第4話 勇者達のそれぞれ
異世界に召喚されて数日、2-Aの生徒達は3〜4人ずつの部屋を与えられ、そこで過ごしていた。
相部屋とはいえ、それぞれの部屋は広いしベッドも別々、個々の部屋にトイレと風呂迄あるので日本の高級ホテルほどでは無いにしても快適さという意味ではかなり良い待遇を受けている。女子の部屋には――日本製より吸水性に難はありつつも――生理用品がストックされているという気配りもある。
まずはここでの生活に慣れる事を言い渡された。生活自体はそれなりに快適ではあるが、やはり戦場に駆り出される事と日本に帰れないと言われたことのショックが大きく、女子の半分程度は体調を大きく崩した。
反対に男子の中にはこの状況を受け入れ……それどころか、楽しんでいる者すらチラホラといる。まあなんというか、オタクっぽい男子とでも言うか。眉毛の手入れもしていないし、髪も伸ばしっぱなしでボサボサの、休み時間にゲームやアニメの話をしているようなタイプ。そう言った者達はこの状況を好意的に受け入れているらしい。
……。
…………。
「大丈夫?」
「エリカ……うん、ありがとう」
エリカが同室の級友に声をかけ得ると、彼女はスマホから顔を上げる。当然だけどここは圏外で通信は出来ないし、まあ想定はしていたけれど充電器やコンセントも無いので生徒達が持っていたスマホは既に電池が切れて動かなくなっている。真っ暗になった画面を見続けていても電池が復活したりはしないし、彼女のチートスキルがスマホに充電をする能力だと言うこともない。
ただ、動けないのだ。何もわからず異世界に飛ばされて、言葉が通じる以外は何もわからない場所で帰ることもできず、数年後には戦争に参加しろと言われている。そんな現実を突きつけられて、すぐに切り替えられる方がどうかしている。
エリカだって夢なら覚めてほしいと毎夜寝る前に祈っている……残念ながら目が覚める度に無慈悲な現実が目に映るが。
この辺りの精神的なダメージから立ち直れない者がいることは王国側も把握しており、一応今日から訓練を開始するスケジュールになってはいるものの、気分や体調がすぐれない者は参加しなくても構わないと言われている。
「それじゃあ、私は行ってくるね」
「エリカ、本当に行くの?」
「別に強制じゃないって言ってるのに……」
同室の三人は初日の訓練の不参加を表明していた。唯一参加することにしているエリカを不安そうに見るルームメイト達。
「うん、とりあえず様子を見て、どんな感じだったかって言うのをみんなに報告した方がいいかなとも思って」
「分かった……気を付けてね」
仲間達に手を振って部屋を出る。訓練場に向かって歩くと、他の部屋に割り当てられたクラスメイト達と遭遇した。
「あ、那須さんも参加するんだ。……一人?」
「うん、うちの部屋の子達はまだ立ち直れていないみたいで」
「気持ちは分かるけど、初日を休んだら明日はもっと行きたく無くなるし、それが重なってズルズルと何ヶ月と引き篭もることにならないと良いんだけどね」
エリカは心を見透かされているようでドキリとした。彼女が初日の訓練に参加を決めた理由は、まさにそれであったからだ。初日はまだみんな様子見だろうし、全員同じスタート地点だが、訓練を休めば休んだだけ他のクラスメイトと差が付いてしまう。
……いざ、戦争になった時に弱いものから捨て駒のように扱われるといった事態がないとも限らない。そうなった時に切り捨てられたくない。そんな打算もあって、参加する事にしているのだった。
「那須さん、もし同じ部屋の子と合わないなら、ウチに来ても良いからね。こっちは三人部屋で一人分空いてるし」
「え?」
「だって、他の三人はウジウジしてるって事でしょ? そういう子達に足引っ張られるよりは、前向きに頑張ってる者同士で集まった方がいいかなって」
「あ、あー……ありがとう。でももう少し、待ってみるよ」
「分かった。何かあったら言ってね」
王国側はまだ――少なくとも表面上は――彼女達を平等に扱っているが、2-Aの生徒達の中で既にやる気の有無による格付けが始まっていた。
◇ ◇ ◇
「ただいまー」
「あ、エリカ。おかえり」
部屋に戻る。同室の女子達は思い思いの時間を過ごしていたようで、エリカが戻ると見るや駆け寄ってきた。
「お疲れ様」
「どうだった?」
「チートスキル、使った?」
みな、参加は出来なかったけれど気にはなっていたのだろう。我慢できないと言った様子で訓練の事を訊ねてくる。
「と、とりあえず先にお風呂いいかな? 汗かいちゃった」
……。
…………。
「まあ今日は初日だったから、激しい訓練とかでは無かったよ」
風呂から上がったエリカは部屋の中央のテーブルに座って今日の訓練の様子を伝える。
「まずは自己紹介、王国側は騎士団っていう人達が私達の指導にあたるんだって。騎士団の中には武器を使って戦うのが得意な人と、魔法で戦うのが得意な人がいるからゆくゆくはチートスキルに合わせた指導員がつく方針らしいよ。今日は一人だったけど、騎士団長っていうイケオジっぽい感じの人が来てたね」
騎士団長に一人ずつ名前を告げると今度はチートスキルのお披露目となった。
「みんなそれぞれ習得したスキルを使ってみせたの。例えば
「なにそれ、さすがサッカー部キャプテンだけあって主人公っぽい能力じゃん」
主人公っぽいと言われるとしっくりくる。イケメンが光を纏った剣を持っている姿は映画のワンシーンのようだなと、エリカも思ったぐらいだった。そうなると必要なのはヒロインだけど、とエリカは彼に寄り添っていた女子生徒を思い出し彼女の様子を伝える。
「
「何それ、すごい」
「もう完全にヒロイン枠ね。サッカー部のマネージャーだし、
「まだ付き合ってはいないって前に聞いたけど」
「キャプテンとマネージャーが付き合うって定番だけど、サッカー部って地味にマネージャー多いからね。うちのクラスにももう一人居なかった?」
「居たけど、その子は召喚されてなかったんでしょ」
「ああ……」
一瞬で恋バナに持っていくのはさすが花の女子高生であるが、その流れで話が召喚されなかった三人のクラスメイトに及んでしまい、微妙な空気が流れる。
エリカとしても何故という思いはあるが、彼女の場合はそのうち二人と仲が良かったため、言いようのない不安が大きかった。
――アカとカナタは、本当に無事なんだよね?
王国側の言葉を信じるのであれば、あの場に居なかった三人は召喚されていないとの事であるが、果たして本当なのだろうか? 正直三人だけ除外されるというのは違和感があるし、召喚された時に王女に質問した時の態度にほんの少し不自然さを感じた。
「それで、他の人はどんなスキルだったの?」
級友の言葉がエリカを現実に引き戻す。
「え? ああ、えっとね、例えば
「ふーん」
「その他にも……」
エリカは訓練で見たクラスメイトのスキルを共有していく。個人情報といえばそうであるが、まあ共に訓練をしていれば分かる話なので構わないだろうという判断だ。
「へー、なんか人によって落差が激しいって言うか、めっちゃ強そうなスキルで騎士団長に気に入られてるっぽい人もいれば、露骨にガッカリされてる人もいるんだね」
「確かに、
「エリカってどんなスキル?」
「私のは目の前の相手の動きを止めるってスキルだった」
「え、十分強そうじゃん」
「一対一で強いスキルより、大群を相手にできるスキルが喜ばれるらしかったかな」
とはいえ対個人のスキルが軽視されるわけでもない。事実、エリカのスキルは「一騎打ちなら最強クラスになり得る」と本人としては全く嬉しくない太鼓判が押されている。
「なんかそういう強いスキルっていうのかな、それがあるヤツが偉そうにし始めたら嫌だね」
「そんな事、あるかな?」
「分かんないけど、一部の男子とかは調子に乗りそうじゃない?」
「えー、こんな世界でたった36人の仲間だし、みんな出来る限り協力していくんじゃないかなぁ……?」
エリカの感覚では、こんな世界に投げ出された数少ない同郷同士、少なくとも戦争が終わり戦う必要が無くなるまでは皆で手を取り合って生きていくべきだと思っていた。
しかし同室の級友の悪い想像のような展開もあり得ない話ではない。なにせスタート時点で手にしているスキルの性能に格差があるのだ。強いスキルを持っているものが皆、そうでないもの達を思いやってくれるとは限らない。
――トラブルが起きなければいいけれど。
エリカの懸念は、将来的にクラスの空中分解という最悪の形で的中することになる。
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