第342話 推定


「いやいや、ジャニー。さっきも言ったがこれは私の考え、これもまた願望のようなもの、と言っておこうか」


 オニキスは「目に見えぬものを確かめる方法が今のところない」と微笑すると目線はテーブルに置かれた美しき茶菓子へと、向けられる。


「ぃぇ、はい。それは、その……解っています」


 少し戸惑いを見せる彼の心の中には様々な、葛藤があった。



 ジャニスティはお世話役としてずっとアメジストの事を支え護りときには親のように、時には兄のように優しく接し過ごしてきた。

 そしてあの大雨の夜、御者であるエデの手を借りアメジストと共にクォーツを救助。これまでより、彼女との絆は深まっている。


 それでも自分はベルメルシア家とは契約上の関係でありそれ以上でも以下でもない、業務を遂行するだけなのだと今、この瞬間も自分の心に強く言い聞かせ続けていた。


 そんな彼は自室でアメジストとクォーツの三人だけで過ごした楽しいお茶の時間が頭から離れず、それは初めて感じる幸せな出来事だと気付く。


 特に彼が衝撃を受けているのは――。


 瀕死状態の子(後のクォーツ)を助けるため片翼を失い魔力も枯渇。今度は、自身の生命が消えかけるという危険な状態となった、あの日。

 心配で居ても立ってもいられず彼の部屋へと訪れたアメジストの懸命な処置に、命を助けられたことだ。


 その瞬間から彼女の血が自分の身体なかに存在していると思うだけで彼の胸は熱く、感情は溢れんばかりである。


――それでも、この気持ちを伝える訳にはいかない。


 十年間という年月をかけ打ち解けていったアメジストとジャニスティ。心を許し理解し合っているのは事実だがあくまでも『御嬢様と教育兼お護り役』として、である。


“血の繋がった家族ではない”という現実を心に刻みその距離感を常に保てるよう自身の身分や立場を、わきまえているのであったが、しかし。


 たった今オニキスが口にした“考え”とは、ジャニスティの抱えてきた思いや葛藤を、くつがえすものであった。



――隠し扉への出入り許可を出せるのは“ベルメルシア家の血を引く血族者”のみである。



 秘めた魔力がまだ目覚めていなかった数ヶ月前でもアメジストは唯一、ベルメルシア家の血族者であることに違いない。

 そんな彼女が(無意識に)何かがきっかけで全幅の信頼を寄せるジャニスティの事を自分の家族だと認め心を解放したのだろうと思案し推測したオニキスは愛娘の美しき観察眼を――“ベルメルシアの瞳”と、表現をしていたのであった。

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