第40話 船に乗るには
「船に乗って
「はい、船の護衛依頼とかって無いですかね?」
翌日、他の冒険者があまり居なさそうな昼頃を狙って冒険者ギルドを訪れたアカとヒイロは
「護衛っていうのは無いですね……他の依頼はない事は無いんですけど」
サティは少し言い淀んだが、受付のカウンターから立ち上がってロビー側に回り込んでくる。そのまま依頼票が所狭しと貼り付けられている掲示板の元へ歩くとちょいちょいと手招きしてアカ達を呼び寄せた。
「ここからここまでは常設依頼、つまり受けてくれる人が居るならいつでも歓迎っていう種類の依頼が貼られているんです」
見ると街の掃除、薬草採取、魔石採取などの依頼票が日に焼けた状態で貼られている。このあたりの依頼はわざわざ紙を剥がさなくてもやりたいと言えば受付で処理してくれるとのことだった。
「あー、これですか」
「はい。これであればいつでも受注可能ではあります」
そう言って三人が目を向けたのは、まさに昨夜アカとヒイロがやるやらないで議論した商船の航海中の娼婦募集であった。
「これって冒険者じゃないと受けられないんですか?」
「あまり大きい声では言えませんが、ギルドを通さずに船と直接交渉する方も多いです。ただ、その場合は報酬はあちらの言い値になりますね。殿方を悦ばせる事に自信があるならチップも弾むので直接交渉の方が儲かりますが、そうで無いならここに書いてある金額が保証されるギルド経由の依頼の方がマシかなといった感じです」
「なるほど。私とアカがやるならギルドの依頼での方が良さそうだね」
「ヒイロッ! これは無しって言ったわよね!?」
「わ、分かってるって。仮にの話だよ」
「仮でも無しなの!」
そんな二人のやりとりを見て、サティはほっとしたように続ける。
「お二人は違う方法をお探しのようですのでぶっちゃけちゃいますが、個人的にはこの依頼はオススメしません」
ギルドの職員としては良く無い発言ですけどね、と舌を出すサティ。
曰く、娼婦という形で船に乗ると、食事と睡眠の時間以外はほぼずっと男の相手をする事になるらしい。というのも、屈強な船乗りに対して娼婦の数が圧倒的に足りない事や、陸に妻や恋人が居ても船の上ならヤリ放題という開放感から皆こぞって女を買おうとすることなどで娼婦側のスケジュールは常にパンパンになるのだという。さらに人気の嬢は船乗りの間で取り合いになり、次の予約を求めて皆チップを差し出すという流れとなり……という事で、本気になれば物凄く稼げるがその分身体を酷使する仕事なのだそうだ。
「そんな状況なのに衛生面は良く無いんですよね」
船の上という環境上、どうしても身体を洗う機会が少なくなるため、衛生上の問題も多いらしい。
アカ達はその環境を想像してぶるりと震えた。いくら変な方向に覚悟がキマりがちなヒイロでも今の話を聞いたら厳しいものがある。
「うん、やっぱり他の方法を探そう」
「私は初めからそう言ってる」
「そうですね、私もそれがいいと思います」
では他の方法はというと、ギルドで募集しているのは娼婦としての仕事のみらしい。
「ごくたまに欠員補充の依頼が来る事はありますけど、大抵は男性限定の依頼になりますね」
「それって男の人の方が力仕事に向いているからとかですかね? 私達、こう見えて結構強いんですけど」
むんっと力こぶを作ってみせるヒイロだが、残念ながら然程盛り上がってない。サティは苦笑しながら答える。
「それもありますが、男衆の中にヒイロさんが居ると周りの集中力が下がるからでしょうね」
「集中力?」
「つまり、飢えた男達の中にヒイロが一人でいたらみんな悶々としちゃうって事じゃ無いの?」
「ああ、そういうことか」
娼婦がいるとは言え、船乗りに比べれば圧倒的少数だ。金が足りないものは元より、予約競争のせいで金を出しても女を抱けない者が多くいる中に、年頃の女子を放り込んだら男性陣はまともに仕事ができなくなってしまうという事だろう。
「……めんどくせぇな」
「ヒイロ、素が出てる」
「はっ!?」
最近気付いたけれど、実はヒイロは結構いい性格をしているというか、たまに言動が荒れる。ヒイロ曰く、別にもう一人の自分とかそういう設定というわけではなくて、普段は態度や言葉遣いが汚くならないように気を付けてはいるらしいが気が緩むとふとした時に素が出てしまうらしい。最初に見た時、アカは結構本気でびっくりしたが――ヒイロは優等生で物腰も丁寧な人物だと思い込んでいた――、今ではこう言った一面含めて彼女の魅力だと思っている。何より、半年間時間を共にした事で自分の前で素を出してくれるようになったというのは素直に嬉しい。
「コホン。じゃ、じゃあ娼婦はパスで、力仕事もお呼びでないとなるとどうすれば船に乗れますかね?」
「一応
「それ、良いじゃないですか」
「ただし、実際にこの券を買われる方は貴族の方がお忍びでという場合に限ってますね」
「何か問題があるんでしょうか?」
「お値段が少々、いえ、とんでもなく高くて……お二人の場合はこちらになります」
そう言ってサティが提示した金額を見てアカとヒイロは声を揃えて仰天した。
「「金貨5枚(約500万円)っ!?」」
依頼一つで銀貨数枚(数万円)という稼ぎの冒険者には目の飛び出る金額である。
「あとは船員を買収して密航するという方法もありますが、これは流石にオススメできません。見つかれば切り刻まれて魚の餌にされたりもするので。
他には、Bランク冒険者になればごく稀に貴族の方が船に乗る際の荷物番の仕事などもあったりしますが……」
「私達が今すぐ渡るとしたら金貨5枚を用意するしかないってわけね」
金貨5枚を今すぐ用意できるかと言われればそれはそれで無理な話ではあるのだが。
「はい、ギルド側としてはいつでもお売りできますので」
サティは苦笑いで答えた。
ギルドを出たアカとヒイロは改めて今後の情報を整理する。
「つまり、今後の方針としてはこの街で日々の仕事をこなしつつ金貨5枚を貯める、もしくは先にBランクに昇級して、運良く貴族様の船の荷物番のお仕事があったらそれを受けさせて貰うって感じ?」
「そうなるか……先は長くなりそうね」
「年単位で時間がかかっちゃうかもね。まあサクッと行ける方法もあるけど」
「まだ言ってるの? というかサティさんの話を聞いた上でどうしても身体を売ってまで先を急ぎたいって言うなら、本当にここでお別れよ」
「じょ、冗談だよ。もうこの話はしないから許してください! ……とりあえず、昨日泊まった宿に長期で部屋が借りられないから確認しようか」
長い道のりになりそうではあったが、足を止めない限りはいつかは辿り着く。アカとヒイロはそれを信じて、港町ニッケでの第一歩を踏み出しはじめた。
◇ ◇ ◇
「あの二人は依頼は受けなかったのか?」
「あ、ギルドマスター。そうですね、
「若い女の子が二人きりで隣国に? まあ出来なくは無いだろうが……」
「いえ、あの二人はBランクへの昇級か、金貨5枚を貯める方法を目指すみたいです」
サティの言葉にギルドマスターは目を丸くする。娼婦と密航以外の方法で船に乗った女性冒険者など前例がないからだ。
「まあ、そういう事であればしばらくはこの街に滞在するというわけか。急いで依頼を受けるよりはまず足場を固めることにしたという事かな」
「そうだとすれば、かなり有望なルーキーですね」
「Dランクなのかい?」
「一応Cランクですが、ハノイの街で公共事業をこなして昇級したみたいです」
ほう、と頷くギルドマスター。
「さすが情報が早い」
「昨日、たまたま宿を探しているところに遭遇して、私の下宿を紹介したんです。その時に話の流れで聞いただけですよ」
サティはなんでもない事のように言ったけれど、ギルドマスターは逆にアカとヒイロに興味を持った。
こう見えてサティは受付嬢の中でもベテランである。それはつまり仕事で付き合う冒険者相手でも隙を見せないようにする習慣がついているというわけだ。そんな彼女が下宿としている宿を紹介するということは、ほんの短い時間でアカとヒイロがサティに信用されたというわけで。
「まさしく期待のルーキー、だな」
有望な新人は何人いても困らない。ギルドマスターは機嫌良く呟いて、自分の仕事に戻っていった。
第40話 了
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※作者より
ここでまた設定登場、お金の話です。とはいえここまででも銀貨1枚(約1万円)といった具合に金額は入れてきましたが。地球と物の価値が違うので一概に比較は出来ませんが、この世界の通貨価値は以下のルールとなって居ます。
銅貨 1枚 100円
銀貨 1枚 10,000円
金貨 1枚 1,000,000円
白金貨 1枚 100,000,000円
貨幣がランクアップするごとに価値が100倍になります。白金貨なんて貴族どころか国同士のやり取りでしか使われないと思いますが(一億円硬貨なんて使いづらいしね?)
庶民は銅貨と銀貨ぐらいしか使わないし、なんなら日々の日用品は殆ど銅貨でやりとりしています。アカとヒイロも銅貨はいっぱい持ってます笑。最低単位が100円だと不便と言えば不便ですが、リンゴ3つで銅貨1枚(約100円)といった具合に数で補ったり、あとは物々交換でうまく成り立っている世界です。
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