第38話 港町ニッケ
港街ニッケに到着したアカとヒイロ、ぼったくり店主の三人はその足で冒険者ギルドに向かう。護衛の成果報告のためである。
ギルドに入ると多くの人がカウンターに並んでいた。
「ああ、丁度他の冒険者達が帰ってくる時間になっちまったな」
「順番待ちってことね」
「そうだな。五の鐘が鳴る前に帰れれば終われば良いんだが」
ここで店主のいう五の鐘とは、地球で言う18時の事である。
この世界に来た当初、日の出と共に腕時計が指す時間が毎日1時間ほどずれていたので、おそらく一日は地球時間で25時間ぐらいなのだと思うが、これがそこまで致命的な乖離で無くて良かったとアカとヒイロは思った。ついでにこの世界にも時計はある。しかし一日を8分割した簡単な魔道具で針は一本しかない。これが地球の時計の短針を示し、一日で一周する。文字盤の模様や開始時刻も地球と大きく異なるのだが、
この世界の1時(一の鐘)=地球の6時
この世界の2時(二の鐘)=地球の9時
この世界の3時(三の鐘)=地球の12時
この世界の4時(四の鐘)=地球の15時
この世界の5時(五の鐘)=地球の18時
この世界の6時=地球の21時
この世界の7時=地球の24時
この世界の8時=地球の3時
と、朝が一日の始まりで翌朝に日付を跨ぐ。0〜23時では無く1〜8時なところや、朝から始まるルールに当初は戸惑ったアカとヒイロだったが半年間生活しているうちに何やかんやと慣れてしまい、今では五の鐘と言われればああ18時ねと瞬時に変換できる。
閑話休題、店主が五の鐘までに帰りたいと言ったのはそこが宿と酒場以外の大抵の店が閉まる、いわゆるアフター
「これって今日の仕事を報告する冒険者の列でしょ? そんなに長くならないんじゃない?」
「甘いな。見てみろ、早速揉めてるぞ」
店主に言われてカウンターの方を見ると、ガタイの良い冒険者と受付嬢が何やら剣呑な雰囲気でやり取りをしている。
「この雄魔牛の角は真ん中に傷が入っているのでその分査定は下げさせて頂きます」
「なんだと!? こっちは命懸けで狩って来たんだぞ!」
「申し訳ございませんが規定ですので」
冒険者はやれこっちの苦労も分かってくれだの、お前もとって来てみろだのと食い下がるが、受付嬢の毅然とした態度にやがて諦めて手続きを済ませた。
「ふむ、もっと揉めてギルマスが出てくるかと思ったが、存外利口だったな」
「ああいうのってよくある事なの?」
「日常茶飯事だよ。冒険者なんてのは基本的にお行儀が悪いからな。その大抵が日銭を稼いで酒を飲んで、その繰り返しで死んでいく人種さ。十分に魔物を狩る実力があればマシだが、あんな風にゴネる奴は大抵雑魚だ。おおかた今日の酒に女を付けたかったんだろうよ」
その後も列に並び報告をする冒険者達はあの手この手で報酬を釣り上げようとするため、結局アカ達の番が来たのは五の鐘と同時であった。
「護衛依頼の報告だ」
「依頼書をお受け取りします。……ハノイの街から荷馬車の運搬の護衛、と。評価はどうしますか?」
「
「承知しました。護衛はそちらの二人ですかね。冒険者証を拝見します」
素直に受付嬢にカードを手渡す。
「ハノイ支部で登録された……と、お二人はこの街では依頼を受けたことがありませんね。台帳に記入するので少々お待ちを」
手元の台帳にサラサラと何やら書き込んで、カードを返してくれた。
「はい、これでこの街でも依頼を受けられるようになりました。そしてこちらが護衛依頼の報酬となります」
◇ ◇ ◇
「それじゃあここで。達者でな」
「ええ、もう会う事もないでしょうけど」
「もうぼったくりしちゃダメだよ」
「アンタらのお陰で少しは景気良く商売出来そうだからな、努力はするさ」
ギルドの外でぼったくり店主と別れる。二日前はアカとヒイロにびびりまくってたのに最後の方はタメ口になっていたな。まあ許したのにオドオドされ続けるのも気分は良くないので、あのくらい清々しく切り替えてくれた方がこちらもやり易かったのは事実ではある。
「あっ!」
「ヒイロ、どうしたの?」
「最後に宿屋の場所を聞けば良かったなって……」
しまった、という顔をする二人。大きい街なので宿自体はいくつかありそうだが、ここの良し悪しは今の二人には判断できない。この街に詳しい人間に訊くのが一番だったと言うのに、心当たりのある唯一の知り合いと気持ち良く別れてしまった。
「追いかけて訊く?」
「もう人に紛れて見えなくなってるんだよね」
「じゃあギルドで訊いてみるっていうのは?」
「そういうのできるかなぁ。っていうか、もう
「ああ、カウンターが閉まってるのか」
冒険者ギルドも18時以降は基本的に営業終了だ。その時点で報告カウンターに並んでいる者は対応してもらえるが、その後は余程の緊急事態以外はシャットアウトである。「良さげな宿を教えてください」が緊急事態では無いだろう。
どうしたものか。とりあえず出てくる人の邪魔にならないようにギルドの表口から建物の横に移動して相談する。
「目についた宿に入る?」
「ぼったくりが怖いわよね」
「あとセキュリティとかも。ハノイの街で紹介してもらった宿は内側から閂で施錠できたから安心だったよね」
「確かに。代わりに風呂は無かったけど」
「お風呂も欲しいなぁ。食事は?」
「私、この世界の食べ物に期待するのは諦めてるから。あれば最低限お腹は膨れるけど、無くても海沿いの朝市とかあるんじゃないかな」
「だとすると優先順位はセキュリティ、お風呂、食事か」
「ぼったくりは論外ね」
「そうでした」
今日は街から出て外の岩場で野宿という手もあるが、そこまでお金にギリギリというわけでは無い。ハズレを引く覚悟で適当な宿に入るのもありか?
そんな風に悩んでいると、二人の立っていた傍の扉が開く。他の冒険者の邪魔にならないように場所を変えたのだが、ここはここでギルドの職員用出入り口の付近であった。
「あ、邪魔してすみません」
反射的に謝りつつ一歩下がるアカ。
「いいえ、こちらこそ。……あら、あなた達は先程の」
そこに立っていたのは、アカとヒイロの依頼達成の手続きをしてくれた受付嬢だった。
「確かアカさんと、ヒイロさんでしたよね。こんなところで何を?」
「えーっと、今日の宿をどうしようかなって相談してて」
「ああ、お二人はこの街が初めてでしたね。確かに女性二人だと適当な宿に泊まるのも不安でしょうし、良かったら防犯のしっかりしてる宿をご紹介しましょうか?」
「良いんですか? もうお仕事終わってるみたいなのに……」
ありがたい申し出ではあるが、非番の職員に仕事をさせるのは申し訳なさもある。遠慮がちに訊くと、受付嬢はニッコリと笑って頷いてくれた。
「構いませんよ。私が下宿してる宿なので、どっち道同じ方向ですので」
「あ、そうなんですか。じゃあお言葉に甘えさせて貰います」
はい、こちらですと言って歩き出した受付嬢に着いていくアカとヒイロ。なんとか今日の宿は確保できそうだし、良いところならこの街にいる間の拠点にする事もできる。
ところでこの受付嬢――道中の会話でサティと名乗った――サティからすれば、アカとヒイロはふらりとやって来た流れの冒険者である。仕事として適当な宿を紹介するなら良いけれど、自分が下宿している宿を紹介するなんてそれはそれで不用心では無いだろうか。なんて口にして藪ヘビになってもつまらないので黙っておく。
実はサティの方から見ればアカとヒイロは
① 護衛依頼で
② その依頼人に丁寧に接していた
③ ギルドの受付嬢に対しても物腰が丁寧
④ 先ほど案内を申し出た時に一度遠慮している
など、二人がある程度信用できる冒険者であると判断しているし、なんならどこか良い身分の出自では無いかと思ってすらいる。流石に異世界から来た「落ち人」であるとは想像も出来ていないが、アカとヒイロがきちんと他人に気を遣える人格の持ち主である事はこの短いやり取りの中で看破しているというわけだ。この辺りはさすが、大きな町で毎日大勢の冒険者を相手に見る目を養う受付嬢であった。
第38話 了
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※作者より
時間と時計の話を登場してますが、正直作者の趣味です笑
街では、6時から18時までは3時間おきに鐘がなって時刻を知らせてくれるんだというだけの話なんですが。
読んでいただく方がわかりやすいようにこれも必殺アカとヒイロの意訳発動で、地球時間表記をしますが場合によっては
その場合、あえて鐘の音を指して居たり居なかったり、要は作者の気分次第になりますのであまり気にせず読んで頂けたらと思います。
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