第59話 ニッケの孤児院
「まあ! 本当に来て頂けるなんて!」
案内された部屋で中年の女性に挨拶をすると、とても驚いた様子で――だが嬉しそうに――アカとヒイロを歓迎してくれた。
「C級冒険者のアカといいます。こっちは仲間のヒイロです」
ヒイロもペコリと頭を下げる。
「ご丁寧にありがとう。ニッケ孤児院の院長をしているイレイナと言います」
イレイナ院長も深々と頭を下げる。
「あの、来て頂いてこんなことを言うのもなんですが、本当に良いんですか? お礼はほとんど出せませんが……」
「こちらこそ言い方は悪いですが、隙間時間に丁度良い依頼でしたので報酬はギルドに出していた金額で大丈夫ですよ」
「ああ、ありがとうございます! では早速お仕事をお願いしても宜しいでしょうか?」
「はい、何でも言ってください」
……。
…………。
最初の仕事は薪割りであった。庭の片隅で山積みになった木材を適当なサイズに割っていく。斧の扱いは得意で無いけれど魔力で身体強化して強引に力で解決する。アカが薪割り台の上に置いた木材をヒイロがパッカンパッカン叩き割っていると、音に気がついた子供達がなんだなんだと寄って来る。
「おねえちゃん、力持ちだね!」
「危ないから離れててね」
「新しい先生なの?」
「違うけど、とりあえず離れようか」
「院長先生のお友達?」
聞いちゃいねぇ。アカが対応に苦慮しているとヒイロが苦笑しつつ手を止めた。
「ある程度の薪は出来たし一度中に運ぼうか」
「あー、そうね。なんかごめんね」
気にしないでとヒイロは手を振った。子供達が寄ってきたのはアカのせいじゃないわけだし。
薪を抱えて広間に歩く二人だが、子供達の質問攻めは止まらない。
「どこからきたの?」
「なんでお仕事してるの?」
「今日泊まっていく?」
トコトコと纏わりついてくる子供達を適当にかわしながら広間に向かうけれど、抱えた薪を崩さないようにしつつ子供を避けるのは正直歩きづらい。
「ねぇねぇ……」
「こらーっ! お姉さん達が困ってるでしょ!」
先ほど院長の元に案内してくれた年長の子が注意してくれるが、他の子供達はどこ吹く風である。
……。
…………。
「元気な子供達ですね」
「躾が行き届かず、申し訳ないです」
薪を運び終わり、今度は食事の準備を手伝いながら院長と会話をする。
「あはは。まあ歓迎はされているみたいなので、嫌われるよりは良かったかな?」
ヒイロがフォローすると院長は恥ずかしそうに俯いた。
「……この孤児院は15歳になると出て行くルールなんです。少し前に出て行った女の子はとても面倒見が良くてみんなをうまく纏めていました。みんなその子が大好きだったので、今はちょうど心にぽっかりと穴が開いてしまっている時期なんです。アカさんとヒイロさんのような若い女性が来てくれて、みんな舞い上がってしまっているのかと」
「ああ、どおりで」
「いまみんなを仕切ってる子はまだ新米のお姉さんなんだね」
「ハンナですね。あの子も皆をまとめようと頑張っているんですが……」
頼りにしていた最年長が抜けて世代交代の時期か。そういえば中学の頃部活で三年生が引退したあとに新しい部長とかが気負いすぎて、なんか部の全体がギクシャクしたりしたなあとアカは思い出にふける。孤児院と部活を同列に語っちゃいけないだろうけど、子供が集まっている以上大差はないのかもしれない。
「さて、あとはこれを煮込めば完成です」
今日の献立は硬くて酸っぱいパンと薄いスープである。というか基本的にはこれらしい。あとは年長の子供達が街の外に行って小動物を狩ってくることもあり、そういった時は食卓に肉が並ぶとのことだ。
「お二人もご一緒にどうですか?」
「……私達は大丈夫です。みんながご飯を食べている間に他のお仕事をしてますよ」
「そうですか? では、お風呂の準備をしていただいて良いでしょうか」
……。
…………。
「うわあ」
「うわあ、だね」
院長に場所を聞いて浴場にきたアカとヒイロ。その様子に思わず声が漏れる。
そこはアカとヒイロの記憶にある大浴場に近い形をしていた。屋内なのに井戸が二つもあって、片方は大きな湯船に水を貯めることができるようになっている。もう片方は洗い場に設置してあって身体を洗えるようになっているようだ。
これだけ聞いたら、水をはった桶に火の玉を放り込んだ即席湯船に浸かっているアカとヒイロより贅沢な環境であるかのようだが、二人が声を漏らした理由は別にある。
「床も壁もカビだらけだねー」
「ヌメヌメのやつね。うちのお風呂もタイルの隙間がこうなりがちだった気がするけど……」
ろくに掃除をしていないのだろう。洗い場の井戸の付近はここで身体を洗うためか少しだけマシと言った感じで、他の部分はカビだらけになっている。
「浴槽は何年も使ってないんじゃ無い?」
「あ、これって水に入れてしばらく待つと温まる魔道具だよね。それで湯船の中がお湯になる仕組みなんだよ。ただほとんど使われた形跡が無いけど」
「魔石もタダじゃ無いからそうそうお湯は張れないってことなのかしらね」
「とりあえず綺麗にしてお湯を沸かそうか。私達ならタダでお湯をつくれるし」
ブラシを取り出して床や壁をゴシゴシと磨いていく。夢中になって掃除を続け、少なくとも自分たちがこのお風呂だったら入ってもいいかなと思えるぐらいまで磨く頃には日はすっかり暮れてしまっていた。
「あらあら、こんなに綺麗にして頂いて」
「あ、イレイナ院長。お疲れ様です」
「お疲れ様。そろそろ子供達の水浴びの時間なんだけど、大丈夫かしら?」
「もうそんな時間でしたか……ヒイロ、そっち終わった?」
ヒイロは湯船の方からこちらに歩いて来ながら指でOKを作る。
「こんな綺麗きして頂いてありがとう。どうしても掃除が全体に行き届かなくって」
「いえいえ、これがお仕事ですから」
「本当にありがとうね……あらヒイロさん、せっかく湯船にお水を入れたみたいだけれど、うちには湯沸かしの魔道具を使う魔石も無いのよ。だから水風呂ができる夏以外は基本的にそっちの洗い場で身体を洗うだけで我慢してるのよ」
「あ、私が沸かせるので大丈夫です」
申し訳なさげに謝る院長にヒイロは笑って見せる。首を傾げた院長の前で手のひらに火の玉を作り出すと、そのまま湯船に放り込んだ。
ジュゥゥゥッ! っと水が蒸発する音が響くが、少し待つと湯船はぐつぐつと煮え立ち始めた。
「まあ!」
「私、火属性魔法が使えるので。いつもこうやってお湯を沸かしてるんですよ」
「えっと、とても、ありがたいのだけれど……」
モジモジと困ったように眉を寄せる院長。
「元手がかかってないので追加報酬もいらないですよ」
「ああ、なんて慈悲深い事でしょう! 本当に、本当に感謝致します!」
「あの、お湯もだんだん冷めて行っちゃうのでさっさと入ってもらいましょうか」
「そ、そうですね。では子供達を呼んで参ります!」
……。
…………。
「わぁ! お風呂だ!」
「すごい、お風呂場が寒く無いよ!」
「あのお姉ちゃん達がお風呂を綺麗にしてくれたんだよね!」
久しぶりのお風呂にはしゃぐ子供達の歓声を聞きながら、アカとヒイロは食堂で晩ごはんを頂くこととなった。貴重な食料を頂いてしまう事になると遠慮したのだが、今日の仕事――特にお風呂のお礼だと言われ、あまり固辞するのも失礼に当たるかと思っていただくことにしたのだ。
とはいえいつもの宿屋の朝食で出てくる硬くて酸っぱいパンと大差ないレベルの食事なので味はまあ……と言った具合である。
ちなみにアカとヒイロは、今回の仕事で孤児院の仕事を手伝いはするが、施しはしないと決めていた。身銭を切ればこのスープに肉を入れることができるし、なんなら街の外に出て小動物を取ることも造作ない。だけど、一時の感情でそれをしても何もならないと思うし今日だけ喜んでおしまいである。三日後には国を離れる自分たちが責任の持てない事をするべきでは無い。だから質素な食事については何もしないし、過剰に薪を取ってくるようなこともしなかった。
お風呂を沸かしたのはしてもしなくても自分たちのポケットに入るお金が変わらないからと、まあ正直子供達の体臭は結構キツイものがあったので残り二日間自分たちが快適に仕事をするためだと判断した。
「お風呂あがったよ!」
「気持ちよかったー」
「院長先生、早く入ってきなよ!」
お風呂から上がった子供達が楽しそうに広間にやってきた。
「こら、もうお祈りして寝る時間でしょ!」
年長でまとめ役の女の子――ハンナが、子供達を寝かせようと声を上げるが、やはり子供達は興奮して中々寝付けないようだ。
「先生にご挨拶して寝るよ!」
「やだよー ハンナの言うことなんか聞かないよー」
「あーあ、コレットが居たらなあ」
「先生、コレットは次、いつ来てくれるの!?」
きゃいきゃいとはしゃぐ子供達。
「早く寝ろーっ!」
「わーっ、ハンナが怒ったー!」
……。
…………。
「水を足してもう一度お湯を温め直しておきましたので、イレイナ院長もお風呂に入って疲れをとってくださいね」
「何から何までありがとう。それでは今日はお疲れ様でした」
「はい、明日また
今日の仕事が終わり帰路に着くアカとヒイロ。宿までの道を歩きながら、今日の仕事を振り返る。
「ねえ、アカ。私達、結構徳を積んだんじゃ無いかな」
「それ、自分でいう?」
「こう、徳メーターがぐぐっとね。特にお風呂を入れてあげたのがポイント高いかな」
楽しそうに歩くヒイロ。アカとしても仕事をして感謝されるのは悪い気分では無いので受けてよかったと思った。
「明日は力仕事かな?」
「どうだろう。三日分の仕事はあるだろうから何かしら仕事はあるんだろうけど」
「アカって子供好きじゃ無いでしょ」
「うーん、得意では無いかな。分かる?」
「子供達となんとなく距離取ってたからね」
「別に、嫌いってわけじゃないのよ? ただ得意じゃ無いっていうだけで」
「あはは、なんでちょっと焦ってるのさ」
アカのよくわからない弁解に、ヒイロは楽しそうに笑う。
「ヒイロこそ、子供苦手でしょ?」
「あー、そうだね。アカよりももっと苦手寄りかも。無邪気に人を傷付けるところとかね」
「ああ、確かに子供ってそういうところあるよね。っていうか二人とも子供が好きってわけじゃ無いのに孤児院の仕事を受けたってことになるのか」
「だからこそ徳を積めるんだよ。好きな仕事だと試練にならないから」
そういうものか? ヒイロ先生の基準は難しい。
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