第3章 はじめての二人旅
第29話 ハノイの街
イグニス王国。王都イグニスから、南方にあたるハノイの街。規模としてはやや小さく、隣国へ向かう船の出る港町への中継地点として意味合いが強い街だ。
王都〜街〜街〜ハノイの街〜港町、という位置関係となっており、各街の間は徒歩で五日前後の距離……つまりここは王都から徒歩15日ほどかかる、言ってしまえば田舎街である。
主要な産業も無いことから、通り抜ける旅人から巻き上げてという意志が強く、宿も高ければ食料品や傷薬、その他の消耗品なども王都の相場の二、三倍は軽くするという冒険者泣かせな街である。そのせいで冒険者は立ち寄りたがらないわ、治安が悪いわと悪循環を産み出しているのだが。
旅のはじまりとしてはやや相応しくないこの街の一画で、アカとヒイロは頭を悩ませていた。
「……私達には売るものはないですって」
「というか明らかに舐められてたよね」
ギタン達の村を発って数日、無事に最初の目的地であるこのハノイの街に着いた二人。ここまでの道中で消費した食糧などを補充しようと、冒険者御用達の雑貨屋へ向かったのだが、門前払いを食らってしまった。厳密には「売って欲しければ書いてある十倍の金を払え」と言われたのであるが。そもそも相場の三倍するところ、その十倍なんていくら初期費用があるといっても払えるものではない。
「言葉は通じてる筈よね?」
「まあ九割くらいは言ってる事が分かるから多分通じてるとは思うんだけど」
二人の言葉は先日まで滞在していた村――彼らは「ロードス族」という少数民族という位置付けだったのだが――で、半年間の生活を通して身に付けたものである。
実はロードス族の言葉にはこの国の共通語と比べて微妙に訛りがあるのだが、勤勉なアカとヒイロはそれをしっかりと身に付けてしまっていた。
その結果、田舎の街から見てもさらに辺境から出てきた訛りの抜けない若い二人組の女という装いになってしまい、舐められるのはある意味必然とも言える状況だった。
思いがけない理不尽にさてどうしようかといったところである。
「ここで補充せずに港町を目指すっていう手もあるけど」
「途中で獣の一頭でも狩れる保証があるならそれでもいいんだけど、この街に着くまでの道のりでは遭遇しなかったのよね」
「街道沿いは比較的魔物に襲われにくくて安全っていうのはその通りだったね」
「だとするとこの街から港町までの道中も期待しない方が良いかもね。水は川で汲めるとして、五日間何も食べずに行くのは辛いなぁ」
そもそもこの街で物資を補充するつもりだったので、食料はそれこそ最低限しか持っていなかった。今日中には尽きそうな量である。
「冒険者ギルドで売ってもらえるかな?」
「無駄にマージンとってるから専門店で買った方がいいぞってギタンさんには習ったけど、さすがに十倍取られるくらいならそっちの方がマシか……」
「とりあえず行ってみる?」
「そうね。どっちみちどこかで冒険者登録は必要だと思ってたしここでしても大差無いか」
一応国中に支部のある冒険者ギルドなら理不尽な門前払いは無いだろうと期待して、二人は街の外れにある冒険者ギルドへ向かった。
◇ ◇ ◇
そもそも冒険者とは、現地の言葉では何でもやる請負人の事である。それこそ当初は「お金くれたら〇〇をしてあげる」という個人間の口約束だったが、それを専業とする人間が現れ、徐々に相場や縄張りが生まれ、それを管理する組織を運営する者が現れたのが始まりと思われている。
つまり冒険者は「何でも屋」で、冒険者ギルドとはそんな何でも屋を取りまとめ仕事を与えてマージンを吸い上げる商社・人材派遣業的な立ち位置である。
この冒険者という職業が成り立つのは地球に比べて社会インフラが貧弱であることや一歩街を出れば魔物による脅威がそこら中にあることが理由なのかなとアカは漠然と考える。
ハノイの街の片隅にある、この街の冒険者ギルドに入ると高校の教室程度の広さの受付があり、敷居の向こう側に職員が座っていた。市役所みたいなスタイルだなとアカは思った。さら奥には素材などを持ち込む保管所があるようだ。
壁にはギルドへの依頼票が貼られる掲示板があり、どうやらここから任意のモノをとって受付に持っていき受注するというシステムと思われる。
今日のアカとヒイロは別に依頼を受けるつもりは無く、この隣の併設雑貨店で買い物をするために冒険者登録をするだけの予定だ。
とりあえず受付に聞いてみるしか無いか。受付自体は3つ席があるが、今はそのうち一つにしか人が座っていない。自分達も同じぐらいの歳だろうか? 比較的若い女性がいるそのカウンターに向かった。
「新規の冒険者登録ってここでいいのかしら?」
「新規登録? この街で?」
「出来ないの?」
「出来ますけど、珍しいですね。お二人ともですか?」
「ええ、お願い」
受付嬢は一度立ち上がると後ろの事務スペースに移動し、ひとつの魔道具をよいしょと抱えて戻ってきた。
「あ、登録料かかりますけど大丈夫ですか? ふたりで銀貨1枚(1万円相当)です」
「ええ」
「じゃあ名前を教えてください。
「その魔道具でギルドカードをこの場で作るの?」
「はい、そうです」
アカとヒイロが名前を名乗ると受付嬢は魔道具にクレジットカードサイズの薄い鉄の板を置いてキーボードのようなボタンを操作する。ダンダンッと魔道具がカードを叩き、一分ほどでカードが吐き出された。同じ要領でもう一度操作を行い、二人分のギルドカードが完成する。
なるほど、タイプライターみたいなものかとアカは納得した。まあ日本でもタイプライターの実物なんて見た事はないけれど。
「はい、こちらになります。内容に誤りがないかご確認ください」
受付嬢から手渡されたカードを確認する。
○冒険者証
イグニス王国冒険者ギルド
ハノイ支部 ナンバー99
アカ
(余白)
○冒険者証
イグニス王国冒険者ギルド
ハノイ支部 ナンバー100
ヒイロ
(余白)
「このナンバーってなんですか?」
「この支部で冒険者登録した人を1から順番にナンバリングしたものですね。つまりヒイロさんは記念すべき100人目の冒険者となりました」
別に記念品とかはありませんが、と受付嬢は笑った。
「これって多いんですか?」
「まさか! もの凄く少ないですよ。参考までに王都のギルドで登録するとナンバーは6桁になるそうです。お二人の前にこの支部で登録された人は三年ぐらい前ですかね。まあ冒険者って言うのは一旗あげてやろうって人が大半なので、好き好んでこんな辺境の街で登録する人はそうそう居ないって事です」
目の前にそんな奇特な人間が二人もいるんだけど。まあ悪気があって言っているわけではなさそうなので敢えてスルーする事にする。
「ちなみにこれって私たちのランクはどこに書いてあるんですか?」
「ああ、お二人は見たところ田舎から出てきたばかりのようですので、きちんと説明しますね。いまお時間あります?」
「大丈夫です」
「でしたらこちらへどうぞ」
受付嬢は立ち上がりカウンターのこちら側に回り込んで来た。そのまま受付ロビーに置いてある四人掛けの丸テーブルに座る。
「良いんですか?」
「まあこの時間は依頼の報告も来ませんし。どうせやる事もなかったので丁度良い暇潰しになります」
この子、受付嬢にしてはさっきから色々とぶっちゃけ過ぎじゃ無かろうか。まあ暇つぶしが目的ということはそれだけしっかりと説明してくれると言う事だろう。ギタンから何となくは聞いているが、本職の受付嬢から説明を受けられるというのはありがたい。
アカとヒイロは素直に丸テーブルに腰掛けた。
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