第376話 憧憬


 アメジストの問いにゆっくりと目を閉じたラルミはすーっと深呼吸をひとつ。そのままにっこり微笑み、口を開く。


「アメジストお嬢様が、こうして無事『ベルメルシアの血族だけが受け継ぐお力』を開花なされたことに、私は心から嬉しく存じます」


「えっ――」

(何かしら? この静まり返るような感覚)


 いつもとは違う彼女の雰囲気と表情がアメジストを、戸惑わせる。


「お嬢様からの願い……もちろん、ご質問にお答えいたしましょう。というよりも、私にとってこの瞬間は――“その時がきた”……そう言うべきかもしれません」


 自分の身体と心奥深くに響きわたっていく声にそこから送られてくる『言葉』の重さを感じて。


「それは、その?」


 これまで継母スピナからの強い叱責や厳しい指導に耐えながらも懸命に仕事をこなしてきたラルミの姿からは、全く想像もつかないしっとりと安定した口調にアメジストは驚きながらも気持ちは、高揚してゆく。


「貴女様という素晴らしい宝石をこの世に授けた、慈悲深く美しいベリル様のすべてを――」


「お母様の?」

(あっ……そう、よね。ラミは私よりもずっと、もっと前からこのベルメルシア家を愛してくれて、此処に生きているんだわ)


 年齢を初めて意識するような貫禄ある空気を纏い話すラルミに、気付けば憧れの眼差しを向けるアメジスト。


「えぇ、そうです。本来であれば十六年間、ゆっくりと時の流れと共に前当主ベリル様が、貴方様のお傍で語り継ぐはずのお言葉を、僭越ながら私からお話させて頂きたく存じます」


「ラミ……いえ、ラルミ。あなたは一体?」


 お手伝いたちの中でも目立たない印象だったラルミは常に誰かの後ろで皆を支えて働いているように、アメジストには見えていた。


 パタパタパタ~ッ――ぱふっ!

「おねぇっさまぁ~♡」

「んぁぁ! クォーツ!!」


「おはようございます、可愛いクォーツお嬢様。本日も元気いっぱいで何よりです。素敵な笑顔で安心いたしました」


「ん……ふぁは、お、おはようございましゅ……」


 来客がいるとは知らずアメジストへと飛びついたクォーツはラルミの姿を捉え一瞬、固まる。そしてすぐに姿勢良く足を揃えると昨日の朝と同じように丁寧な朝の挨拶をする。


――ジャニスティから教わった、洗練された挨拶を。


「クォーツ様。恐れ入ります」


 それからゆっくりと目を瞑りラルミも長いお辞儀を終え上げた顔は「怖いものなどない」と言わんばかりの眼力に、身体は光を帯び始めていた。

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