第121話 再び言語の壁
「じゃあ純粋にお金目的なら良いってこと?」
「それはそれで金目当てに人を殺すっていってるんだけど、アンタたちはそういう人間なのかい?」
「うぐっ、言われてみればそういうことになるのか」
ナナミの指摘にヒイロは引き下がる。
「だけど現実問題、お金が無いわけだし……」
「真っ当な方法で金を稼げばいいじゃないか」
「そのスタートラインに立てないんですよ。冒険者登録料を払えなくて」
「ああ、一文無しになったって言ってたね。確かにゼロからのリカバリーは難しいけど、アンタたちならどうにかできるだろ?」
「一応考えたのが、一度武器を売ってそのお金で冒険者登録するって案ですね。これは買取り価格が一人分の冒険者登録料にすらならなかったので辞めました」
「あとは金貸し? ただ、日本に居た時から借金って凄く悪いイメージがあるので抵抗があるのと、なんかブラック金利を押し付けられて借金まみれになりそうな気もするから却下したね」
「あとはギルドを通してない宿屋や酒場の給仕の募集とか? でもこういう宿や酒場のウェイトレスさんってそのまま夜のお相手をしたりするケースが多くて、そうで無い募集との見分けがつかないのよね」
アカとヒイロは盗賊狩り以外で考えた金を稼ぐ方法を口にした。ナナミはフムフムと頷く。
「しっかりした娼館で二、三日働かせてもらうのが一番安全で手っ取り早いんだけど、それは嫌なのかい?」
「嫌です」
「そうなると確かに厳しいかもしれないね。確かに酒場の給仕は客の夜の相手も前提にしているから辞めたのは賢明だし、金貸しにはまともなやつなんか居ないしね」
「じゃあやっぱり詰んでない……?」
金目当ての外道になってでも盗賊を狩るしかないのだろうか。
「雑貨ではいくらって言われたんだい?」
「メイスとナイフをセットで
「へぇ。ちょっと見せてごらん」
ナナミにメイスとナイフを手渡す。ナナミはしげしげと武器を眺め、軽く振ってみるとアカに返した。
「使い込まれてはいるけれど、きちんと手入れもされているし良い武器だね。武器屋に並んでいたらセットで銀貨十二、三枚ってところか。これを銅貨十枚は流石に足元見られてるね」
「やっぱり……私達が女の冒険者だから舐められたんですかね?」
「それもあるだろうけど、おそらく余所者で共通語を話しているからだろうね」
「共通語?」
「アンタたちが話してるその言葉さ。それは確かにこの世界の殆どどこでも通じる言葉さね。だけど、それを母国語にしている国は北の大陸のイグニス王国とその周辺の小国ぐらいなんだよ」
「ええっ!?」
「
「イギリスからフランスに来たのに英語しか話せない、みたいなかんじですか?」
「いい例えだね。そのうえこの世界ではイギリスとフランスはすこぶる仲が悪いってオマケ付きだ」
「そいつは、絶望的だぁ……」
それは警戒されるだろう。
「ということは、この国の言葉を覚えないとずっと無駄に警戒され続けちゃうってこと?」
「警戒ならまだマシだけどね。アンタたちが行こうとしている魔導国家、あそこで共通語なんて話してたら北からのスパイ疑惑をかけらけて投獄されかねないよ」
「スパイ疑惑まで!?」
「それでなくても、少なくとも信用はされないだろうね」
「それってマズいよね」
「マズいわね。私達のゴールは魔導国家に到着することじゃなくて、そこで日本に帰る方法を探すことなんだから」
「落ち人の研究は魔導国家においてもトップオブザトップシークレットだ。国の中枢に潜り込めないと目的の情報は得られないだろうね」
魔導国家まであと国ひとつというここまで来て、アカとヒイロの前に再び言語の壁が立ちはだかる。
「……でも良いタイミングではあるのかもしれない」
「アカ?」
「旅に出た時は、魔導国家なんて遥か遠くの話だったからとにかく足を動かそうって考えてここまできたけど、そろそろ着いた後のことを考える時期だったのかなって」
「なるほどね。それが今ってことか」
アカはヒイロに頷いて見せるとナナミに向き直って姿勢を正した。
「それで、どうするつもりだい?」
「ナナミさん、私たちにこの国の言葉を教えてください!」
アカが頭を下げると、ヒイロも慌ててそれに従った。ナナミはふんっと鼻を鳴らしてみせる。
「年寄りを捕まえて外国語の教師をしろってか? いいのかい、こんな出会ったばかりの人間を信用して」
「ナナミさんは、私達の間違いをきちんと指摘してくれました。悪い人では無いと思います」
悪人ならアカとヒイロの間違いを助長するだろうし、べつに放っておくだけで二人は何もわからないままどんどん追い詰められていった可能性も高い。そうなりそうな二人を放っておけず、こうして厳しい言葉をかけてくれている。この事実だけで信用に値すると思っているし、これに裏があるとしたらもう仕方ない、綱渡りでやってきた旅の命運がついに尽きたと諦めようとすら思う。
「根拠は弱いが、覚悟は強いね。……それで、アンタたちにこの国の言葉を教えたとして、アタシにはどんなメリットがあるんだい?」
「お金は払います」
「生憎、金には困ってないんだ」
まあそうだろうな。この家は一人で住むには十分な広さと設備が備わっているし、先ほどから何杯もおかわりを頂いているお茶だってそこそこ高級品だろう。一応見返りにお金を提案してみただけだが、それが断られた。
でもこれって実は答えが与えられている問題だよね。
だってナナミさんは私達が差し出せるものを分かっている。そのうえでメリットを示せと言ってきたということは、
そう考えたアカは少し息を溜め、言い切った。
「……私達が日本に帰る手段を見つけたら、ナナミさんとも共有します」
「今さら日本に帰ってもねぇ……」
先ほどと同じように断るナナミだったが、アカはそれを遮って続けた。
「ナナミさんは日本への未練は無くても、興味はあるはずです。私たちの話を聞いた時に、まず日本の話を聞きたがった。たぶん、以前出会った落ち人の方からも日本の話を聞いていて、そこから私達の世代になってどれくらい変わったのか気になってたんじゃないですか?
インターネットやスマホなんか、実際に触ってみたいと思っているんじゃないかな」
「あと、私達が日本に帰るために旅をしているって言った時にほんの一瞬目が泳いだんだよね。もしかしてナナミさんもその方法を探しているのかなって思いました」
ヒイロもアカの意見に乗っかった。
「だから、もしも私達が日本に帰る手段を見つけたら必ずナナミさんに伝えます」
「……それはつまり、見つからなかったらアタシはタダ働きってことかい?」
「見つけます」
「口だけなら何とでも言えるしねぇ」
むぅ、手強い。あとひと押しだと思うんだけど。
「っていうか別にタダ働きになっても良くないです?」
「はぁっ!?」
「ヒイロ!?」
ヒイロの言葉に声を合わせて彼女を見るアカとナナミ。
「だってナナミさんこの街でお金にも困らずに、一人暮らしを満喫してるんですよね? 悠々自適って言えば聞こえはいいけど、この世界で安定した生活ってぶっちゃけヒマを持て余しません?」
「な、なんて失礼なことをっ!」
「いやいやアカ、これはむしろナナミさんをヨイショしてるんだよ」
「ヨイショの定義っ! そして本人の前でヨイショしてるとか言うなっ!」
「ナナミさんって頭もいいし、相当強いんだと思う。こうして安定した生活もありだろうけど、好奇心強いタイプだしきっと今ワクワクしてると思うんだよ。してますよね?」
グイグイ詰めるヒイロにナナミは苦笑いする。
「だからね、アカ。そんなナナミさんが欲しい言葉はずばりこれだと思うんだよ」
一度アカを振り返り、ピンと人差し指を立てたヒイロは改めてナナミに向き合い、その手を差し出した。
「ナナミさん、私たちと一緒にワクワクする旅にでましょう! そして一緒に日本に帰りましょう!」
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