第299話 漆黒


「私は、貴方様と限りなく近い種族、とだけ申し上げておきましょう」


 その響く美声とはもちろん、ノワだ。


 均整のとれた彼女の表情はただただ“無”であることを感じさせその声色は彼の厳重な心の扉にも何故か許可無くスーッと風のように侵入してくる――そのような感覚。


 しかし不思議なことに、不快ではない。


(騙されている……きっとそうだろう、惑わされるな。そもそも、この子ノワの言う種族とは?)


「君の言う『近い種族』とは、どういう意味だ? それは私を錯乱させる策か?」


 警戒心と猜疑心から発せられた強い口調での、言葉。


 それを聞きいついかなる時も人形のように微動だにしないはずの彼女の瞳と口元が微かに色を帯びまた、ストンと伸びた美しい黒髪は風もないのにふわっと、動いた。


 顔色一つ変えずに話すジャニスティだが内心、様々な思考が頭の中をぎってゆく。その中枢で『一体、私の事をどこまで知っているというのか?』と、危険を感じずにはいられなかった。


――ふぅ……。

 するとノワは小さな溜息の後にゆっくりと目を閉じ、左右に首を二回振る。それはジャニスティの言った『錯乱させる策』との敵視された言葉を否定する、仕草であった。


 サラサラと揺れる髪は漆黒色をした絹糸のように細く一本一本が濃艶のうえんで、深い。


 しかし一瞬にして変化へんげする。


 感情を失くした人形のような彼女に戻り小さく響く美声で再度、話を続けた。


「ジャニスティ様だけが解るよう、言い方を変えましょう」


「言い方?」


「はい」


「分かった。聞こう」


「では――」


 答えと同時にジャニスティの目の前に広がったのは、白黒の世界。まるで現実のようにも思えるノワの“無”から感じたモノは今、彼の中だけで起こっている光景である。


(……これは!?)


「私は、やがて貴方様の義妹になる者」


「――ッ!」

 その言葉でハッとしたジャニスティは頭で何かがカチッと音を立て外れていたピースが、はまるかのようにある重要なことに気付いた。


(この子が使う気配無き魔術……あのギラッと光る、濃赤な瞳は)


きみは、まさか」


「お気付きですか?」と再び色を帯びるノワは、衝撃の事実を告げた。


「私は、サンヴァル族であるエデと人族であるマリー。から生まれた――ハーフです」


「二人に子供はいないはず……いや、そんな話を聞いた事がない」

(種族違いで、そんなことがあり得るのか)


 微笑むノワから場面が変わるようにジャニスティの見る風景もまた、変化していった。

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