容態は?」
「無理して炎を出したせいで、侵蝕が一気にほぼ全身に広がってますね」
魔力で紫水晶の光を直接浴びると侵蝕の速度が著しく速くなったが、それでも魔力循環によって抑制していた状態だった。循環させていた魔力を集め炎として噴き出した瞬間にそのセーブが無くなり、紫の侵蝕が一気に全身に広がりきってしまったのだ。
「ヒイロ、生きてるわよね?」
「な、なんとか……」
ヒイロは苦しみながらも全身に魔力を循環させている。水晶が砕けてそれを操る者が息絶えても、即座に全快とはならないようだ。
ただ、希望はある。すでにほぼ全身が紫に染まり、あとは左眼の周りにほんの少し白さを残すだけのヒイロであるが、必死の抵抗によって少しずつその白さが広がってきているのだ。最初は本当に僅かだった白い範囲が、一分ほどで顔の四分の一ほどまで広がった。
「良かった、あとはこの調子で抑え込めれば……」
「数時間はかかりそうだけどね。やってみるよ」
ほっと胸を撫で下ろすアカと、力無く笑うヒイロ。
「残念だがそんなに待ってやるつもりは無いがな」
「「!?」」
聞きなれない声で横槍が入る。サロのものでは無い。
声のした方に顔を向けると、そこは先ほどロスが座っていた岩を削り出した椅子の前に一人の男が立っていた。
「戯れに力を与えてみたが、所詮はドワーフか。我を楽しませるには至らなかったな」
男が手を翳すと、砕けた紫水晶のかけらが吸い寄せられる。
「貴様、何者だ!?」
サロが訊ねると男はどかっと椅子に座り、足を組んだ。
「我は古きにこの地に封印された
吸血鬼……アカが学んだ本に寄れば数百年前に滅びたとされる種族だ。
「吸血鬼、だと?」
「左様。我々はみな力を奪われ水晶に封印された上で暗き地の底に落とされたのだ。多くの同胞はそのまま石となり命を落とした。しかし王たる我は強き意志により地上を生きる者どもへの復讐を誓う一心で、ただ待ち続けた。封印が解かれるのをな」
吸血鬼ラキラスはパチンと指を鳴らす。するとロスの遺体が起き上がり、カクンカクンと壊れたマリオネットのように歩きながらラキラスの元へと移動した。
「コレが我の封印された水晶を掘り出したのだ。我はコレの意識に侵入し、そして心の奥に溜まっていた野望を解き放つと共にそれを為す力を与えた。すぐに乗っ取り殺しても良かったが……まあ数百年ぶりに身体を得たのだ。戯れにドワーフ共を内側から殺して回るのも悪く無いと思ったのだ」
「き、貴様がロスを操ったのか!」
「そうでは無い。我は心の奥でほんの少しだけ燻っていた醜き心を解き放つ後押しをしただけだ。先刻コレが語っていた願望は紛れもなくコレのものよ。……まあ僅かな種火を大火にしてはやったがな」
「貴様ああぁぁぁぁぁっ!!」
サロがラキラスに殴りかかる。ラキラスが手を動かすと、壊れたマリオネットとなったロスがサロの前に躍り出て彼を押さえ込んだ。
「ぐぅっ!」
「控えろ、下郎が」
ガッチリと手を押さえてそのまま地面に押し付けられたサロはなんとかロスを引き剥がそうとするが、ラキラスの魔力で強化されたロスの身体はびくともしない。
「くそっ! 離せっ!」
サロがロスと格闘していてる間、アカは慎重に様子を窺っていた。戦うか撤退か。
撤退するとしても、サロの案内無しでは坑道を帰ることが出来ないので彼を助けなければならない。その上で未だ隣で苦しそうに魔物化に抗うヒイロを庇いながら逃げるのは、現実的では無いな。第一、ここで逃げるのはロスに魔物化されたドワーフ達を見捨てることになる。
だったら戦って倒すしかない。
覚悟を決めて、メイスをぎゅっと握りしめる。炎は出せるか? 先ほどロスとの戦いで雑に乱発してしまったこともあり、少し心許無いな……消耗の軽い身体強化に割り振った方が良さそうだ。よし、一気にやつに近づいてメイスを叩き込む。次にラキラスが隙を見せた時が勝負だ。
ジリジリと様子を窺う。と、サロが土の槍を生み出してロスに柄の部分を叩きつける。ロスがぐらりを体制を崩したところで思い切り蹴り上げ、拘束から逃れるとそのまま起き上がって槍も持ちラキラスに飛び掛かった。
「下らぬな」
ラキラスは椅子に座ったまま突き出された槍を掴みその攻撃を止める。飛び掛かった勢いごと攻撃の威力を殺されたサロは、信じられないといった表情でラキラスを見た。
ラキラスはニヤリと笑い、片手をサロに向けて魔力を集中する。
「……はぁっ!!」
その死角から飛び出したアカが、ラキラスの頭にメイスを叩きつけた。グシャリという音と共にラキラスの頭が潰れる。普通ならコレで間違いなく死んでいるが「吸血鬼」がこれで死ぬかは分からない。アカはメイスを放り投げて素早くナイフを取り出すと、胸に突き刺そうと振りかぶる。
ドンッ!
「がはっ……」
不意に全身に強い衝撃を受け、アカはそのまま後ろに弾き飛ばされる。
見ればラキラスがサロに向けていた手をアカの方に向け直していた。を撃ち出してそれが直撃したのだと判断する。なんとか体を起こして全身をチェックする。相手も咄嗟の攻撃だったようで、ダメージ自体はそこまで大きくなさそうだ。
だが再び距離を詰める前に、ラキラスの頭はすっかり再生してしまった。
「随分と舐めた真似をしてくれる……っ!」
怒りに満ちた顔でラキラスはアカを睨め付ける。奇襲は失敗か。もう簡単には近寄らせてくれないだろう。
ラキラスは再び手を掲げ、アカに向ける。一瞬、空気の揺らぎを感じたような気がしたアカは咄嗟に身を捻った。ドンッと何かがアカの横を通り過ぎる。空気中に微かに魔力の流れを感じたので、おそらく魔力をそのまま打ち出したのだろう。
さっき食らったのもこれか? 確か魔力による見えない攻撃は脅威ではあるが、威力自体はそれほどでも無い。第一これはやろうと思えばアカも出来るが、燃費はとてつもなく悪い。封印が解かれたばかりで全力が出せないのか、もともと王とは名ばかりで大した強さは無いのか。いずれにせよコレが敵の奥の手であれば、勝てない相手では無い。
そう判断したアカは改めて武器を構えた。しかしラキラスは余裕たっぷりに笑って告げる。
「こちらを見ている余裕があるのかな?」
「何を……」
アカが訊ねるより早く、理由が判明した。
「あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙っっ!!」
断末魔のような響きに慌てて振り返ると、叫び声の主はヒイロであった。苦痛に顔を歪め、その場でのたうち回っている。
「ヒイロっ!?」
「先の一撃は貴様への攻撃では無い。その女の魔物化を促進するために我の魔力を継ぎ足したのだ」
「なんですって!?」
「その女はもともとかなり魔物化が進んでいたからな。少し後押しすれば……ほら、この通りだ」
ラキラスがダメ押しの一発、魔力を放つ。
「このっ……!」
アカは炎を打ち出してその魔力を相殺する。
「ほう、火属性とは珍しいな。まあ、同じことよ」
「あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙っっ!!」
ダメ押しの一発こそ防いだが、既にヒイロは限界であった。ラキラスの魔力が彼女を包み込み、ヒイロはついにその場に倒れ込む。
「ヒイロっ、大丈夫!?」
「…………」
全身が紫に染まったヒイロがゆっくりと身体を起こす。その目に光は無く、虚にアカを見たかと思うと急に俊敏な動作で飛びかかってきた。
「ちっ!」
咄嗟に飛び退くアカ。その表情は絶望に染まっていた。
「我の頭を潰した罪、許されるものでは無いぞ。償いにすらならないが、仲間同士での殺し合いで精々我を楽しませてみせろっ!」
ラキラスの声が無情に響く。
その身を完全に魔物と化したヒイロは、メイスを構えてアカに飛び込んできた。
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