第330話 間隙


 ジャニスティは「自分はなのだ」と自負を抱き、生きてきた。しかし今夜これまでとは違う温かみのある感情の起伏に深い間隙かんげきを感じ、戸惑う。


(私に、ここまで他人を思いやる心があるなど――)

 自身の事ながらまるで別人のように思えてならないのである。


 ジャニスティについて――。


 彼の自己統制力は辛く苦しい過去の経験から、成されている。

 その人格ゆえにこの十年間、ベルメルシア家で大切な御嬢様の教育兼お世話役としてだけの存在となるように心掛け、振る舞ってきた。


 当然だがそれ以上でも以下でもない。


 眉目秀麗な白い肌に普段はピクリともしない口元、ひんやりとした視線は冷たい印象を見る者に与える。そんな彼をお手伝いたちは近寄りがたいと思っていた。


 またこれはアメジストも承知していることだがジャニスティの置かれている立場はベルメルシア家にとって、“利益”となる事。その一つが彼の持つ能力にありそれはこの街で珍しいとされている『治癒回復』の使い手としての役目だ。


 ジャニスティが果たすべき義務は初めてオニキスに声をかけられた日に「取引をしないか?」と言われその後、取り交わした内容――雇う際の“契約”にある。


 日々の業務を完璧に務めつつ常にベルメルシア家の“利益”を考える。自らの判断でも動き様々な問題を解決、どのようなことも迷いなく当主へと報告してきた。


 それがベルメルシア家に仕える“ジャニスティ”という人物だからだ。


 普段からどのような仕事も無表情に、流れるようにこなす。確実で早いその判断能力は誰もが認めそして何事にも屈しない冷静沈着さはオニキスが求めた通りだった(しかしそれはあくまでアメジスト以外の者たちに対してである)。


 その姿勢は少なからず同種族であるエデの教育や、影響もあったのだろう。完璧に業務を遂行する姿はいつだって、誠実で模範的。

 外部の仕事関係者には(大口の取引先であっても)峻厳しゅんげんで平等に、何を言われようと臆せず返答する。


 ベルメルシア家当主オニキスに対しても業務であれば上下関係なくどのような状況下でも四角四面な対応をするのであった。


『私は如何なる時も、真実を追求する』


 彼はいつもそう心の内で思い、志す。


 淡々と仕事を進めそこに情けは不要、周囲の状況に不備があれば躊躇ちゅうちょなく変更し切り捨て、時に冷淡な言葉も迷いなく発し意見する彼は厳しく問いただす場面もしばしばあり「“自分”はそういう人物だ」と、過ごしてきた。


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