第70話 船旅の夜(※)

― パンっ! パンっ! パンっ!

― あーん

― おらおら!

― そこはらめぇー!

― パンっ! パンっ!

― もうだめぇー

― オラもイクっ!


 お隣の部屋から漏れてくる音と声に、アカとヒイロはなんだか聞き入ってしまっていた。


「結構聞こえるものね」

「男性の方の声は耳をすませば聞こえるかどうかってぐらいだから壁はそこまで薄くは無いと思うんだけどね」

「女性の声はかなり大きいけど」

「あれ、いわゆるサービスじゃない? その方が興奮するらしいし」

「そうなの?」

「だからえっちなビデオとかだと女の人があんあん言ってるんだよ。実際あんな声出ないよねぇ」

「いや、知らんし」


 アカは本格的なアダルトビデオなんて見たこと無かったのでそちらの方面に対する知識は――特にに関して言えば――ほとんど全てヒイロから直接伝授されたものである。


 というかヒイロってそういうビデオとか見ていたのか。通りで気持ち良くしてくれる方法を知っているものだなと、なんだか納得してしまった。


「アカ、何か勘違いしてるかもしれないけど、私だってそんなにたくさん見たことあるわけじゃ無いからね!? お兄ちゃんがこっそり部屋で見てるのを目撃しちゃったぐらいだから!」

「別にえっちなビデオを見てたくらいでヒイロに対する評価は変わらないからそんな慌てて弁解しなくても大丈夫よ」

「ちょっとしか見てないから!」


 見てるんじゃねーか。


 それはさておきお隣さん、実は今はもう夜中である。夕食を食べて部屋に戻ってきて暫くすると隣から嬌声が漏れ聞こえてきた。そこからたまに休憩を挟みつつも、ほとんどひっきりなしで数時間以上。他人の情事を盗み聞きするようで最初はドキドキしてしまったアカとヒイロだけど、何時間も聞かされるとそう言った感情はなりを潜めて冷静に壁の薄さとかを検証し始めている。


「これ、朝まで続くのかな」

「そうじゃないの? あ、ほらまた別の男の人の声になったし」

「これで五人目?」

「すごいよね……」


 隣の部屋の女性が男を取っ替え引っ替え相手している理由は簡単、彼女がこの船に乗っている娼婦だったからだ。


 港街ニッケに到着した当初、船に乗るための手段としてヒイロが選択肢に挙げた「航海中の船員達の夜の相手」の仕事をしている者がこの船にも乗っていたというわけである。


「この声ってリコルちゃんじゃないよね?」

「多分ね。漏れ聞こえて来る声の感じサービス満点っぽいし、ベテランの娼婦さんかな」


 夕食時に出会ったリコルという少女、自分たちより若く、おそらく成人した15歳になったばかりといったところか。そんな者がこの船に乗っているという事はつまり、そういう意味である。


 アカは先ほどの食堂での出会いを思い出していた。


◇ ◇ ◇


 夕食もあらかた食べ終わった頃、二人の目の前に大きなコップに入ったお酒がドンっと置かれた。


「アカ、お酒頼んだの?」

「ずっと一緒に居たでしょうに」

「お客様は飲み物一杯サービスなんだ。ちょっと忙しくて出すの忘れてたんだ、ごめんよ」


 ホールスタッフの男性が悪びれずに謝り、まあ持ってきてくれたならとアカとヒイロは謝罪を受け入れる。とはいえオカズは全部食べ終わっているのでお酒のあてはデザートに残していたドライフルーツしかない。チビチビとフルーツを齧りながらお酒を飲んでいく事にする。結構大きなコップなんですけど、先にフルーツがなくなっちゃうなぁ。そんなアカの前で景気良くゴクゴクッと喉を鳴らすヒイロ。この子はお酒だけで無限に飲める体質らしい。


「っぷはぁ! 美味しい!」


 親父くさい仕草でコップから口を離すけれど、出てきた単語は丁寧で笑える。これで「このために生きてるぜ!」とか言われたら反応に困ってしまう。


「ヒイロ、これ半分飲まない?」


 名残惜しそうに空のコップを逆さまにするヒイロにアカは自分の酒を差し出した。


「いいの?」

「私はこんなに飲まなくていいかな」

「ありがとー! じゃあ遠慮なく。あ、お礼にこっちあげるね」


 アカのコップから自分のコップに酒を移しつつ、空いた手でドライフルーツを渡してくれる。


 そんな感じでデザートとお酒を楽しんでいた二人に、声をかける者がいた。


「ねえ、一緒に食べて良い?」

「ほえ?」


 少し間の抜けた声で顔を上げたヒイロ。そんな彼女を見下ろしていたのが、リコルという少女であった。


 硬いパンと薄いスープが乗ったトレイをテーブルに乗せると、人懐こい笑顔を向けて話しかけてくる。


 ……。


 …………。


 ………………。


「やっぱり二人は貴族じゃ無かったんだね」

「うん。冒険者だよ」

「通りで、なんか親しみやすそうだなって思ったんだよ」


 まあ貴族らしさは無かったかも知れない。お酒を別のコップから移したり、腰に手を当ててぐびぐび飲んでたり。あれ、これ両方ヒイロがやってた事だなあ。


「私はリコルっていうの。この船には出稼ぎに来てるんだ」

「出稼ぎっていうと、つまり……」

「うん、船員さんのお相手だね」


 事もな気にいうリコルに、アカは少なからずショックを受ける。自分と同年代かちょっと下ぐらいの少女が身体を売らなければならない、ここはそういう世界なんだと改めて実感した。


 まあ本人がその境遇をさほど気にしてなさそうな様子なのが救いか。売春の是非を問うつもりは無いので二人はそのままリコルと談笑を続けた。


 リコルは今回の船旅が二回目……というか、彼女の家は隣国の港街にあり、20日ほど前に初めての娼婦としてイグニス王国行きの商船に乗ったらしい。そして今回は復路だ。


「うちは貧乏だから、たくさん報酬を貰えるように頑張らないと」

「そっか。無理はしないようにね」

「うん、ありがとう。ねえ、明日も一緒にご飯食べていい?」

「いいわよ。この席に居るわね」

「やった! 知り合いがいなくて寂しかったんだ。他の娼婦のお姉さま達は商売敵って感じで近寄り難くって」


 翌日の約束をして二人はリコルと別れたのであった。


◇ ◇ ◇


― パンっ! パンっ! パンっ!

― らめぇっ! らめぇっ!

― そうはいってもこっちはぐちょぐちょだぜ!

― あはーん、いわないでぇー!

― パンっ! パンっ!

― イッちゃうー!

― うりゃあああ!

― あっはーん!


 相変わらず隣からは物凄い声が漏れ聞こえて来る。あの純朴な雰囲気を残した少女がこんな大声で乱れているとは思いたく無いし、そもそも声質がかなり違うのでやはり別の娼婦で間違いないとは思う。

 しかし別の部屋ではリコルが誰かに抱かれているのは間違いない。アカは想像しないように頭を振った。


「よし! ヒイロ、寝よう!」

「ん? お、おう」


 気合を入れて寝る宣言をしたアカ。隣でまぐわっている声を聞きながら寝るのはなんだかなと止むのを待っていた二人だが、きっとこれは朝まで続くだろう。だとすれば気にせず寝られるようにならないとこの先ずっと寝不足になってしまう。


 少し戸惑いながらもアカの意図を理解したヒイロは、明かりを消して布団に入ってきた。


「おやすみなさい」

「うん、おやすみー」


 ……。


 …………。


 ………………。


― あんっ! あんっ!

― クチュクチュ

― そこはだめよぉ!

― ペロペロ

― あはーん!


「……ん、はぁ……」

「っんむ……、はむぅ……、ぷはっ! ちょっとヒイロ……」


 お隣の声に合わせてアカにキスと愛撫をしてくるヒイロを、慌てて引き剥がす。


「んん……、アカぁ……」

「ダメよ、向こうに聞かれちゃうし、それに服……」

「あむっ!」


 注意する口を唇で塞いでくるヒイロ。


― おねがい、もう堪忍してぇ……

― おら、足開け!

― ああん、そんな乱暴な!

― それがいいんだろ!

― やーん、いわないでぇ……

― パンっ! パンっ!

― あはーん!


 夢中で唾液を交換する二人には、隣の部屋の声がひどく大きな声で聞こえた気がした。


「アカ……だめ?」

「もう……。だめじゃないけど……声、抑えられる?」

「がんばる……」


 何のことはない、隣であれだけ盛っているのが聞こえたら、アカだってそんな気持ちになってしまったのだった。二人は裸になると、横になって抱きしめあう。密着してキスをするとそれだけで満たされていく感覚を覚える。


「ヒイロ……」


 ヒイロの柔らかな胸に手を伸ばす。


「あっ……はぁんっ!」


 アカの指先がその先端に触れた瞬間、ヒイロは堪らず声を漏らした。


「ちょっと、声、大きいよ……」

「もっと、もっとぉ……!」


 隣に聞こえるかと焦るアカだが、ヒイロは既に行為に夢中になってしまっている。遠慮がちに胸に触れるアカに手を重ね、そのまま自分の胸を揉みしだいている。


「アカ……、アカ……!」


 一層恍惚とした表情でアカを見つめたヒイロは、もう片方の手をアカの胸に這わせる。


「……んっ、あんっ……」


 ビクンと反応するアカに、満足そうに目を細めると耳元に口を寄せて吐息を吹きかけるように囁く。


「アカのかわいい声、もっと聞かせて……?」


 胸に置いた手をそのまま下半身に沿わせていくヒイロ。茂みの奥を優しく撫でる。


「あ、あ、……ああんっ!」


 アカももう、声を抑えることなんてできなかった。

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