第82話 ブヒッ!討伐完了!

「はぁっ!」


 ボクッ! ドコッ!


 アカとヒイロはメイスで思い切り豚魔獣を殴りつける。走って間合いを詰めた勢いも加えたその一撃は、しかし豚魔獣の熱い脂肪に阻まれて勢いの大半を殺されてしまった。


「ブフォッ!!」


 豚魔獣はアカとヒイロを敵として判断すると、大きく咆えて二人を威嚇する。


「しくった……っ!」

「近づく前に相手に気付かれちゃったからね、仕方ない」


 後ろから駆け寄った二人であったが、攻撃に移る前に豚魔獣はその気配に気付き振り向いたのだった。不意打ち出来るのであれば、直前でジャンプして後頭部にメイスを叩き込もうと思っていたがそれは危険と判断し胴を殴った結果がこれである。


「フンッ!」


 豚魔獣は傍にあった棍棒を持つと乱暴に振り回す。棍棒といっても細めの丸太を切り出して持ち手部分を細くしただけの簡素なモノだが、これまた丸太のような太い腕から放たれる攻撃は武器の稚拙さを補って余りある威力となってる。


 アカはその当たれば間違いなく潰されてしまう攻撃を冷静に交わしつつ、脇腹にカウンターを叩き込む。


 ボクッ!


「ブモモモッ!」


 脂肪の鎧により大したダメージにはならないが、それでも豚魔獣は殴られた事実に腹を立てたのか、アカに対してさらに力強い反撃を振るう。


 右、左、後ろとアカは冷静に棍棒を避ける。目の前を太い丸太が通り過ぎる時に一瞬遅れてブワッと空気の流れが起こり、それがアカの前髪を揺らした。傍目にはギリギリの攻防に見えるそのやりとりであるが、実際のところ豚魔獣は頭に血を上らせて闇雲にアカを狙い攻撃しているだけであり、一方でアカは冷静に相手の様子を観察しつつここぞという時にだけ反撃を確実に当てている。


「ブオーッ!!」


 とうとう痺れを切らした豚魔獣が、棍棒を両手に持って大きく振りかぶった。


「うりゃあっ!」


 バキィッ!


「ブブッ!?」


 大きな隙を晒した豚魔獣の膝を、ヒイロが渾身の一撃で正面から叩き折る。頭に血が上り完全にアカだけに目がいっていた――ヒイロを意識から外してしまっていた――豚魔獣は、その不意打ちにより片脚の機能を完全に失う。


 2mをゆうに超える巨体を片脚で支え切る事ができず、ぐらりと大きくバランスを崩す豚魔獣。咄嗟に両手を地面について無様に転がる事は免れたが、それはつまり武器を手放した上で、に頭を垂らしたことを意味する。


 ハッとして前を見た豚魔獣が最期に目にしたのは、無表情でメイスをその顔面に叩き込むアカの姿であった。


 ゴキィッ!


 アカのメイスによる一撃は不快な音を立てて豚魔獣の頭を叩き割る。明らかな致命傷を与えたが、それでもアカは油断せずに一度後ろに跳んで距離を取り様子を窺う。


 豚魔獣は頭をグラグラと揺らし、しかしまだその場に倒れる事は無い。そんな敵に今度はヒイロが後ろからトドメの一撃をお見舞いすると、巨体はついに完全に沈黙して地面に伏した。


「……ふぅ。やったかな」

「うん。ヒイロ、ナイスアシスト」


 自分の意図を汲み取り相手の意識の外側から膝を潰してくれたヒイロにアカは手を挙げてお礼を言う。


「アカこそ、隙を作ってくれて助かったよ」


 パンッとアカの手にハイタッチをして労うヒイロ。決定的な一撃とトドメをさしたのはヒイロだけど、それはアカが上手く相手を引きつけたからであって決して自分の手柄では無いと思っている。この辺りの即興のコンビネーションは、もはやアイコンタクトすら無しでやってのけるアカとヒイロであった。


「さて、無事に倒したけどこれってどうすればいいのかしら?」

「死体を持ってこいとは言われてなかったし、討伐証明の部位だけ持っていけばいいんじゃないかな」

「討伐証明の部位……どこか知ってる?」

「聞くの忘れてた、かな」


 ゴブリンの場合は左耳だが、豚魔獣もそれでいいのだろうか? でもほんとに豚みたいな見た目をしているから、耳を切り取るとゴブリンと違って左右が分かりづらいよなぁ。


「とりあえず先輩方に聞いてみようか」

「……そうね。それがいいかな」


 ヒイロの言葉にアカは同意した。


◇ ◇ ◇


「それで頭を切り落として丸々持ってきたってわけね」


 集合場所にて、豚魔獣の頭をゴロリと転がしたアカとヒイロ。


「すみません。討伐証明部位を聞きそびれてしまっていて」

「いいのよ、こっちも確認してなかったのがいけなかったわね。豚魔獣の討伐証明は鼻の部分になるわ。あまり先の方だけだとギルドに文句を言われりするからちょっと大きめに切り裂くのがコツね」


 ミーナはそう言ってアカ達が持ってきた豚魔獣の頭から、鼻の部分をザクっと切り落としてはい、と渡してくれた。


「それにしても大きい個体を倒したのね。大変だったでしょ?」

「まあそれなりには」

「ふふ、このサイズの豚魔獣を二人きりで倒せるなんて、期待の新人ね。そっちもそう思うでしょ?」

「……まあ、悪く無いな」


 アカ達とミーナの様子を見ていたテレサも、納得して頷いた。


「私達に助けを求めることもなく二人きりで別の方向に歩き始めた時はどうなることかと思ったが、これを狩れる実力があるなら合格だ。ルシアにも伝えておこう」

「助けを求めて良かったんですか?」

「そりゃそうよ。いきなり豚魔獣を討伐してこいなんて普通の新人冒険者には無茶な要求だもの。でも出来ないなら出来ないなりに最低限、私達がそれぞれ別の方に進んだ時点で追いかけて来て自分から助けを乞えるぐらいの事は出来ないと育てる事もできないわ。だから私達に自分から頼る事ができるのが最低限の合格ライン」

「そ、その合格ラインを下回るともしかしてクランをクビになったりとか……?」


 誰でもウェルカムな感じで勧誘をして来たわりに、入ったあとにしれっと審査されていたという事だろうか?


「さすがにそれは無い」

「ええ、ただ向上心のない子達を育てる余裕まではこっちにも無いからルシアには「私達とは合わなかった」って伝えるだけ。そうなると今後は基本的に危険な魔獣を狩るような依頼は割り振られなくなる……素材の採集とか街の門の見張りみたいな依頼ばかりになっちゃうわね」

「安全な仕事って事ですか?」

「稼げない仕事ってことよ」


 なるほど。つまり窓際というわけか。


「その点、あなた達は文句無しよ。豚魔獣を二人で狩れるだけの実力があるならクラン全体でも上位の実力じゃないかしら」

「そ、そうですかね。ありがとうございます」

「……ミーナがこれだけ手放しに褒めるのは珍しい。一見して面倒見が良いようで、使えないと判断したら容赦なく見捨てるタイプだからな」

「えー、何よそれ!? そんな事ないわよ、ねぇ!?」


 テレサの言葉に頬を膨らませたミーナは、魔法隊自分のパーティメンバーの方を振り返り同意を求める。しかし残念ながら、魔法隊の他のメンバー達も苦笑しつつ目線を逸らすのであった。


◇ ◇ ◇


 街に戻り、ギルドにて豚魔獣合計5体の討伐を報告する。魔法隊、大剣の契りがそれぞれ2体ずつ、双焔が1体という内訳だ。

 アカとヒイロは2体の豚魔獣を倒しているが、最初の1体は炎魔法で頭を吹き飛ばしてしまっており討伐証明部位が取れなかった事や、狩りの前の取り決めで討伐するを宣言しておりそれより多く狩ったと言うとクラン内で揉める可能性があった事、またヒイロがクラン内では火属性魔法が使えることは黙っておいた方が良いと言った事から、あえて報告していない。


 ま、クラン初日だし周りの様子をみて足並みを揃える事が一番大事だしね。私達は空気を読む技術テクに長けた日本の女子高生なんだから。


 ……ん? 何か違和感があるな。


「アカさんや。私達この世界に来てからもう二年経つから、女子高生と堂々と名乗れる歳じゃなくなっちゃってるんだよ」

「ヒヒヒヒ、ヒイロさん!? 私の心を読んで的確なツッコミを入れるのはやめてくれるかしら!?」

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