第88話 一致団結との共闘

 山道――獣道ではあるが――を進むこと数時間。


「いたぞ」


 戦闘を歩く「気合魂」のリーダー、ウィーンが低い声で警戒を促した。その目線の遥か先には茶色の牛の群れが闊歩している。


「あれが二足牛鬼?」

「なんかこう、想像と違うね……」


 二足、牛、鬼というワードから勝手にミノタウロスのような魔物を想像していたアカとヒイロだったが、そのまんま牛……というかそのままバイソンのような見た目の魔獣に少し呆気に取られる。そうは言ってもバイソンはアカ達の世界でも十分強い獣ではあるし、それに魔力まで持っているのであれば当然油断して良い相手ではないのだが。


「二人とも、二足牛鬼は初めてか?」

「ええ、牛の頭と人の体を持つような魔物を想像してたけど、そのまんま牛なのね」

「それは「牛頭の悪魔」って呼ばれる街ひとつ壊滅させるような災害クラスの魔物だ。そんなのは騎士クラスの戦力を何人も集めてやっと討伐するようなもので、冒険者をやっていて出会うことなんてまずないぞ」


 あ、ミノタウロスみたいな魔物もどこかに居るのか。


「なるほどね。……それで、あれを狩るのよね?」

「そうだが、慌てるな。あんなの群れに正面から斬りかかったらあっという間に囲まれてあの立派なツノで全身穴だらけにされちまう」

「はぐれ個体を探す?」

「牛鬼達は基本的に群れるからな。都合よくはぐれ個体は出ないだろう。……よし、それじゃあアカとヒイロに問題だ。安全に狩るにはどうしたら良い?」


 フーマは楽しそうに二人に意見を募る。狩人としての素質を試されているのだろうか。


「パッと思い浮かぶのは罠かしら。落とし穴や網で拘束できれば無力化できるわね」

「あと毒かなぁ。毒矢か、餌や飲み水に混ぜるか。即死しないまでも眠ったり痺れたりしてくれれば楽にはなるかもね」

「残念ながらそのどちらも却下だが、理由はわかるか?」

「……罠はあれだけ大きな牛を確実に捉えられるような大掛かりのものを持ってきてないし、即席で作っても簡単に壊されそう。落とし穴だって掘るだけで何日も掛かるか分からないわね」

「毒も似たような理由かな。あの巨体を弱らせる毒ってなると相当な劇薬になるからコストが掛かるし、そもそも食用のお肉にするなら毒は使えないね」

「優秀だな。細かい補足はあるが大体その通りだ」


 感心するフーマを横目にアカとヒイロは目配せした。この辺りは狩りの師匠であるギタンから習った範囲である。


「それで結局どうしたら良い?」

「一気に群れを殺し切る圧倒的な火力が無いなら、闇討ちしかないんじゃないかしら」

「群れが眠った深夜に音を出さずにグサっと、だね」

「模範解答だな。闇討ちで群れの全てを殺し切ることは難しいが、少なくとも群れの残りを五頭以下に減らす。そうすればこっちの十人で二体一以上をキープ出来るからな」

「了解」

「じゃあ夜が来てアイツらが寝床で休むまで見失わないように交代で見張りだな。近づくと気付かれる。このぐらいの距離を保つんだ」


 ……。


 …………。


「アカ、見て。本当に二足歩行してる」

「バイソンが立って歩くとかすごいシュールな光景ね」


 見張りを続ける中で二足牛鬼が立ち上がり、のっしのっしと歩く姿になんとも奇妙な違和感を覚える。なまじバイソンの見た目をしているから尚更である。


「後ろ脚で立ってるけど、前脚でも立てるのかしら?」

「逆立ちみたいにってこと?」

「うん。後ろから殴ろうとした時に不意に蹴られたら怖いかなって思って」

「あー、なるほどね。うん、一応警戒はしておこうか。後ろ脚で立てるなら前脚で立てても不思議はないもんね」


 そんな風に見張りと観察をしながら話していると、いつの間にやら日はとっぷりと沈む。


「真っ暗ね」

「足元、気を付けてね」


 行くぞ、と先導するフーマの後を着いていく。二足牛鬼達は身を寄せ合って眠っている。


「……五、六、七頭か。目を覚ます前に最低二頭、出来れば三頭やりたい。パーティ毎に一頭ずつ。やれるか?」


 それぞれのパーティリーダーが頷く。フーマの合図でそれぞれ牛鬼に近付いて暗殺を図る。


「どうする?」

「せーの、で頭を叩き潰しつつ喉を掻っ切りましょうか。いける?」

「おっけー」


 ヒイロがメイスを両手で構えたのを見て、アカはナイフを取り出す。刃渡り30cm程度なので首を落とすには頼り無いけれど、喉の動脈を掻っ切るならこれで十分である。


「せーのっ」

「おりゃっ」


 アカがナイフを牛鬼の首に走らせると同時にヒイロがメイスを脳天に叩き込む。バキィッ! と思ったよりも大きな音を立てて牛鬼の頭が潰れ、同時に首から血が噴き出した。哀れな牛鬼は声を発すること無くその場で絶命する。


「ふぅ……」

「アカ! 後ろっ!」


 無事に暗殺成功してホッとしたアカにヒイロが叫ぶ。その声に半ば無意識に反応したアカは振り返ること無く前に跳んだ。一拍遅れてアカのいた場所を牛鬼のタックルが通りすがる。


「ナイス回避!」

「ヒイロ、ありがとう。私達が起こしちゃった感じ?」


 ヒイロが差し出した手を取り体制を整えつつ牛鬼を見る。そこには怒り心頭といった様子でこちらに飛び掛からんとする5頭の牛鬼が居た。


「いや、ナコモ達がしくじった。一撃で殺せずに目を覚ました奴が魔力を弾けさせて他の牛鬼を起こしたんだ」


 群れが襲われた場合の防衛本能のようなものか、一頭が目を覚ますと残りも連動して起きる習性がある。アカ達とウィーン達は無事に牛鬼を一息で殺すことができたが、残りは五頭。うち一頭はナコモ達がやり損ねた個体のため瀕死ではある。


「ウィーン達は向かって一番左! アカ達は一番右の牛の相手をしろ! 俺とナコモ達で死にかけを含めた真ん中三体を相手するから、倒し次第隣の援護!」

「了解!」


 フーマの指示に従い、アカは一番右の牛鬼にナイフを投擲した。正面から投げたナイフはツノに弾かれるが、無事に標的を自分にする事に成功したのでそのまま右の方に移動して牛鬼を引きつける。


 ……。


 …………。


 ………………。


「はっ!」


 牛鬼の突進をかわしたアカを守るようにヒイロが飛び出して牛鬼にメイスを叩き込む。しかし硬い毛皮に阻まれて対したダメージになっていない。先ほどのように頭に叩き込むのは……これだけ警戒されていると難しいな。


「二足で立ったところで脚を叩いて崩そうか!」

合点がってんっ!」


 今、牛鬼はしっかりと四足の状態でも体高が180cmほどあり二足で立つまでもなくアカとヒイロより30cm近くも大きい。これだと立つまでもなく二人を見下ろせるので立つ必要が無いのだろう。これだと体制を崩せないので先ずは立ち上がらせないと。


 アカとヒイロ手頃な木に駆け上がる。牛鬼は木に思い切りぶつかり太い幹に頭突きをお見舞いした。ドシンッ! と腹の底に響く音と共に木が大きく揺れて幹にヒビが入る。


「こわっ」

「もう一発くるわよ」

「させるかっ!」


 ヒイロが枝から飛び降りて牛鬼の背中にナイフを突き立てた。


 ブオーッ!!


 牛鬼が悶えた隙にヒイロは隣の木に登り、再びナイフを持って牛鬼を見下ろした。牛鬼はその姿を目で追い、追撃に備える。飛び降りてきたヒイロを迎撃するべく、立ち上がり前脚を頭の横に掲げて構える。


「そこっ!」


 牛鬼の意識が上に居るヒイロに向いたところで、アカは身体を低く屈めて素早く駆け寄ると膝にメイスのフルスイングを叩き込む。ボキリと音を立てて膝が反対に曲がった牛鬼はガクリと体制を崩す。


 アカはステップを踏むように身を翻すと、もう片方の脚に近付いて膝をグッと押した。


 片脚を折られ、もう片脚にも文字通り手が掛かった牛鬼は反射的に意識を足元に移す。この一瞬、頭上にいるヒイロの事を意識の外に置いてしまう。――アカとヒイロがギタンから教わったのは、こういった獲物の狩り方だ。


 上へ下へと意識を誘導された牛鬼は、しかし再び上を見ることはなかった。下を向いてしまったその頭に、木から飛び降りてきたヒイロのメイスが叩き込まれて絶命したからである。 

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