第112話 目覚め
ドンッ!
「がはっっ!!!!」
アカが拳を胸に叩きつけた衝撃で、ヒイロは思い切り咳き込んだ。
「ゴホッ! ガハッ! ゲフゥ!」
「ヒイロ!」
胸も痛いが、頭も痛い。というか全身やばいくらいに痛い。
もうどうしようも無い痛みに堪えるために思わず体を丸めたヒイロに、アカが飛び込んできた。
「ヒイロッ! 生きてる!」
「ゴホッ……、ア、アカ……?」
「良かった、良かったぁ……!」
アカはヒイロの顔を見ると、そのまま抱き付いてわんわんと泣き出した。
「よ゙かっ゙た、よ゙かっ゙たよ゙ぉ……!」
涙と鼻水でぐしゃぐしゃの顔をして、ヒイロを抱きしめるアカ。
ヒイロは、とりあえずアカを抱きしめ返すと、頭をポンポンと優しく叩いてあげた。
◇ ◇ ◇
アカはそのまま一時間以上は泣き続けた。
最初は戸惑っていたヒイロだが、徐々に冷静になってくる。そしてこの場所であったことを思い出した。
そうだ、私はあの吸血鬼に完全な魔物にされてしまって……。
アカを殺そうとしたんだ。
まるで意識だけが切り離されたように身体が勝手に動いて居た。だが、その時のことは覚えているし、アカを殴り、蹴り、メイスを叩き尽きた感触をこの身体は覚えている。
このままではアカを殺してしまう。
そんな絶望に意識が呑まれようとしていた時に、アカが弾かれた様に動き出し、ヒイロを圧倒したのだった。その後、アカが自分の胸にナイフを突き刺した直後で記憶は途切れている。
そのあとのことは……うん、気が付いたらアカが必死な顔で自分の胸を叩いて居たってところだな。
あれ、何か夢を見ていたような気もするんだけどなぁ……。
……。
…………。
………………。
ようやく落ち着いたヒイロが意識を失っていた間の事を聞く。
「私、死んでたの?」
「うん……だって、ヒイロがそうしてって言ってたから……ごめんなさい……」
「い、いや、それは別にいいんだけど」
良かないけど、まあアカも必死だったし魔物化した時は殺してくれと頼んでいたのでそれに文句を言うつもりも無い。
「だけど、全部終わってヒイロのところに来たら魔物化は治っていて、胸の傷も塞がってたの。だから、慌てて心臓マッサージして、やっとヒイロが起きてくれて……」
話していくうちにまた涙を流し出すアカ。ヒイロが死んだ事があまりに悲しくて、生き返った事でほっとして、感情の落差が大き過ぎてうまくコントロール出来ていないのだろうか。
「私の胸はアカが治してくれたわけじゃないんだよね?」
「……うん。そんなこと、出来ないし」
「だよねぇ……?」
ヒイロは改めて胸に手を当てる。痛みはないし、トクントクンという鼓動を感じることは出来る。だけどアカに刺された記憶も本物だ。
「魔法って凄い……」
「結局そこに行き着くのかしら……?」
自分たちの常識で道理が通らないことは全部「魔法って凄い」にして来たけれど、死んだあと勝手に傷が治ることすらそうしちゃっていいのだろうかという気もする。
「だけど、他に理由も説明できないもんなぁ」
考えても分からないことは仕方ないか。
「魔導国家に着いたら、一度ちゃんと魔法の勉強をした方が良いかもしれないね」
アカの言葉にそれもそうかと頷いた。二人の魔法は基礎を
「うん、じゃあ私の死亡と復活は一旦置いておくとして。アカは大丈夫なの?」
「私?」
「ほら私が、というか魔物になった私だけど、かなり本気で殺しにかかったじゃない」
骨の何本かは叩き折った感触があったし、物凄い量の血を吐いていたから内臓にもかなりのダメージはあった筈だ。
「うん、さっきも話したけど、なんか諦めるなって声が聞こえた気がして、目の前が真っ赤に染まってね、そうしたら魔力が溢れてきて、そのおかげで吸血鬼を倒せたんだけど、気付いたら怪我は全部治ってたみたい」
「諦めるなって声?」
「うん。どこかで聞いたことある気がするけど、誰の声かは分かんなかったかな。そう言えば龍になれって言われたような気もする」
「龍?」
龍という単語に引っかかるものを覚える。あれ、なんかさっき見た夢と関係あるような……ダメだ! 思い出せない!
一度忘れた夢の内容は思い出せないな。ヒイロはふるふると頭を振って諦めることにした。
「ヒイロ?」
「ううん、なんでも無い。……よく分からない事は多いけど、とにかく無事に生き残れて良かったと思うことにしよう。とりあえず今回のドワーフ坑道魔物化事件の黒幕は退治したって事で、めでたしめでたしなのかな?」
「あ、そういえばどうなんだろう……私ったらヒイロの事に夢中で、ドワーフのみんなの事とかすっかり忘れてた……」
はっと顔を上げて辺りを見るアカ。気が付けばサロは居なくなっておりこの場にはアカとヒイロしかいない。
「あれ、サロさんは……?」
「アカが大泣きしてる間に、ちょっと様子を見てくるってジェスチャーをしてそこから出て行ったよ」
「い、いつの間に……」
と、ちょうどそこにサロが戻ってきた。他に二人ほどドワーフを連れている。
「アカ、もう大丈夫なのか?」
「え、あ、はい。すみません……」
「いや、ヒイロが無事だったんだ。安心もするだろう」
優しく笑うサロに、アカは頭を下げる。
「あの、そちらの方々は……?」
「ああ。ここから比較的近くで魔物化していたドワーフの戦士だ。ロスが死んだからか、吸血鬼を倒したからかは分からないが二人とも元に戻っていた」
「アンタ達、ワシらドワーフのために命をかけて戦ってくれたんだってな! サロの坊主から話は全部聞いておるわい!」
「ヒト族だってのに大したもんだ! 是非とも礼をさせてくれい!」
ドワーフの戦士二人はニィと笑ってアカとヒイロに話しかけてきた。
「……というわけだ。ここからは他のドワーフ達を起こしつつ、外に向かおう。集落のみんなにも知らせて安心させてやりたい」
「そうですね。ヒイロ、歩ける?」
「うーん……、うん。多分大丈夫だと思う」
アカに促され、ヒイロは立ち上がって軽くその場で跳ねてみせる。うん、どうやら後遺症も特になさそうだ。
「じゃあ行こうか。……ああ、すまない。少しだけ待ってくれ」
サロは部屋の片隅に向かう。そこにはロスの亡骸があった。サロが両手の掌を地面につけると、その近くに小さな穴が空く。魔力を込める事で徐々に穴が広がっていき、やがてひと一人が入れるくらいの大きさになった。
ドワーフの戦士達がロスの亡骸を抱き上げ、丁寧にその穴に入れるとロスが再び魔力を込める。穴は徐々に小さくなり、そして元の地面に戻った。
「ロスは、吸血鬼に利用されたのだと思う。彼は真面目で優しいドワーフで、あんな事を言うような男では無かった」
サロは悲しそうに呟く。
「それでも多くの同胞を傷付けたロスを、戦士達と同じ墓には埋葬できない。これが、せめてもの餞だ……許してくれ」
三人のドワーフは片手を握りしめて心臓胸の前に捧げた。これがドワーフなりの祈り方なのだろう。
ロスが眠る地面に祈りを捧げ終わったサロが振り返り、アカ達に声を掛ける。
「待たせたな。では、地上へ戻ろう!」
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