第90話 旅立ちの準備

 一致団結のメンバーとの二足牛鬼の討伐から帰ってきた翌日の朝。もうじき二の鐘午前9時が鳴る頃ではあるが、アカとヒイロはまだ宿に居た。


 昨日までの疲れ――二日間徹夜して素材の運搬をしたことや、帰ってきてから残りの体力が尽きるまでベッドの上で盛り上がってしまったことが主な原因である――が残っているので、どちらにせよ今日は休養日とするつもりであったけれど二人がギルドに向かわない理由はもう一つあった。


「二人で銀貨14枚は大盤振る舞いだったわね」

「こんなに貰うとなんか一致団結フーマに悪い気もしちゃうね」

「クランには入らないって一貫して伝えてるから、気にする必要はないんだけどね」


 もともとある程度お金を貯めたら武器と防具のメンテナンス、そして山越えをするための準備をしてこの街を離れるつもりだった。順調にいけばあと十日ぐらいかなと考えていたけれど、今回の依頼で想定以上の金額を稼げたので一気に目標を達成できたというわけだ。


 であれば、この街に長居する必要はない。今日明日で準備をして明後日には山越えに発とう。


「じゃあ今日はゆっくりお買い物だね」

「先に武器防具のメンテナンスしておかないと。メイスは柄の部分が傷んできたし、ナイフも斬れ味落ちてきてるし」

「革の鎧は……硬いところは大丈夫そうだけど、継ぎ目の紐が解れてきてるか。結局フルセットだね」

「銀貨5枚くらいで直してもらえるかしら」

「じゃあ動くのが面倒になる前に行きますかっ」

「最初に鍛冶屋、次に雑貨と食料品だね」

 

 一旦武器と防具を装備すると二人は街に繰り出した。


 ……。


 …………。


 ………………。


「こいつは、使い込んだなぁ」


 戦鎚メイスを眺めて鍛冶屋のオヤジが感心したように唸る。


「そもそもエルさん師匠のお下がりだったから……」

「確かに武器屋さんに並んでる新品に比べると年季は感じるね」

「いやスマン、そういう意味で言ったんじゃないんだ。むしろこれだけ使い込まれるって事は前の持ち主も含めてかなり大事にしてくれてたんだなと思ってな」


 例えばホレ、といって立てかけていた剣をアカ達に手渡すオヤジ。


「そいつは先日冒険者から持ち込まれた剣だ」

「刃が錆びてるし、柄の部分がガタガタいう感じがするわね」

「使い込まれたっていうよりは物置にしばらくほったらかしてたような感じかな?」


 学校の体育倉庫の奥に放置されている旧い道具たちのようなボロさに似ているなと思ったヒイロが感想を言うと、オヤジは渋い顔をして唸った。


「だろう? だが実際は新品を雑に扱って一年も経たずにそうなっちまったのがそいつだ。血糊は碌に拭かないせいであっという間に錆びついて、雨に濡れたら水気を取らずにそのままにするせいで柄の部分の木が腐ってきてるんだな」

「一年でこんなに……」

「これは酷ぇ例だがな。持ち主の野郎は代わりに新品を買っていくからいいだろうって舐めた態度だったから叱りつけておいたが、まあそういう奴もいるって事だ。武器を命を預ける相棒だと思っているならこんな扱いは出来ねぇ筈なんだがな」


 アカ達から剣を預かりつつ、オヤジはメイスに目を戻す。


「これは逆に丁寧に手入れされて長く使われて来たってのが分かる。こういう風に武器を扱うもんは、いい冒険者になるって相場が決まってるのさ」


 ストレートに褒められて照れる二人にオヤジは続けた。


「だが十年も使えばどうしたって傷みは出てくるな。頭部の金属は少し磨けばまだまだ使えるが木製の柄部分に長年のダメージが蓄積されてる。このまま使うとある日突然ポキリといく危険もあるし、二本とも柄は交換した方がいいな」

「お願いします」

「予算はどんなもんだ? 少し高ぇが丁度いい木材が入ってる。あんた達なら手間賃はいらねぇから二本で銀貨5枚で新品同様に直してやれるが……」


 銀貨5枚! ナイフや鎧も合わせてそれぐらいになるかなと思ったけれど、メイスだけでそんなにかかるとは。


「ナイフと鎧も直して欲しいんですけど、合わせていくらになりますかね? トータルで銀貨7、8枚ならまあなんとか……」


 予想外の金額に驚いたアカを尻目にヒイロがナイフと鎧を見せる。ナイフは研ぎ直せばまだまだ使えるし、革の鎧はヒビ割れが無いか一通り確認して有れば補強、無ければ油を塗るくらいで済むので合わせて銀貨1枚か2枚といったところになるとオヤジが告げた。


「それなら大丈夫です、お願いします」


 二人は納得して装備を預け、お金を払った。

 

「おう、承った。明日の今頃には出来てるから撮りに来てくれ! 久しぶりに良い使い込みのされた武器を見せて貰ったぜ」


 オヤジは楽しげに笑った。


◇ ◇ ◇


「保存食も買って、鎧の上から着られる防寒具も買って……あとは何かあるかしら?」

「山の上の方がうっすら白くなってるのって雪かなぁ? あそこを超えるならコート1枚じゃ寒いかもね」

「でもあまり着込むと動きにくくならないかしら」

「アカ、冬山登山を舐めたらいけないよ」


 隣国に行くには山を越える必要がある。実際山頂まで登る必要は無く、中腹あたりに天然の坑道があってそこを抜ければツートン王国に行けるらしいが冒険者の足でも二十日はかかる長い道中になるらしい。夏であれば寒さ対策は不要だが、既に朝晩は肌寒いと感じる季節になって来ている。今から山を越えていくのであれば冬山に挑むぐらいの準備と覚悟はしておいた方がいいだろう。


「舐めてるわけじゃないけれど、何が必要かが分からないわね。ヒイロは分かるの?」

「雪を掘る用のシャベルかな」

「それいる? 重く無い?」

「もしも雪山で遭難した時に、咄嗟に吹雪を凌ぐ穴を掘りたい時に必要だよ」


 この子はどんなシチュエーションを想定しているのかしら。そもそも自分達なら火を出せば雪を溶かして穴を空けられるんじゃないか、などとアカは思ったけれど自信満々に力説するヒイロを見ると必要な気もしてくるから悩ましい。


「アカ?」

「とりあえず冒険者ギルドに行ってアドバイスを貰ってみない? 準備は必要だけど、二人きりだから持っていく物の選別もある程度は必要だと思う」

「なるほど、先人の知恵を拝借するわけだね。確かに良いアドバイスを貰えるかも」


 ……。


 …………。


 ………………。


「この時期から山越えですか!?」


 ギルド職員の声が受付に響いた。中途半端な時間のためこの場にいる冒険者は多く無いが、それでもこの場にいる全員にアカとヒイロが何を相談したかは丸わかりだろう。そしてその全員から「この時期に山越えをするとか正気か?」いった視線が向けられる。居心地の悪い視線に晒されつつ、つまりこれからの時期に山越えする事が如何に非常識な事なのかを実感した。


「……あ、失礼」

「いえ。それで、どんな準備をすれば良いか助言を頂きたかったんですが……」


 コホン、と軽く咳払いをして取り繕う職員に予定通りの質問をするが、職員はうーんと頭を抱える。そうだろうなぁ、これからの山越えが非常識だとしたらその準備なんて助言のしようがないもんなぁ。


「……ちなみに、今は何か準備を進めていますか?」

「そうですね、日持ちする食材を20日分くらいと、防寒具ぐらいです」

「そうですか……助言になるかは分かりませんが、女性の足だと夏場であっても二十日では厳しいと思います。これからの季節だと山頂付近には雪も積もり始めるので、なおのこと最低でも今の倍は食料があった方が良いかと」

「そんなにかかるんですか!?」

「それ以上かも、です。吹雪いた場合は穴を掘って避難、そのまま何日も同じ場所で足止めを喰らう可能性もあります。そんな状況で食料がなくなれば餓死するか、無理して移動を強行して遭難となる可能性も高いですね」

「穴を掘って避難するってことはやっぱりシャベルは必要か……」

「食料四十日分は流石に重いし嵩張るし、それを持って山を登っていくのはしんどいかもしれないわねぇ」


 今の説明を聞いてもまだ行こうとする二人に職員は呆れたように続ける。


「そもそもこんな時期に山越えを行うこと自体自殺行為ですよ。半年待って春の双月のあとに行くか、さもなくば山を迂回するルートを取るべきです」

「迂回ルートかぁ」


 隣のツートン王国に行くのも時間がかかる上、そこから魔導国家エンド――二人の目的地である――までの道のりも、ざっくりとした見積もりで二倍近くに延びそうな事もあり迂回ルートはこれまで考慮して来なかった。


 しかし山越えの危険をこれだけ力説されるとそれも選択肢に入ってくる。なるべく早く魔導国家へ向かって元の世界に帰る方法を探したい二人だが、そこには「できる限り安全に」という前提がつく。


「そういえば、山の途中に坑道があってそこを抜ければ二十日で向こう側に着くって聞いたんですけど」


 馬鹿正直にあの高い山――ぱっと見で富士山より大きい気がする――を越える必要は無いのでは、と思い商人から聞いた話をギルド職員に訊ねる。しかし職員はそれこそあり得ないといった様子で首を振った。


「坑道はドワーフ達の縄張りです。顔の利く商人が同行して彼らに向こう側までの案内を依頼するならまだしも、許可も無く入り込んだらくびり殺されても文句言えないですよ」

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