第113話 ドワーフの宴

 長い長い坑道を途中でドワーフ達を起こしながら地上へ向かう。魔物化していたドワーフ達は皆、元の戦士の姿に戻っていた。幸いな事に戦士達に死者は居なかったものの、多くのドワーフ達はこの十日の間――最初にロスが紫水晶に魅入られ騒ぎを起こしてから、そしてその騒動で魔物化した仲間に噛まれる事で順番に魔物化してから――ほとんど何も口にしていなかったようで、体力を大幅に消耗していた。


 ようやく住居エリアに戻り、食料貯蔵庫にあった水と食料を口にした事でなんとか落ち着く事が出来た。


 そこでサロが今回の騒動についてドワーフ達に説明する。


「……まさかロスがそんな事を……」

「いや、儂はロスが紫の水晶を大事そうに抱えるのを見ておったぞい」

「あれが吸血鬼を封じた石だったというわけか」

「ロスは魅入られてしまったのだな」

「それにしても大変な事件だったのう」

「自分が魔物化しておったとは……だが、確かに朧げに記憶がある」


 十人ほどのドワーフの戦士達は思い思いに感想を述べ合っている。


「俺たちドワーフのために行動を共にし、ロスと、元凶の吸血鬼を討ち倒してくれたのがそこにいるヒト族の戦士、アカとヒイロだ!」


 サロの大袈裟な紹介に、おおーっ! と盛り上がるドワーフ一同。なかなかノリが良い人たちのようだった。


 酒盛りをしたがる者も居たが、今はまず集落の女と子供達を安心させなければということで腹が膨れて落ち着いた一行は最後のひと踏ん張り、集落まで戻る事にした。


 坑道を出ると外は真っ暗になっており、空には大きな月が浮かんでいる。


「いまって何時ぐらいだっけ?」

「確かに坑道に入ったのが正午三の鐘の前ぐらいで、なんだかんだ十五、六時間は経ってるんじゃないかしら」

「ということは夜中の三時ぐらいか。あと数時間で夜が明けるね」

「ここからドワーフの集落まで三時間くらいかかるから、着く頃には朝になってるわね」


 夜の山道を集落へ向けて進む。夜行性の魔獣などが居てそれなりに危険な道中ではあるが、ドワーフの戦士が十人以上いれば魔獣など脅威ではない。


 二度ほど魔獣を見かけたが、こちらの戦力を見て尻尾を巻いて逃げて行った。


 夜明けと同時に、無事に集落に到着する事ができたのであった。


◇ ◇ ◇


「「父ちゃん!」」

「ルカ! イル!」


 幼い兄妹が、父に飛びついた。二人の父親であるテリは丸太のように太い腕で二人を抱き止める。


「父ちゃん、無事で良かったよぉ!」

「よしよし、父ちゃんは元気だぞ」


 妻であるミレも、嬉しそうに寄ってきた。


「あなた……」

「お前にも心配をかけたな。それと子供達を守ってくれて、ありがとう」

「いえ、無事で良かったです。おかえりなさい」


 久しぶりの家族の再会。自然と溢れる皆の笑顔を見て、アカとヒイロは自分達の頑張りが報われた気がした。


 ルカ達の家族だけでは無く、集落全体がドワーフの戦士達との再会を心から喜んでいた。


 ……。


 …………。


 ………………。


「それじゃあ集落の無事を祝って、乾杯!」

「「「乾杯!」」」


 ひとしきり再会を喜んだ後は、昨日先に帰らせた少年たちに持ち帰らせた食料を肴に宴会が催された。


 アカとヒイロも主賓として歓迎される。


「ロスについては残念だった。だが、他の者はこうして生きて帰る事ができた! 元凶となった魔物がかつて最強の亜人族として君臨していたと伝えられる吸血鬼族の、その王を自称する者であった事を思えば、これは信じられないほどの奇跡と幸運が合わさった結果である!」


 サロが盃を持って演説する。これまでは最も若い成人の男であったことから、他の戦士達からはまだまだであると目されていたが、最奥まで赴き事態を終息させた活躍を思えばもはや彼を侮るものはドワーフ族には存在しない。


 年頃の女達は顔を赤てサロを見ている。


 サロはそんな尊敬と憧れの目線を受け、しかし謙虚に言葉を続けた。


「この奇跡は我々ドワーフのみでは到底起こす事は出来なかった。そう、この強き友人たちの勇気があってこそ!」


 そう言って目線を向けた先にいるのは、アカとヒイロである。戦士達からざっくりした話だけは聞いていた集落のドワーフ達も、改めて紹介された救世主に色めきだった。


 サロに促されたアカとヒイロは、照れながらも立ち上がる。こういう場で与えられた役割をこなせる程度には、空気が読める二人だった。


 ロスというドワーフは元々真面目で人望もあり、またドワーフ族の未来について真剣に悩み考える姿は他の大人達からも一目置かれていたらしい。死者はたった一人で済んだが、犠牲となった青年はそういった者だった。ドワーフ達の絆は強く、誰もがロスの死を悲しんでいる。


 そんな中で開かれたこの宴は集落が救われた喜びはもちろん、大切な仲間を喪った事に対して皆が前を向いていくための儀式でもある。


「アカ、ヒイロ。我々を救ってくれた英雄達に、改めてドワーフ族を代表して感謝を述べさせてくれ」


 立ち上がったアカ達の元へサロが歩み寄り、てをさしだす。アカは微笑んで握手に応じる。ふと気がつくと周囲の視線がアカに集まっていた。あれ、これって私がおかえしに何か言わないといけない流れ?


 横を見るとヒイロはさり気無く二歩ほど離れて引っ込んでいる。こいつ……あとで覚えてろよ。


 アカはドワーフ達の方を見ながら言葉を探す。


「えっと……、こちらこそ、ありがとうございます。こんな出会って数日の私達を友人と呼んでくれる事はとても嬉しいです。

 

 ただ、サロさんが言ってくれたみたいに勇気があるとかそんな事では全然無くて……言い方は良くないけれど、あの場に居たのは成り行きみたいなものでした。

 

 ルカ君とイルちゃんと出会って、この集落の状況を聞いて、私達も坑道を通りたいって思ってたからサロさん達に同行させてもらって、そうしたらロスさんや吸血鬼と戦う事になって。その場その場の状況に対応して、必死で切り抜けたっていうだけの話だったんです。


 その中で、私も大切な人をもう少しで失うところでした。だから……というと、傲慢かもしれませんけど、ロスさんを喪った皆さんの辛さは痛いほど分かるつもりです。そして、私にもう少し力があれば、彼を救うことも出来たかもしれないと考えるとなんと言って謝れば良いか……。


 私は、私達は、決して英雄なんかじゃないんです。たまたま上手く行ったこともあるけれど、そうでない事に対しては謝ることしか出来ない……。英雄って言うのはむしろ、魔物達が居ると分かっていながら坑道へ向かったサロさんと男の子達も、この集落で必死で生き延びた方々も、それを逃すために必死で戦った戦士の皆さんだって、誰か一人かけたら今の状況は無かったかもしれないっていう意味で、ここに居るみんながそう呼ばれて良いのかなって思います」


 アカの想像以上に謙虚……を通り越して、ややネガティブな言葉に少し雰囲気が重くなってしまうが、アカは精一杯の言葉で締める。

 

「でも、今こうして皆さんが安心できている状況を見てそれは本当に良かったなって思うし、そのお手伝いができたってことは誇りに思います。


 こんな私達ですが、それでも友達だって言ってくれるならとっても嬉しいです……!」


 ペコリと頭を下げるアカ。ドワーフ達からは「もちろん!」「今さらだ!」「さすが英雄は謙虚だな!」と好意的な声が飛び交う。その盛り上がりを見て、雰囲気を壊さずに済んで良かったとアカはほっと胸を撫で下ろした。


 ……。


 …………。


 ………………。


 そのあとは飲めや歌えやの大騒ぎであった。戦士達は基本的に家族達と語らい、サロはあちらこちらに引っ張りだこで武勇伝を語らされている。


「アカさん、ヒイロさん。改めて、ありがとうございました」


 ミレがルカとイルを連れて二人の元へやって来た。兄妹達も頭を下げる。


「サロから聞きました。魔物になったあの人テリを殺さないで居てくれたけどそのせいでヒイロさんが危ない事になったとか……」

「いえ、それは関係ないっていうか、あの場面では仕方なかったので、私は気にしてないです」

「そう言って頂けると、幸いです。……この子達が父親を失わずに済んだのは間違いなくあなた方のお陰です。アカさんは英雄ではないと言いましたが、私達家族にとってあなた方は間違いなく恩人であり英雄です」

「「アカさん、ヒイロさん。どうもありがとう!」」

「……ロスのことは悲しいですが、ドワーフ達は誰一人あなた達のせいだとは思ってません。あなた達のお陰で、ここに居る数十人のドワーフ達は救われた。その事実に変わりはありませんので、そこは自信を持って誇って下さい」


 親子に言われ、アカは頷いた。


 ……。


 その後、宴は丸一日続けられた。お開きになったのは酒が全員が潰れたから……では無く、食べ物と飲み物がなくなったからなのがドワーフ族の凄いところである。

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