第3話 召喚の裏側

 部屋を出て暫くあるいた王女は、ぐらりとバランスを崩した。隣にいた守護騎士がそんな彼女を支える。


「殿下!」

「慌てるな。少し魔力を消耗しすぎただけだ」

「ただでさえ召喚の儀式と彼らを縛る隷属呪縛でほとんどの魔力を使われていたのに……あの雷魔法は私も肝が冷えましたよ」

「良いパフォーマンスになっただろう」

「やり過ぎだと言っているんです」


 王女を窘める守護騎士。目的の部屋の前に着いたので、扉を開けて中央のベッドに王女を座らせた。


「確かに悪かった。だが試しておきたかった」

「隷属呪縛の効果ですか」

「ああ、うまく一人、釣れただろう?」


 初めから、異世界の勇者をこちらの思い通りにコントロールするためには飴と鞭が有効だと考えていた。使いこなせば一騎当千のチートスキルを与えられる勇者に言うことを聞かせるためには、命を盾に脅すしかないと考えていた。その手段として奴隷と主人の間に結ばれる隷属契約を強制的に結ばせる呪いをあの場に居た勇者達に掛けたのだが、魔力が豊富なイグニシア王女とはいえ、37人を同時に呪うのはかなりギリギリだった。


 そこまでして施した隷属呪縛がきちんと作用しているか、これは先ほどのように誰かを実験台にするのが手っ取り早かった。勇者達は貴重な戦力ではあるが、呪いの効果の確認と、その恐怖で残りのものを縛るために一人の犠牲はやむなしと初めから割り切った。


「それにしても驚きました。まさか一度にも召喚されるとは」

「口を滑らせるな。あの場には37人しか居なかったのだろう?」

「……はっ! そうでございました!」

「どこで聞かれているかもわからん。気を抜くな」


 王女に釘を刺されて守護騎士は頭を下げる。


「失礼致しました」

「呪縛で一人死んだ事は直後に飴を与えた事で多少印象を取り戻せたとは思うが、な」


 王女は初めから居なかったとすることにした。


「世界渡り……」

「他のスキル持ちは呪いで縛れても、元の世界に逃げ帰られてしまえば追いかけようが無いからな。本人が帰るだけなら構わないが、他の勇者も共に逃げられたらたまったものでは無い」


 世界渡りのスキルの詳細がわからない以上は杞憂であったかもしれないが、最悪の結果に備えてその使い手を排除した事は当然のリスク回避であった。


「残る36人のスキルは控えているな?」

「勿論です。こちらに」


 守護騎士が王女に紙を渡す。そこには2-Aの全員のスキルを看破の魔道具で確認した結果が書かれていた。


「フム……光の剣、分身剣、英雄の証、この辺りは素直に大当たりだな。即戦力としても十分だが、鍛えれば聖騎士が相手でも渡り合えるようになるだろう」

「魔法系スキルも豊富ですね。炎を自在に操る煉獄や、周囲を凍らせる絶対零度なんてスキルもありますし」

「魔法系の大当たりはこの者、六属性適正ヘキサエレメントだろう。魔導国家との戦争ではなんだかんだ魔法使いとの戦いは避けられないが、火水風土光闇の六属性が使えれ必ず相性で優位が取れるわけだ」


 当たりと目されるいくつかのスキルに丸をつけていく。


「金縛り、気配断ち、この辺りは使い方次第で化けるといったところか」

「回復も、光魔法で事足りるといえばそうですがそれに特化しているので重傷の治癒まで成長してくれればといった具合ですね」


 当たりでもハズレでも無いスキルについては、とりあえずそのまま飛ばす。


「偽証看破……これはこちらも扱いにくいが、捕虜を尋問する際にこれほど役に立つスキルも無いな」

「先ほど、人数を問われた際に大臣に答えさせたのはこのスキルがあったからですね」

「ああ。嘘は見破られるが、本当の事を言わないといけない訳でもない。大臣が来た時には37人だった訳だから彼も嘘をついた訳ではないしな。だがこの者の有無を常に警戒するぐらいなら、妾は彼らに嘘をつかない事を徹底した方がボロが出ないだろう」


 それ以外にも、扱いに注意が必要なスキルにはチェックをつける。


「このあたりはハズレですか」

「最低限の身体強化は掛かるから無いよりはマシだろうが、戦場では期待出来ないな」


 ソウルイーター、ソウルクラッシャー、モンスターハンターといった特定の……人間以外に効果が強いスキルにはバツをつける。


「これも、ですね」

「全く、彼らを呼び出すための生贄エサとしての炎龍王の幼体を準備するために騎士団を何人も……聖騎士すら失ったというのにもう龍を相手にする必要が無くなった状況でこのスキル持ちが現れるのは皮肉でしか無いな」


 王女はシニカルに笑って、ドラゴンキラーのスキルを持つ生徒の名前をトントンと叩いた。


◇ ◇ ◇


「さて……暫く休んで魔力と体力も回復した。そろそろ王城に戻る」

「勇者達は大臣に任せておけば?」

「ああ、彼も優秀な男だ。問題無かろう」


 勇者の召喚は大成功だったが、これで終わりでは無い。次期王座を確実なものにするためには彼らを使って戦争に勝利する必要がある。


「ある程度この世界になれたらさっさとダンジョンにでも放り込んでスキルに慣れさせておけ」

「よろしいのですか?」

「ん? ああ、チートスキルを使うと寿命が縮む件か。まあ文献によれば余程調子に乗って使い続けなければ二十年ぐらいは命が保つらしい。役目を果たしてもらうならそのぐらい生きていれば十分だろう」


 無論、そんな情報を勇者達に開示するつもりは無い。使えば寿命が縮むスキルなど誰も使いたがるわけが無いからだ。


「本人達が独自に気付いてしまったら?」

「それをさせないのが大臣達の仕事だろう」


 文献を漁られたら気付いてしまう可能性はあるが、それをさせないためにチートスキル以外に通訳のスキルを全員にインストールしたのだ。


 通訳のスキルは、話す時に勝手に頭の中で母国語に変換してしまうスキルであるが、これは同時に言語の習得を著しく阻害する。つまり、2-Aの生徒達にとっては耳から入ってくる言葉が全て日本語で聞こえてしまうので、現地の言葉をリスニングすることが出来ない。それどころか、なんとかして学ぼうとしても全ての言葉を都合の良い日本語に変換してしまうため細かい文法ルールなどの理解が非常に困難になってしまう。


 街に出て看板に書いてある文字と日本語を結びつける程度の事はできるようになるだろうが、本をまともに読む事などは難しいだろう。もちろん何年も言語の勉強に注力し続ければ不可能という訳では無いだろうが、それをさせないのがお目付役の仕事という訳だ。


「あくまで彼らを使い潰すわけですね」

「人聞きの悪い事を言うな。寿命が縮むその分、日々の生活には配慮すると言っているだろう」

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