第258話 父娘


「まぁ、座りなさい」


 普段、周囲には見せない顔。

 愛する娘だけに向ける優しく柔らかな最高の微笑みで父オニキスは言う。ベリルを亡くした日から彼にとって愛娘アメジストは目に入れても痛くない程に可愛く、愛おしい。


 そんなオニキスの書斎には来客用のソファ以外にもアメジスト専用フレンチスタイルの可愛らしいシングルソファが置いてある。窓から射し込む穏やかな光を浴びながらいつも書斎机の隣にソファを並べ美しい花の咲く庭を眺めながら、話をするのだ。


「今日は色んな事があったなぁって。そんな一日でした」

「アメジスト。それは何か、嫌なことでもあったという事かい?」

「えっ……?」


 感慨深そうに話す娘の瞳はいつもより濃く深みのある色を、帯びている。滅多に見ない大人びた彼女の表情が心配になりオニキスは、尋ねていた。


「何か悩んでいる事があるなら、力になりたいのだよ。私は、仕事ばかりしているような父だがね」


 そう言うとアメジストの小さく細い手首から手を包み込むように、握った。


「お父様……」


 今まで以上に心強い父親の声と力強く温かな、手。

 それはアメジストが感じたことのない安心感だった。


「親として出来ることは何でも――」

「いいえ。お父様はいつも皆様の事をお考えになって動く。世界で一番! 素敵でかっこいい……わたくしの尊敬するお父様ですわ」


「はっはは……ありがとう」

(この子は本当にベリルのように育ってくれた。愛ある温かな言葉で、相手の心にふと幸せを与えてくれる)


「うふふ。それに学校では、嫌なことではなくて、嬉しいことがありましたの」


「ほぉ、どんな話かな?」


「はい! 実は新しいお友達が出来たのです。それに、木々は音楽のようで……素敵な風を感じました」


 心地良かった校庭の風景を思い出しながら目を瞑り頬を染めながら話した彼女の話はまるで、物語のようだった。


「そうだね。草花や木々とは、心で会話ができる。ベリルがそう言っていたよ」


 愛娘の話に笑顔で頷いたオニキスは触れる手から何かを、感じていた。


――魔力を持たぬ私でも、感じる。


「とても嬉しかった――」


「私も嬉しい、アメジスト。お前が友人たちと楽しく日々を過ごしていることは、私にとっても大変喜ばしいことだ」


 まるで幼い子供に戻ったような無邪気さで話し始めた娘の声とそれを受け止める優しき、父の声。ゆっくりと穏やかに流れる二人だけの幸せな、空間。それはいつもと同じ何気ない会話から始まる、時間である。

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