第86話 ルシアの苦悩と親睦会

「ふう、やっと解放されたわね」

「アカ、お疲れさま。カッコよかったよ」


 一致団結フーマが去ったギルドにて、やれやれといった気持ちで帰ろうとするアカとヒイロ。そんな2人に苦言を呈したのはルシアだった。


「今回は向こうが引いてくれたから良かったが、今後はくれぐれも気をつけてくれ。あんな挑発するような態度をとって、恨みを買ったらどうするんだ」

「向こうは私たちを勧誘までして来たくらいだし、別に恨まれたりはしてないんじゃないかしら?」

「それは結果論だろう。頼むから諍いを起こさないでくれないかい」


 それはあちら次第だ。アカだって争いたいわけでは無いし、こちらに非があるのであれば素直に引き下がる。だけどこの世界で女の子が二人きりで生きていこうと思ったら無用な遠慮はするべきでは無い。筋の通らない要求にはノーを突きつけないと一気に搾取される事になる。


 だからこそアカは意識的に、敵意には敵意で返すようにしている。……だが、ここでルシアに噛みついても仕方が無い。他のクラン一致団結に対して下手に出るような態度は気になるが、クラン間の取り決めや力関係について口を出すべきではないだろう。


「……ええ、気を付けるわ。ただ、今後同じような事がないようにクラン間の取り決めがあるなら予め教えてもらえると助かるかな。今日みたいに一緒に行った人が伝え忘れちゃう事もあるだろうし」


 だから、素直に頭を下げつつ、他にもルールが無いかを確認する。ルシアは一応アカの答えに納得して頷いて見せる。


「そうだね、アンタたちはいつも狩猟依頼を受けているから説明する機会がなかったってのもあるんだけど、うちと一致団結は依頼先で取り合いにならないように努めているんだ」


 産業が盛んなこの街の特徴として、ギルドの掲示板に張り出される依頼はその素材を必要とする工房などからのものが多い。急ぎのものは報酬も高くなるのでみんなが受けたいところだが、そういう美味しい依頼については基本的に一致団結が取っていく事になり才色兼備は緊急性の低い依頼を受けると住み分けているとのことだ。


「魔獣の狩猟の場合はそれでいいんだけど、採集依頼の場合はそうも言っていられないんだ。特定の季節にしか採れない素材をあっちに全て譲ったらこちらが立ち行かなくなるからね。だから採集依頼については当初はお互いに場所がかち合わないように気をつけていたんだけど……」


 初めは現地でお互いのパーティを見つけたら後から来た方が譲る形で運用できていたが、そのうちどちらが先だったかと言い争いが起こるようになった。そうなると戦力で劣りがちな才色兼備が折れざるを得ない事が増え、そんな報告を受けたルシアがフーマに文句を言ったところ「だったら初めからクランごとに素材を取るエリアを決めればいい」と言われ、今の縄張り制度ができたということだ。


「だけど場所ごとにきっちり線を引いているわけじゃ無い。例えば今日アンタたちが行った山の場合は中腹に休憩が出来る開けた場所があるんだがそこより上を一致団結が、麓側を才色兼備うちがって区分になってるのさ」

「中腹に開けた場所……そんなのあったかしら?」

「私は見た覚えないなあ。つまり、私たちはそこまで登らなかったって事じゃ無い?」

「だったら尚更、縄張りを破ったなんて言いがかりじゃ無い」

「そうなんだけど、彼らはなあなあに縄張りを広げているんだ。本来うちのエリアとされているところで採集をしていても高圧的に縄張りを主張されて場所を譲らざるを得ないって事が少なくない」

「それってあっちがルールを破ってるって事じゃ無い」

「それはそうだ。だがお互いにクランリーダーが居ない場所で起きたトラブルは当事者同士の話し合いで解決するしかないってわけさ。そうなるとうちの子は弱い」


 結局言ったもの勝ちになっているというわけか。


「じゃあ今日文句をつけて来たやつらって才色兼備こっちの縄張りに入って来て権利を主張した上に、私たちが引かなかったら自分達のリーダーに泣きついたって事よね」

「そもそもリーダーに告げ口する時点でどうかと思ってたけど、詳しく話を聞いたらダサい事この上ないね」


 素材を渡さなくて良かったと心底思うアカとヒイロ。だがルシアは苦々しげに告げる。


「そんな理不尽であっても、男達に凄まれたら引き下がらずを得ない子が多いのさ。アンタたちは自分達の意見を押し通す意志と強さがあるがね、それで恨みを買った矛先が他の子に行くのがアタシは怖いんだよ。だから、くれぐれも気を付けてくれよ」


◇ ◇ ◇


「おつかれぇ〜」

「あ、お疲れ様」


 ギルドを出たアカとヒイロに声をかけて来たのは「雪月花」のリーダーのヲリエッタであった。


「今日は災難だったねぇ」

「良くある事なんですか?」

「う〜ん、あんなふうにバチバチにやり合うことはまず無いけどアイツらが絡んでくるのはたまにあるかなぁ」

「そういう時はどうしてるんです?」

「まあ運が悪かったと思う事にしてるよぉ」


 つまり諦めているというわけか。まあいざとなれば目標金額が貯まる前であってもこの街を出れば良いという前提があるアカ達双焔と、なんだかんだこの街で生きていかなければならないヲリエッタ達雪月花では守るべきラインが違うのだろう。そしてルシアが懸念しているのは、アカ達が跳ね除けた理不尽がヲリエッタ達に向かうことと言うわけだ。


「ところで双焔ちゃん、今日はこのあと時間ある?」

「まあ帰って寝るだけですけど」

「じゃあさ、良かったら一緒に晩御飯を食べようよ」

「晩御飯ですか」

「そそ。なんだかんだいい時間になっちゃったし、これまで碌に話した事も無かったから親交を深める意味も含めて、どうかなぁ?」


 ヲリエッタが可愛らしく小首を傾げた。こういった仕草は異世界でも共通なんだなと妙なところで感心する。さてどうしようと隣にいるヒイロを見ると、彼女は首を縦に振った。


「……じゃあ、ご一緒させて貰おうかしら」

「やった! じゃあ早速行こうか。いいお店知ってるから」


 ……。


 …………。


 ………………。


「じゃあ、今日のお仕事の成功を祝ってかんぱ〜い」

「乾杯っ!」


 ヲリエッタに案内された店は完全に大衆居酒屋だった。ガヤガヤと騒がしい店内で大きめの丸いテーブルに案内され、そこにドンと料理と安い酒が置かれる。


 アカとヒイロ、それに雪月花の三人――ヲリエッタ、ネルヴァ、フリン――はコップを掲げて乾杯した。


「ゴクッゴクッ……プハァ!」

「お、ヒイロちゃんいい飲みっぷりだねぇ」


 大きなコップを景気良く一口で空にしたヒイロに感心するヲリエッタ。ヒイロは愛想笑いを返しつつおかわりを注文する。


「いつもそんなに飲んでるの?」

「いや、普段は全然飲まないですね。お金が勿体無いので」

麦酒エールならそんなに高くも無いけどねぇ」

「お酒だとたくさん飲んじゃうんですよね」


 そう言いながらも既に2杯目が半分以上減っているヒイロ。一度スイッチが入るとこの子はすごいんだよなぁ……適当なところで止めてあげないととアカは決意した。


「じゃあこういうお店もあんまり来ないの?」

「そうですね、初めてきます。ヲリエッタさんはこういうお店が多いんですか?」

「そうだねぇ、こういうお店の方だといろんな人が居るからねぇ」


 そう言って周りを見るヲリエッタ。確かに周りには冒険者だけで無く、職人や商人などもいるようだ。


「色んな人は居ますけど、話をするんですか?」

「うん。こうして女の子だけで居たら向こうから話しかけて来てくれるよ〜」

「それってナンパですか?」

「ナンパ……またそうなるかなぁ。でも色んな人と知り合っておけば、素敵な人が居るかもしれないからね。ほら、いつまでも冒険者を続けられるわけでもないからさぁ〜」


 なるほど……昼は冒険者をしつつ夜は婚活をしてみる。そんなスタイルを謳歌しているということか。


「双焔ちゃん達も色んな人とお話しすると良いよぉ。二人は若いしカワイイから色んなおじさんが優しくしてくれるかもっ」


 ニコリと笑うヲリエッタ。アカとヒイロは曖昧に笑って遠慮しておいた。


 ……。


 …………。


 ………………。


「じゃあまたねぇ」

「はい、お疲れ様です」


 流石に五人でテーブルを埋めていると周りの男性達も声を掛けにくかったのか、今日はナンパされずに食事を終えることとなった。酒場を出て雪月花の三人に挨拶をしたアカとヒイロはしっかりとした足取りで宿に帰っていく。


 そんな二人を見送ったヲリエッタはふぅ、と表情を変えると踵を返して酒場に戻った。いつものカウンター席に座ったヲリエッタの隣に一人の男がやって来る。男からコップを受け取ったヲリエッタは中身をぐいと飲み干した。


 男はグルリと周囲を見回すとヲリエッタに訊ねる。


「帰ったのか?」

「ええ。残念ながらね」

「あれだけ飲んで潰れないんじゃ仕方ねぇなあ」

「間違って水を入れてたわけじゃないでしょうね」

「そんなわけあるか。アルコール二倍のだぜ」

「じゃあ、滅茶苦茶酒に強いってわけね。はぁ、面倒くさい」

「仕方ねぇけど薬を使うか。……次はいつになる?」

「分かんないわよ。また一緒に仕事するタイミングがあったらここに誘うから、準備だけはしておいて」

「ああ、分かった」


 男は頷くと席を離れた。一人残されたヲリエッタの元にはまた別の男達が慣れた様子で声を掛けにいく。

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