第58話 船長との面談

 冒険者ギルドに乗船券の購入意思を伝えた翌日、アカとヒイロは再び応接室に通された。中でしばらく待つと、ギルドマスターと共に壮年の男が入って来たので二人は頭を下げた。


「待たせたな。こちらが今回世話になる船の船長だ」

「アカと言います。こっちがヒイロです。、お世話になります」

「思ってたよりもえらいカワイイのが来たな、あんたらぐらいなら……。いや、済まない、これはお客さんに失礼だったな。

 こっちも商売だ。金を払ってくれるなら事情は聞かない。相手が貴族でも平民でもな」


 そもそも大金を払って船に乗せてもらうというのは、貴族が非公式に隣国に渡りたい時に乗せてもらうために作られた制度である。


 この制度がなかった時代、たとえば何らかの理由で家を追われた貴族令息などが秘密裏に船に乗ろうと思えば基本的に密航するしか無かった。そして船のルールでは密航者に人権は無い。密航が発覚した場合、貴族令息と言えど何をされても文句は言えないのだが、それで本当に膾にしてしたまった結果、貴族側が船長および乗組員に報復をした事があった。別のケースでは密航した貴族令嬢が海の男達の慰み者になったりもして、これはこれで大問題に発展した。

 ではこういったケースに対して「貴族の血縁だから」と見逃して良いかといえばそんなの平民が「自分は貴族だ」といえば密航し放題となってしまう。そんな紆余曲折を経て作られたルールが「乗りたいなら金を出せ」であり、金さえ払うのであれば船側は何も聞かずに部屋と食事を用意して乗せてやるといった決まりができた。一人あたり金貨2枚以上という金額は平民にとってはとてもじゃないが手が出ないが、貴族にとってはそこまででも無いという絶妙なラインで、逆にこれぐらいも払えないのであればその者はもはや貴族であるとは言い難く、密航しているものはどうしようと船乗りの法で刑に処しても文句を言わないという取り決めが出来た……という歴史がある。


 閑話休題、そんなわけで金貨5枚を支払ったアカとヒイロは既に立派なお客様なので丁重におもてなしをして貰える立場だというわけだ。


「とはいえ俺の船に乗る以上は最低限のルールは守ってもらう」

「ルールですか」

「ああ、難しい事はない。まず如何に客人と言えども人の家を隅々まで巡ったりしないだろう? それと同じで、船旅はおよそ十日間になるが、その間あんたらが歩ける範囲は制限させてもらう。まあ部屋と食堂と甲板ぐらいだな」

「なるほど、わかりました」

「あとこれは女だったら誰にでもいうから気分を悪くしないで欲しいが、客人が船員に身体を売るのは禁止している。トラブルの元になるからな。同様に娼婦を買うのも遠慮してもらってるが、あんたらの場合は問題無さそうか」


 その他諸々のルールの説明を受ける。基本的にはトラブル回避の注意事項といった内容で、基本的にアカとヒイロに対して不都合なものは無かった。


「だいたいこんなもんかな。そっちからは何かあるかい?」

「うーん、大丈夫だと思います。今聞いたルールを守りつつ、船の上で何か気になることがあったら自分たちで判断せずに船長さんに相談させてもらった方がいいって事ですかね」

「そういう事だ。じゃあよろしくな!」


 無事に契約成立だ。


「船はいつ出ますかね?」

「ああ、それなんだが少し積荷の到着が遅れていてな。四日後の朝6時前に出航予定だ」

「港に直接行けばいいですか?」

「うちの船がわかるならそれでいいが、前日の夕方6時にここに来てくれればそのまま船の個室に案内しよう」


 なるほど、前日の夜から現場入りというわけか。


「わかりました、じゃあ三日後の18時にここに来ます。よろしくお願いします」

「くれぐれも遅れるなよ。前日はともかく、出航時刻迄に来なかったら置いていくし、その場合でも金は返せないからな」


◇ ◇ ◇


 無事に船に乗る手続きが完了した二人はギルドの受付にやってきた。


「船が出るまであと三日間あるわけだし、少しでも稼いでおかないとね」

「そうだね。とはいえ狩りに行くつもりはないでしょ?」

「うん。怪我したくないし」


 こういう時に無理をすると大抵しなくていい怪我をする。あくまで街の中でこなせる依頼に限定するのがベターだろう。

 

「そうなると結局いつも通り、街のお掃除かなあ」

「それが無難かしらね。サティさんに聞いてみましょうか」


 いつも通り、手ぶらでカウンターに向かう。


「あ、今日はどうでした?」

「おかげさまで四日後の船に乗れることになりました」

「それは良かったです。お二人が街を去るとなると寂しくなりますね」

「それで三日間何もしないのもアレなので、街のお掃除の依頼を受けようかなって」

「なるほど。それであればいくらでもありますが……」


 そう言って引き出しからお掃除の依頼票の束を取り出すサティ。広い街なので受けようと思えばいくらでも掃除の依頼は受けられる。アカとヒイロ以外には積極的にこれを受けようとする者が居ないのは辛いところであるが。


「ご希望の地区とか、ありますか?」

「うーん、特には……」

「ねえアカ、これは? 今までやった事ないよね?」


 そう言ってヒイロが取り上げたのは、街外れの孤児院の家事全般の募集であった。想定の従事期間は三日間と、期間もちょうど良い。


「孤児院? そういえば初めて見るかも」


 孤児院という施設を特別忌避していたわけでもないので、珍しい依頼とも言える。ちなみに報酬はそれこそ雀の涙で三日間働いてもアカとヒイロの宿代で少し赤字になる、ほとんどボランティアのような依頼である。


「お世話になった街を出る前にこういう依頼を受けて徳を積むのもありじゃない?」

「ヒイロはたまによくわからないジンクスを唱えるわよね」


 とはいえこの依頼を受けるのはアカも別に反対ではない。この世界に来て、結構な数の生き物の命を――獣も人も――奪ってきたのでここらで少し良いことをするのも悪くないかもしれないと思う程度の人間味はアカにだって残っている。


「え? この依頼を受けるんですか?」


 信じられないと言った表情のサティに、やっぱりこんな依頼を受けるような冒険者はいないんだろうなぁと苦笑しつつ頷く。


「はい、いまヒイロが言った通りで、お世話になった街へのお礼を兼ねてこういう依頼を受けたら船旅も安全なものになるかなって……気持ちの問題ですけどね」

「わかりました、では手続きしますね」


 受け取った依頼票にサインをして「はい、これで大丈夫です」と頷くサティ。このまま孤児院に向かって院長に話をすれば良いそうだ。


「ありがとうございます。じゃあ行ってきますね」


◇ ◇ ◇


 街外れ、スラム街からさほど離れていない場所にその孤児院はあった。キレイとは言い難いけれど、そこまで荒れてもいない。かなり古い建物なので相応に傷んでいるといった具合である。


 門を開けようと近づくと、外で遊んでいた子供達が寄ってくる。


「誰だっ!」

「こら! お客さんでしょ!」

「お姉ちゃん達、だれ?」


 下は3〜4歳くらいだろうか、上は12歳くらい? 10人ほどの子供達がアカとヒイロの周りに集まってくる。


「えっと、ギルドの依頼でこちらのお手伝いに来たんだけど……院長さんは居る?」


 集まってきた中で一番年長と思しき女の子に冒険者証を見せながら訊ねると、こくりと頷いてくれた。


「冒険者の方ですか、ありがとうございます。院長は中に居ますので案内しますね。みんなはここに居てね」


 周りの子供達に指示をしたところを見るとお姉さん役なんだろう。ただ、イマイチまとめきれていないようでお調子者の男の子が「ココニイテネー」とふざけて猿真似をしている。少女は困った顔をしつつも、客の前で叱りつけるわけにも行かないようで無視して歩き出した。


 アカとヒイロもそれについて孤児院の中に入る。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る