第133話 キマグレブルー

「それで、その若手冒険者とはどこで落ち合うんですか?」

「今日この時間にここに集合するように言ってある」


 ロックが答えると同時に三人組の冒険者が入り口からやってきた。剣を持って鎧を着込んだ男女と、少し下がってローブに杖でいかにも魔法使いという格好の男だ。年は十代だろうか、若手特有の自信を身に纏っている。


「おお、噂をすれば。こいつらが今日同行する『気紛れの青キマグレブルー』のメンバーだ。おい、こっちは『双焔』の二人だが、急遽今日の調査に同行させることになったからな」


 ロックがそれぞれのパーティを紹介してくれる。アカとヒイロはどうもと軽く頭を下げたが、相手のキマグレブルー側、特に真ん中の女の子が露骨に嫌な顔をした。


「『双焔』って……あなた達、Aランク荷物持ちでしょう? 急に同行するなんて言われても迷惑なんだけど」

「おい、セイカ」

「本当のことでしょう? ギルドでも噂になっているじゃない、上手いことAランクに取り入って甘い汁を啜ってる二人組だって」


 セイカと呼ばれた女の子はそう言ってアカとヒイロを睨みつける。なるほど、周りからはそんな風に思われているのか……ある程度評判は耳に入っていたけれど、こうして面と向かって宣言されるとさすがに少しばかりショックではある。


 そんな事はない、魔物を狩っているのは自分たちだと反論しても良いが、実際問題ナナミのフォローやバックアップがあってこそ危険な魔物を狩れているという自覚があるアカとしては「甘い汁を啜っている」と言われると「確かにそういう面もあるよなあ」と考えてしまい、胸を張って違うと言い切れないのである。こういうところがアカの生真面目さ故に損をする部分ではある。


 結局曖昧な表情で肩をすくめるに留まる。ちなみにヒイロは言うまでもなく人見知りさんでアカの陰で気配を殺している。


 そんな双焔の二人に助け舟を出してくれたのはロックであった。


「そんな噂話を真に受けて責め立てる人間は、他人を正当に評価する実力が無いって言ってるようなものなんだが?」

「だって、みんなそう言っているわ」

「なんだそれは? 誰がそんなことを噂しているんだ?」

「そんなの、誰でも言っているじゃない。冒険者になりたてのDランクが大角虎を狩れるわけがないし、その後も狩りづらい魔物ばっかり討伐してくるから、Aランクが狩った魔物を持ってくるだけで報酬と実績を稼いでいるってみんな言っているわよ」

「みんな? みんなってのはギルドの職員もそんな風に言っているのか? だったらクレームを付けないといけないな。憶測で他の冒険者を貶めている職員が居るって。誰が言っていたか覚えているか?」

「しょ、職員の人はそうは言っていなかったかもしれないわ。だけど他の冒険者の人たち……それこそ、ここに居る人たちはみんなそんな風に言っていたわよ」


 そう言ってギルド内に居る他の冒険者達を指すセイカ。


「ふうん……ここにいる全員がねぇ。ところでお前達はこの二人が魔物を狩っているところを見た事はあるのか?」

「な、無いけど」

「じゃあそのAランク冒険者が魔物を狩っているところは?」

「あるわけ無いじゃない」

「なるほどなるほど。つまりお前達は自分で見たわけじゃないのに、噂話だけを鵜呑みにしてこの二人の同行を拒否したわけだな?」

「そ、それは……」


 ロックの指摘に口籠るセイカ。


「……別に情報源として他の冒険者の言うことを聞くなとは言わないし、中には有益な情報もあるだろう。だが、自分で確認もせずに鵜呑みにするのは危険だし、見た事もないのに直接罵倒するなんてのは、自分の目で相手の力量を正確に見極める力がありませんと宣言するようなものだ」

「……ロックさんこそ、随分とその二人の肩を持つんですね」

「俺はたまたま、この二人が十二足蜘蛛を討伐しているところを見た事があるからな。少なくともお前達よりは二人の実力を解っているつもりだし、そういう意味ではお前達の実力こそギルドから伝え聞いた範囲でしか把握していない」


 十二足蜘蛛を!? とキマグレブルーの三人の顔に驚愕の表情が浮かぶ。この街の周辺で見かける魔物についてぐらいは勉強しているが、十二足蜘蛛はその中でもかなり危険な魔物である。少なくとも今の自分達だけで討伐できるとは思えない。


 という事は、Aランクの荷物持ちという噂が間違いで本当はこの二人は強いという事? こんな、自分達とそう変わらない……それどころか、年下にすら見える少女達が?


 黙りこくってしまったキマグレブルーの三人に、ロックは声をかける。


「俺の言うことを信じるか、他の冒険者達を信じるか。考えても答えなんて出やしないさ」

「……だったらどうすればいいんですか……」

「決まっているだろう。自分の目で見極めるんだ。冒険者の基本だな」

「自分の目で、ですか」

「少なくともこっちの二人は出会った瞬間からお前達のことを分析しているよ、な?」

「え?」


 いきなり話を振られてアカはすっとぼけた声をあげた。その様子にロックはおいおいとツッコミを入れる。


「せっかく俺がいい感じのことを言ってるんだから、頼りない反応はしないでくれよ」

「あっと、えっと、ごめんなさい。……でもそんな分析なんて大層な事はしてないですよ。ねえ?」


 後ろに居るヒイロに振り返ると、彼女もコクコクと頷いて答える。


「うん。まあ同行する以上は背中を預けて大丈夫かな、それとも常に後ろを警戒しておいた方がいいかなぐらいの事は考えてるけど、それぐらいかなあ」

「そうそう。そんな感じ、です……」

「なんだ、しっかり見てるじゃないか。それで、お前達のお眼鏡にはかないそうか?」

「ええ、まあ、この場で見た印象では特に問題ないかと思いましたけど……」


 アカの答えを聞いてロックはキマグレブルーの三人に振り返る。


「だ、そうだ。お前らがくだらない噂を間に受けている間に双焔の方はきちんと戦力分析をしていたと。今のところこっちが1ポイントリードだな」


 そう言ってニヤリと笑うロック。キマグレブルーの三人は悔しそうな顔をして俯いた。


 ……ちなみにアカは細かくは告げていないが、「特に問題無い」という回答には二つの意味がある。ひとつは、キマグレブルーに後方の警戒を任せていいかという言葉通りの意味だ。つまり最低限、魔物や盗賊などからの奇襲や罠などを見つけられそうかという意味である。この点についてはまあ任せていいかなという意味での「問題ない」。

 もうひとつの意味として、不用意に隙を見せてうっかり裏切られる可能性の考慮。二、三歩離れたところから急に武器を振るわれた時に咄嗟に対応できる相手がどうか……例えばロックの事はある程度信用しているが、それでも常に最低限の警戒はし続ける必要があると思っている。しかしキマグレブルーの三人についてはおそらく自分が完全に油断した状態であっても何かあれば対応できるだろう。つまり警戒には値しない程度の強さであるという「問題ない」。


 アカとヒイロの結論としては「弱すぎるわけじゃないけど、たいして強くもない」という位置付けである。


 ……なんてこと、口が裂けても言わないけどね。


 心の中でこっそりと呟くアカであった。


「さて、じゃあ双焔の二人に謝罪をしたら出発しようか」

「謝罪?」

「ああ。コイツら、面と向かって嬢ちゃん達に迷惑だと言い切っただろう? これから一緒に遺跡の調査に行くのは決定事項だ。のっけからチームの足並みを乱すような発言に対する謝罪は必要だ」

「私たちは別にそんなに気にしてないですけど……」

「いや、ダメだ。嬢ちゃん達にはきちんと謝罪を受け取ってもらう。で、それでキチンと手打ちにして欲しい。気分は良くないかもしれんが、同じチームとして動く以上はくだらない確執がある状態は許容できないからな」


 ほら、と向かい合わせに立たされる双焔とキマグレブルー。……小学校の時、クラスの子が喧嘩するとこんな風に謝らせる先生っていたよねなんて思いつつ。居心地悪くキマグレブルーの三人を見る。


「……いきなり迷惑だなんて言って悪かったわ。噂を鵜呑みにして、暴言を吐いたことを謝罪するわ」


 セイカが小さく謝罪し、頭を下げる。


「あ、はい、えっと……許します、でいいですか?」


 ロックの方を見つつ謝罪を受け入れるアカ。


「ああ、これで表面上の蟠りはナシだ。くだらないと思うかもしれないが、こういう儀式は大切だ……今後他のパーティと組んで仕事をするときは、少なくとも表だった衝突は起こすな。それが出来ないやつはBランクに上がれないからな」


 そういうとロックはパンッ! と手を叩き、じゃあ行こうかと歩き出した。


 アカとヒイロ、ついでにキマグレブルーの三人は慌てて彼について歩きギルドの出口に向かった。

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