第413話 勝負


『ん、ぅぅ』


 これは決して、勝ち負けではない。

 しかしスピナにとって学生時代の様々な出来事が『不運な人生を自分だけが歩んでいる』と思い込むのには十分すぎるものであった。負の感情に心が負けていた。その情けなさを払拭するため彼女はあってはならない行動に、出てしまったのだ。


『いつも幸せそうにしているお前のすべてが不快で仕方がなくて、壊したかったのよ。だから少しくらい、私の苦しみを知り、この愛ある毒をその体で味わって逝くことね』


『……』


(あぁ、そうよ、やっとこれで断ち切れるはず……私の勝ちなのよ! そしてこの手にベルメルシアの力を取り込めば。この私にも、きっと幸せな日々が来る)



 結果、ないはずの勝利を確信。

 高揚感に弾むような気分でベッドから起き上がりほくそ笑みながらベリルの方へと視線を、戻す。


 そこで見た光景にスピナは再度、驚愕した。



 気高きベルメルシア家当主ベリルは彼女が予想していたような苦痛に満ちた姿では、なかったからだ。



『お姉様……いえ、ルシェソール=スピナ様。このような結果になり、とても残念です』


『なっ、それはどういう――』



 キラッ――!!



(なぜ、なぜなの!? 確かに私は“死の魔毒”を今、この子に与えたはず!)


『闇へ飲まれないでほしいと切に願い、そして……信じていたのです。最後まで』


(やはり、今のわたくしでは、力不足だったのですね)


 思い届かずスピナによる計画は決行された。新たな生命の誕生を悦んだ祝いの日に自身の命が姉のように慕うスピナへ狙われるという。悲劇。スピナに魔毒を刺された事実に心を痛めながらも彼女には悲しみ弱っている時間はない。それはベルメルシア家当主としての責任を果たすためだ。


 それでもベリルは涙を浮かべることはなく強い。美しく煌めく鋭い眼光を放ち、冷静だった。


『な、何を言っているの!?』


 物理的にではなく、魔法という手段でもない。

 本音ベリルが願っていた解決方法は、“心で繋がる”方法によりスピナと解り合いたかった。そしてスピナの中に残っているであろう良心を呼び起こし元の優しかった彼女自身を、自然な形で真の姿を取り戻してほしかったのだ。



 が、しかし。それも叶わぬ願いだったのだとベリルは、判断した。



『……ピュリフィエ(浄化)』


(強い、毒。急がなければ。私の残る力で、間に合うか分からないわ)


 そしてすぐにベッドで仰向けに横たわったままの状態で発したベリルの小さく儚げな声はまるで、囁くように。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

レヴシャラ~夢想のくちびるは魔法のキスに抱かれて~ 菜乃ひめ可 @nakatakana

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画