第41話 新拠点での冒険者生活
宿に戻ったアカとヒイロ。無事に宿を長期間契約することも出来たので、今は借りた部屋で手持ちのお金をチェックしているところだ。
「ギタンさんがくれた餞別がなければとても無理な金額だったわね」
「ハノイの街で金貨の価値を聞いたときはこの世界で生きるだけなら一生困らない額だと思ったのに、それでも船代には足りなかったけどね」
二人の手持ちはズバリ、金貨4枚(約400万円)。あとはハノイの街での依頼をこなして得た銀貨と銅貨が数枚ずつあるがまあ端数と言えるだろう。
これはギタンがアカとヒイロの制服やスマホ、ハンカチに腕時計といった日本から召喚された際に来ていたりポケットに入っていた物を換金して渡してくれたもので、これでもかなり買い叩かれたそうだ。つまりこの世界で「落ち人の遺産」がとんでもない額でやり取りされているという事実の証左であるのだが、そのおかげであと金貨1枚という
「この金貨はどうしようか」
「無くすといけないし、常に持ち歩くしかないんじゃないかな? 半々で持ち合う?」
「もうちょっと価値が低ければリスク分散になるけど、例えばお互いに2枚ずつ預かってたとしてそれを落とした場合と、どちらかがまとめて4枚全部無くした場合って精神的ダメージに大差は無くない?」
「それも一理あるなあ」
銀行の貸金庫のようなものは無いし、冒険者ギルドに金貨5枚まで少しずつ積み立てて貰うこともできないだろうし、これはアカとヒイロが細心の注意を払って管理するしか無いのだろう。
色々と悩んだ末、ギルドカードと同様に首から下げるのが一番無くさないだろうという結論になった。
「切れない鎖と破れない袋が欲しいわね」
「鎖はコレを流用すればいいんじゃない……って思ったけど、依頼を受けたり報告するたびに金貨の入った袋を取り出すのはおっかないか」
「あとで雑貨屋を覗いてみましょう」
あとはコツコツと金貨1枚分の利益を出せば良いのだが……。
「実際、貯金ってどのくらいのペースで増えていくのかな?」
「ハノイの街では宿代と食費が掛からなかったから銅貨20枚とかの依頼でもそれがそのまま貯金になったけど、この街では滞在するだけで一日に銅貨が10枚かかるのよね。暫くは無理のない範囲で働きつつきちんと家計簿をつけてみるしかないかなぁ」
「アカ、家計簿つけてたの?」
「家計簿っていうか、お小遣い帳かな。え、ヒイロはつけてなかったの?」
だって収支がわからないと困るじゃないと本気で驚くアカに、ヒイロは小さくごめんなさいと呟いた。これはお金の管理はアカにやってもらった方が良さそうだなぁ……。
「あと、この街って図書館みたいな施設はあるかな?」
「図書館? ああ、魔道国家について調べるのか」
「そう。本屋さんでもいいんだけど立ち読みできるか分からないし、タダで本を読める施設って無いかなって」
「
「ヒイロ、気付かなかった? サティさん、私達が隣国に行きたいって言ったとき一瞬表情が曇ったのよ。船に乗るのがすごく高いのも、もしかして他の国に行こうとするのって実はあまり歓迎されてない事なのかもと思って」
ヒイロは先ほどのサティとのやりとりを思い出すが、表情までは流石に把握していなかった。アカは細かいところまでよく見ているなあと感心する。
「つまり、何が地雷になるか分からないから最低限の地理ぐらいは自分たちで調べてみようって事だね」
そういうこと、とアカは頷いた。
◇ ◇ ◇
……。
…………。
………………。
港街ニッケで冒険者を始めてからあっという間に数ヶ月が過ぎた。
当面の目標である金貨1枚に向けて、コツコツと、本当にコツコツとではあるが貯金は出来てきている。
今日もアカとヒイロは街のお掃除の依頼を受けている。
大きな街なので数日で掃除が終わるような規模では無く、受注時に指定された区画をある程度キレイにしたらそれを報告する。手の空いたギルド職員が確認をして、きちんと仕事をしたと判断してくれれば成果報酬が払われるという仕組みの依頼で、これで報酬は1回銅貨30枚(3000円)。宿代で一日銅貨10枚(1000円)掛かるので、手元に残るのは銅貨20枚だが、ここから食事やら消耗品の補充やらを考えると貯金に回せるのは銅貨数枚程度だ。
それならば銀貨10枚とかどかんと稼げる依頼を受ければ良いのでは無いかという話になるが、報酬が銀貨10枚以上になるような依頼は5人以上のパーティであることが条件だったり、条件としては記載がなくても危険な魔物や魔獣の討伐依頼だったりするのでアカとヒイロには荷が重かったり。
比較的簡単に銀貨が貰えるようなおいしい依頼は朝から冒険者ギルドに詰めかけている常連組との争奪戦に勝たなければならない。
この港街は、冒険者ギルドに持ち込まれる依頼こそ多いものの報酬は少ないものが大半である。冒険者達は碌に貯金もせずに日々ダラダラと暮らしているなんて揶揄される立場であるが、なるほどこれではきちんと将来に向けた貯金をするのは難しいだろうと思う。
そんなわけで、街を出て薬草の採取やらウサギやキジ、オオカミを狩ってみたり、ゴブリンの討伐をやってみたりもするものの、半分以上は街の掃除とか道具屋のパートとか、そんな単発のアルバイトみたいな仕事をしているアカとヒイロであった。
「おう、嬢ちゃん。今日も掃除ありがとな!」
「あ、雑貨屋のオヤジさん」
「これ、休憩中にでも食ってくれ」
「わあ、ありがとう!」
表通りの石畳を磨いていたヒイロに馴染みの店主が声をかけて果物を渡す。
「今日はもう一人はいねぇのか?」
「アカは反対側から磨いてきてるよ、ほら」
ヒイロが指した先にはゴシゴシとデッキブラシで石畳を磨きながらこちらに向かってくるアカの姿があった。
「おう、精が出るな。じゃあこれも渡しといてくれ」
「わかった。いつもありがとう」
「良いってことよ。二人ともいつも街をきれいに掃除してくれてるってこの辺りじゃ有名人だからな!」
ニカっと笑って手を振る雑貨屋の店主に、ヒイロは改めて頭を下げる。
この数ヶ月、他にめぼしい依頼が無い時は積極的に街の掃除やらお店のお手伝いやらをしてきたアカとヒイロ。無収入期間を作るよりマシだよねぐらいの感覚でやっていたのだが、生真面目に依頼をこなす二人の仕事ぶりは基本的に評価が高い。この手の依頼は受けてくれる冒険者が少なく、また仕事も雑なのが通例なため積極的にかつ丁寧に仕事をするアカとヒイロは良い意味で街の有名人になりつつある。
もっとも本人達はそこまでまじめにやっている自覚はなくて、なんなら四角い部屋を丸く掃いているつもりでいるのにやたら評価が高い事に軽く罪悪感すら覚えている。それだけこの世界の「冒険者」が一般的に期待されていないということではあるのだが。
「それにしてもこんな日にまで街の掃除とは感心だな!」
「こんな日って、今日って何かあるんですか? そういえば街が賑わっているような……」
「おいおい、今日は双月祭だろう! 冒険者さんってのは月の満ち欠けを把握するのも仕事のうちじゃないなかい!」
ガハハと笑う店主。
「あ、あー……、そういうのは、アカがしっかりしてくれてるんです」
双月祭がなんのことか分からないヒイロではあるが、ここで「何ですかそれ?」と聞いて変なふうに怪しまれるよりも、こういう時は適当に知ったかぶりして後で
「確かにあの子の方がしっかりしてそうだからなあ! だけどお前さんも一人で何でも出来るようにならないと、嫁に行った時に苦労するんじゃねぇか」
でた、親戚のおじさんが如くお節介発言。
街の人たちと仲良くなるのは構わないが、この世界ではヒイロ達ぐらいの年の女性は結婚していてもおかしくないようで、特に冒険者みたいなフラフラしている職業の場合は尚更、早く身を固めた方がいいという風潮があるようだ。
「あはは……」
「まああっちの嬢ちゃんはしっかりしてるし器量もいいからほっといても男が寄ってくるだろうけどな」
うんうんと勝手に納得して雑貨屋の店主は自分の店に引っ込んでいった。これが無ければ良い人なんだけどなあ。
「ヒイロ、そっち終わった?」
「アカ。うん、もう終わるよ。それとこれ、雑貨屋さんから貰った」
はい、と果物を手渡す。アカの表情がぱぁっと明るくなる。節約生活で滅多に甘いものを口に出来ない中、思わず喜びが顔いっぱいに広がってしまったのだ。
アカのこういうところ、かわいいんだよなぁ。
同性のヒイロから見てもアカは魅力的だ。少し吊り目がちな顔はネコみたいで凛としているし、その外見から受ける印象の通り普段はしっかりとしていて、ヒイロを引っ張ってくれる。かと思えばたまに弱って泣きそうな顔をしていて守りたくなる事もあるし、こうして笑うと花が咲いたように可愛らしい。
こちらに来てもう一年ほど一緒にいるけれど、知れば知るほど魅力溢れる女の子である。
「男どもがほっとかない、か……」
「ん? 何か言った?」
「ううん、なんでもない。さ、今日のお掃除も終わったし、ギルドに報告に行こうよ」
誰かに言われなくてもアカの良いところは自分が一番分かっている。ヒイロはフン、と小さく鼻を鳴らすとアカの手を取ってギルドに向かった。
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