第116話 ドキドキッ⭐︎温泉回!(※)

「温泉だぁーっ!」

「温泉ね」


 山道を進み、サロに教えて貰った秘湯に辿り着いたアカとヒイロ。こんな場所だし大丈夫だとは思うけれど、一応周囲に人がいない事を確認したら服を脱いで温泉に入る。


 源泉に近い場所はかなり熱いが、窪地になった部分に溜まっているお湯が浸かるにちょうど良い温度のようであった。


「ヒイロ、先に身体洗わないと」

「おっけぃ。はい、お風呂セットパス」

 

 ヒイロから手拭いと質の悪い石鹸を受け取り、温泉の横でゴシゴシと身体を擦る。お湯で流すと、うわぁ、流れるお湯が黒い……どれだけ汚れてたんだよ。


 まあ仕方ないか。ヌガーの街を出てからは軽く身体を拭くくらいしか出来ていなかったし、ドワーフの集落についてからはそれも満足に出来ていなかった。


 ぶっちゃけ悪い意味で慣れてしまっているので数日どころか十数日身体を洗えなくても自分達の臭いって気にならなくなってしまっているが、人と会う時は気になる。


 ドワーフの人達は私達のことを臭いって思ってなかったかな? イルちゃんとかくっついて来てくれてたから多分そこまで酷い臭いじゃないとは信じたいけど……。


「アカ、背中洗ってあげる」

「ありがとう、お願いするね」


 ヒイロに背中を向けるとゴシゴシと背中を擦ってくれる。丁度良い強さに気持ち良くされるがままでいると、不意にヒイロがアカの背中に直接手を触れてまじまじと見つめる。


「ヒイロ?」

「翼は生えて無いね」

「翼?」

「吸血鬼と戦ってる時に翼が生えたって言ってたから」

「あれは、炎を翼の形にしただけだから。本物の翼は生えて無いよ」

「そっかぁ」


 ヒイロは納得して、次は私におねがいっと言ってアカに背中を向けた。お返しにヒイロの背中を擦りながら、炎の翼の事を思い出す。


 なんであの時は炎を翼にしようと思ったんだっけ。確か考えるより先に身体と魔力が動いたっていうか……なんか何の疑問もなくそうするのが一番だと思ったんだよね。


 あの時聞こえた声と関係あるのかな? 龍になれって言われたから翼を生やした……うーん、それも違う気がするなぁ。そういえばあの声は、あれ以来聞こえない。本当に声が聞こえたんだっけ? もしかして幻聴とか、自分の中にいるもう一人の自分の声だったとか? またピンチになれば聞こえるのかもしれないけど、それも困るよなぁ。


「………………」


 ふと気がつくと、ヒイロがこちらを向いてアカの顔を覗き込んでいた。


「わ、びっくり」

「なんか考えてたでしょ」


 ずいっと顔を寄せるヒイロ。ぱっちりと大きな二重の瞳が、上目遣いに寄ってくる。かわいい。その唇にチュッとキスをして、アカは立ち上がった。


「風邪ひく前に温泉、入ろう?」


 ……。


 …………。


 ………………。


「うぉぉ……これは……」

「生き返るね……」


 温泉に浸かるアカとヒイロ。まさに温泉っ! という感じで日本にいた頃に家族旅行で行った温泉旅行の露天風呂を思い出す。露天風呂という日本での非日常が、この世界での露天風呂という非日常と奇跡のマッチングをした結果、ヒイロはまるで日本の秘湯に二人きりでいるかのような錯覚を覚えた。


 アカの方を見る。アカは気持ちよさそうに目を閉じている。小さな声でハミングしながらゆっくりと揺れており、リラックスして温泉を楽しんでいる様子だ。


 実はヒイロには気になっていた事がある。……聞くなら今しかないような気がする。


「ねぇ、アカ」

「なぁに?」


 目を閉じたまま答えるアカ。


「あの時、アカが言ったことってさ」

「あの時?」

「えっと、私が魔物化しちゃって、アカが私の心臓を刺した時のことなんだけど……」


 魔物化した時、ヒイロの意識は消えては居なかった。ただ、まるで一人称視点の動画を見ているような感じで身体の自由は効かず、声も出せず、そして目を逸らすことすら出来なかった。


 アカの必死の呼びかけも聞こえていたため、何とか身体の主導権を取り戻そうとしていたが、動画を見ている人間が出演者の身体を動かすことなどできないように、抵抗ひとつ出来ない状況だった。そんな状況でアカが自分を殺そうとした事に対する恨みは持っていない。それどころか暴走を止めてくれた事に感謝しているし、嫌な役目を押し付けたという後ろめたさもある。


 さて、ヒイロの記憶は心臓を刺された直後で途切れているのだけれど、意識を失う直前にアカから聞こえたような気がする言葉が、果たしてそう言ってくれたら嬉しいと思っていた自分の幻聴だったのか。そうでないとしたら、どういうつもりで言ったのか……。


 目覚めた直後から気になっていたけれど、今まで二人きりになる機会が無かったのである。


「ああ、あのことか」


 アカは目を開けると、ヒイロを真っ直ぐに見据えて言った。


「ヒイロに、愛してるって言ったのよ」


 ……。


 …………。


 ………………。


「ヒイロ、平気?」

「はっ!?」


 気がつくとアカが目の前に移動して目の前で手をヒラヒラと振っていた。


「あまりにストレートに答えが返ってきたから、一瞬フリーズしてしまった」

「あはは、変なの」


 アカが笑ってヒイロの隣に座り直す。


「えっとですね、その、アカさん?」

「はい、ヒイロさん。なんでしょうか」

「あ、あ、ああああ、愛してるって言うのは……?」

「言葉通りの意味です」

「ふわああぁぁぁ!?」


 いやいや落ち着け私一旦冷静になれ私そもそも愛してるって言うのは家族間でも使う言葉であって友達同士だってふざけて言い合ったりする事もあるしなんならチャラ男がナンパした女の子相手に言ってたりするって兄貴の持っていた漫画に書いてあったしだからアカの愛してるの意味だって家族みたいって意味かもしれないし友達としてって意味かもしれないしチャラ男としてって意味かもしれないし何言ってんだアタシはあばばばばば


「……んっ」

「っ!」


 混乱してぶっ飛んだ思考を、アカの口付けが引き戻す。


「こういう意味だよ……」


 そう言って顔を真っ赤にするアカ。か、かわいいっ! 現実に戻って来たヒイロは、思わずアカを抱きしめる。そのままキスをしようとするが、アカは首を横に向けて避けてしまう。

 

「アカ?」

「私は気持ち、伝えたよ」


 アカは顔を赤くしたまま、それでも真っ直ぐにヒイロを見つめる。


「あ、そっか、そうだよね」


 嬉しくて思わず手が出てしまったけれど、自分もきちんと言葉で伝えないとと、ヒイロは姿勢を正す。


「私も、アカのことが好き。この気持ちはたぶん、恋愛感情だと思う。だからこの先もずっとずっとアカと一緒に居たい……だから、結婚しよう」


 あ、勢いでプロポーズまでしてしまった。いくら嬉しいからって突っ走り過ぎちゃった……ほら、アカもさすがに引いてるって。


 ところがアカはますます顔を赤くはするものの、その答えはヒイロの予想を良い意味で裏切るものであった。


「け、結婚までは、まだちょっと心の準備とかあるし……日本に帰ってからって事で、いいかな?」

「ほ、ほぇ?」

「そ、それに結婚は、ほら、式とか家族に挨拶とか、色々とあるじゃない! だからこの世界にいる間は、こ、こ、婚約って形じゃだめかしら……?」

「ぜ、全然ダメじゃないですっ!」

「良かった! じゃあ、ふつつかものですけど、よろしくお願いします」

「こ、こちらこそよろしく……」


 お互いに素っ裸で何を言っているのだろう。


 ともあれ、長いこと身体だけの関係? だった二人は一足飛びで婚約者になったのであった。


◇ ◇ ◇


「……はぁ、はぁ……んんっ! ヒ、ヒイロ……、そこ、だめぇ……」

「じゃあ、辞める……?」

「やめ……、いじわる……あんっ……」

 

 その後はこれまでで一番盛り上がった。何せ、お互いの気持ちを確かめ合ったあとの初めてのセックスである。


「あ、あ、あ……、アカ、私、もぅ……」

「もう? なぁに?」

「あ、あああっ……!」

「ふふ、ヒイロ、かわいい。……好き」


 これまでお互いに意識して避けて来た「好き」という言葉。身体を重ねながら、これを言うだけで、心まで一つになったような気がする。


 誰も来ない秘湯とはいえ、屋外というシチュエーションによる背徳感も二人の気持ちを盛り上げる。


 お互いに果てたはずでも、もう一回だけ、もう一回だけと、気がつけば日はとっぷりと暮れて月明かりが二人を照らしていた。


「……はぁ、はぁ……流石にもう腰が上がらない……」

「ヒイロ……」

「……もう一回、する?」

「ううん、私もさすがに限界かも……だから、ん……」


 目を瞑って唇を少しだけ尖らせるアカ。さっきからこれがかわいくて何度もおかわりしちゃってるんですけど!? とはいえ、本当に限界であったため最後に長くて濃厚なキスをして、今日のところはおしまいにする。


「アカ、今日は積極的だったね」

「ヒイロこそ人のこと言えないじゃない。一体、何時間してたのよ」

「朝一番にここに来たから……、十二時間くらいは軽く?」

「ふふ、今日だけで一生分しちゃったかもね」

「それは困るなぁ」


 せっかく気持ちが通じ合ったのだ。これからもたくさんしたい。


「私ね、ヒイロが死んじゃった時にすごく後悔したの。勿論、あなたが居なくなった事も悲しかった。……だけどそれ以上に、これまできちんとヒイロに対する自分の気持ちに向き合うのを無意識に避けてた事がね、すごく辛かった。なんでちゃんと伝えてこなかったんだろうって」


 服を着ながら話すアカ。ヒイロの場合は、結果的に生き返る事が出来たのであとから振り返って考えればといった感じではあるが、アカと同じ気持ちだ。言う事を言わずに死ぬ事にならなくて本当によかった。


 うんうんと頷くヒイロの手を取り、アカは続ける。


「だからね、これからはちゃんと気持ちを伝えようって思った。勿論、二度とヒイロを死なせたりはしないわ。だけどそれはそれ、同じ後悔は二度としないって決めたの」

「うん。私もアカにちゃんと気持ち、伝えるよ」

「ね、ヒイロ。愛してるわ」


 目を閉じてもう一度キスをせがむアカ。ヒイロが優しく唇を重ねると、うっとりとした表情で囁く。


「嬉しい……ヒイロ、ずっとずっと、一緒だからね」




第116話 了

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作者より

唐突な温泉会!からのついに二人の気持ちが通じ合ったところで8章終了です。

色々と伏線を散りばめては見ましたが、分かりやすいのは次の章にでも回収予定ですので引き続きお楽しみに。


9章の前にクラスメイト側のお話を少し挟みます。

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