第45話 国境への移動

「身体を強化するために魔力を込めてたから治りが早いとか?」

「それにしても早すぎない? アカの額、かなりパックリ裂けてたよ。それこそ肉が裂けて頭蓋骨見えるんじゃ無いかってぐらいに」


 想像してぶるりと震えるアカ。そんな事になっていたのか。


「そういえば、なんで炎を使わなかったの?」

「ヒイロが自分たちの力を測りたいって言ってたんじゃない。ギタンさんのトレーニングの時も炎は使ってなかったから、なんかそういうものだと思い込んじゃったのよ」

「私は腕試しする事になったら全力で炎を出すつもりだったよ。なんだかんだで飲み比べになったけど」

「あなたが全力で炎を出したらあの酒場は余裕で全焼しちゃうだろうから、飲み比べになってくれて良かったわ」


 アカは質の悪い鏡で額を確認する。うん、やっぱり傷は無いし、当然もう痛みもない。


「理屈はよく分からないけど、まあ治ったって事でいいか」

「むぅ……私はもの凄く心配したのに」

「だからそれは悪かったって。相手の技の強さを見極められないあたり、やっぱりまだまだって事よね」


 ヒイロからすれば、相手トマスの技の強さ云々の前にそもそも額で攻撃を受けようとする時点でもうちょっも自分を省みてほしいのだが、それは今後きちんと言い聞かせよう。ともあれ怪我が治ってくれたことを今は喜ぶことにした。


「アカ、今後は相手の攻撃を頭で受けるのは禁止だからね!」

「分かってる、さすがに一回で懲りたわよ」


◇ ◇ ◇


 入団テストから三日後、港町ニッケの門の前に集合した鉢金傭兵団の十数名。アカとヒイロ以外は全員が屈強な男達である。

 

「アカ、怪我はもう大丈夫なのか?」

「トマスさん。はい、この通り」


 トマスに額を見せる。トマスはほっとした顔を見せる。


「なら良かった。流石に入団試験で大怪我させちまったら申し訳ないからな」

「トマスさんの腕は大丈夫ですか?」

「ああ、俺も街医者に行って回復魔法をかけて貰ったからな。あのぐらいならこの通りだ」


 アカがヒビを入れた腕をグーパーするトマス。良かったですと答えつつ、骨折してる場合は回復魔法が必要なのかと今後の参考にさせて貰う。


 ヒイロはもう一人の幹部であるヘイゼルに絡まれていた。どうやら飲み比べで勝ち逃げしたと思われている様である。「また勝負しろ!」「団長に今後は禁止って言われちゃいました」「酒は俺の金で準備すれば問題ない」「わぁ、じゃあご馳走になろうかな」なんて楽しそうに会話している。ヒイロは初対面の相手にはコミュ障だが、一度懐に入り込むとかわいがられるタイプみたいだ。


 ワイワイと会話していると、ホランド団長が全員に檄を飛ばす。


「全員揃ったな! じゃあ出発するぞ!」


 ゾロゾロと西の国境方面へ向かう。蛮族との戦場までおよそ三日の距離らしい。


「アカ、ヒイロ。忘れないうちにコレを渡しておく」


 トマスから手渡されたのは、薄い鉄製の鉢金だ。


「戦場では敵味方入り乱れるからな。これを着けていればとりあえず味方ってわけだ。二人は目立つから同士討ちフレンドリーファイアされる事は殆どないと思うが一応な」

「ありがとうございます」


 受け取った鉢金をおでこに巻くアカ。うーん、なんかしっくり来ないな……と思って横を見ればヒイロはちゃっかりカチューシャの様に頭に巻いていた。


「久々にオシャレした」

「オシャレか……?」


 とはいえ、おでこに巻くより多少カワイイのは確かなのでアカも真似して頭に乗せる。


「初めてのお揃いだねっ」

「あと十数人、お揃いの鉢金の人が居るけどね」


◇ ◇ ◇


 アカとヒイロは集団の真ん中あたりで大きなリアカーを押す事になった。リアカーには全員の予備の武器や野営道具が入っているのでかなりの重さになっている。これを運ぶのは下っ端の仕事らしい。先輩傭兵二人が前でリアカーを引くので、新人のアカとヒイロは街道からはみ出ない様に気を付けつつ後ろから押していく仕事を割りてられたというわけだ。


 適当に魔力を体に込めておけばそれなりに力も強くなるしさほど疲れも感じないが、押し方が下手だとリアカーがフラフラして倒れそうになるので、緊張感からくる精神的な疲弊は大きかった。


 それでも数時間も押していれば慣れてきて適度に手を抜きながら荷台を押せる様になる。


「こういうのって人力で押すんだね」

「ああ、前に護衛依頼を受けたとき(※)は馬車だったものね」

(※第3章 36〜37話)


 そんな私語をする余裕も出てきた二人に前でリアカーを引く傭兵が答える。


「それは商人の護衛だろう? 俺たちがこれから行くのは戦場だからな。荷物持ち用の馬なんていの一番に標的になるもんだ。せっかく金を稼ぎに戦場に出るのに馬を失ったら大赤字もいいところだから、荷物運びは自分達でするのが基本なんだ」

「でも、道中で疲れちゃいません?」


 ハッハッハと笑う傭兵。


「この程度で音を上げるような柔な奴はそもそも傭兵なんてやらないな。お前達も随分余裕そうじゃねぇか。前に助っ人募集で来た冒険者は腕に自信があるとか言ってたけど、たった一日でギブアップしてたからな」


 やっぱり主な稼ぎ場が戦場である傭兵の方が冒険者よりも強いのだろうか。炎は使わなかったけどトマスさんに負けちゃったし、自分達なんてまだまだなんだなと思った。


「ああ、傭兵と言えば」


 雑談ついでにアカは少し気になってたことを聞こうと思い立つ。


「冒険者も盗賊討伐とかそういう仕事を受けることがあると思うんですが、傭兵と何が違うんですか?」

「そんなことも知らずに鉢金うちに応募したのかよ」

「ギャラが良かったので」

「はは、違いない」


 そう言って笑うと、冒険者と傭兵の違いについて話してくれる。


 そもそも冒険者とは「何でも屋」であると同時に何もかもが中途半端な者の集まりというのが一般的な認識である。対して傭兵は戦うことを生業としているプロフェッショナルだ。根無し草なのは一緒だが、こと戦いにおいては実力も信用も段違いだという。


「冒険者は基本的にギルドを通して仕事を受けて報酬もそこから貰うが、傭兵の場合は雇用主と直接交渉する。今回の場合は王国軍だな」

「王国軍からの仕事だったんですか」


 曰く、王国軍からの依頼というのは珍しいものではないらしい。広い国土を囲む周辺国には友好的でない国も多い。曖昧な国境の近くの町や村には隣国がちょっかいをかけてくる事がおおいが、そんな国境全てを王国軍がカバーできるわけでもない。本格的な戦争が始まれば話は別だが、基本は防衛ラインを破られないように守ったり逆に相手のライン手前まで攻めてみたりを繰り返しているらしい。


「今回は西の隣国とのいつもの諍いだな」

「蛮族の制圧って聞きましたけど」

「ああ、向こうも正規軍じゃなくて傭兵や少数民族をけしかけてきたりするからな」

「傭兵同士の戦いになる事もあるんですか?」

「表向きはな」


 傭兵なんて金で雇われたもの同士が戦場で相見えた場合、お互いに剣を引くのが通例らしい。後ろで正規の軍が見張っているわけでもないのであれば、求められるのは相手の防衛ラインまで攻め込んだ・またはそこから撃退したという結果だけなのでお互いの代表がここまで譲りましょうと話を付けて無血で戦いが終わり報酬までもらえる。何と素晴らしきことか。


「そういう意味では今回の相手はハズレだな。きちんと戦う意思があるらしい」

「だから追加人員を募集したんですね」

「それもあるが、今回は港街ニッケに騎士が来るってタイミングと重なってるだろ? 騎士様ってのは金を持っていて羽振りがいい。上手く滞在中に大きな成果報告が出来れば、いつもの事務官と違ってチップが弾むんじゃねぇかって寸法だ」


 チップはあくまで傭兵団に対して支払われるので山分けだが、金貨数枚がポンと渡されることもあるという。


「ああっ!? 報酬の出来高による増減ってそういう意味か!」

「そういうことだな」

「ちなみに、一人当たり銀貨十五枚もらえるとなるとどのくらいのチップが必要ですかね……?」

「十五枚? 大きくでたな」


 いやいや、その金額でギルドに募集が来てたんですよ!?


「うーん、まあ傭兵団全体に対して金貨二、三枚ってところじゃねぇか? そのぐらい貰えれば一人当たり銀貨十五枚にはなるだろう。……余程大きな活躍をするか、騎士様が太っ腹ならいけるラインだな」


 そんなに上振れした時の報酬を依頼票の募集概要に書くって詐欺じゃ無いですかね!?

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