第368話 石鹸


 自分の前へ後ろ向きに立たせたクォーツの小さな身体。

 壊れないかと思う程に繊細に見える羽を優しく丁寧に、洗う。その間も楽しそうな妹の声と姿にアメジストの心痛は救われる思いだ。


「おねぇさまぁ~これはとってもふあっふわぁっですのねぇ」

「これ……石鹸のこと?」

「キュあぅッ」


 両手いっぱいに泡を乗せてぱふっと抱きしめる仕草をしたクォーツ。それを見た彼女は自分が落ち込んでいてはいけないと気を取り直し笑う。


「じゃあ、もっとふわふわしましょう!」


 風呂桶に石鹸を入れスポンジぎゅぎゅ――ふわふわモコモコ♫


「きゃー! お姉様すごいのです~たのし♪ わたしもわたしもぉ」


「うふふ、はぁいどうぞ」

「ぎゅーぎゅーふわっわわぁ~」

「そうそう! 上手ね」


 なるべくクォーツが興味を持ったものには触れさせ教えていきたい。そうアメジストは考え今はふわふわの泡を作ってみせる。自分の手で泡が出来ていくことにとても喜び、遊ぶようなクォーツの様子に彼女はこれまで以上に妹を愛おしく感じていた。


(泡を作ったり、使ったことがない? ということは……)


 ここ数日で見聞きした様々な事柄を含めアメジストの頭の中で情報が繋がり、思案される。特にレヴシャルメ種族に関しては知らないことが多いためそれが逆に彼女の想像力に自由度を、与えていた。


(さっきクォーツが話してくれたように、レヴシャルメ種族にとってお風呂とは日常的な行動ではなくて――『羽を休め力を回復する』ためだけに湯浴みをしていたのかも……)


 少しだけぼーっと難しい表情で彼女がそんな事を考えていると――。


「には~にゅあっ!! ウはゅ!」

「きゃっ! ク、クォーツ!? 驚いたぁ」

「おねぇさまぁ~もフワフワモココ~♪」

「まぁ!」


 気付けば風呂場はたくさんの真っ白な泡でいっぱいになっていた。まるで空に浮かぶ雲の上にいるような光景に再度、驚く。


(すごい! こんな風に過ごすお風呂は、初めて)


 元々、好奇心旺盛な彼女。

 しかし継母スピナの威圧により奪われた自由と許されぬ“遊び心”は当然、幼い頃に感じる機会がなかっただけである。それが今、解放されたアメジストの心と子供のような瞳からワクワクと新鮮な思いが目の前に広がる泡のように、溢れた。


「ありがとう、クォーツ。ふわふわ泡をたくさん……」

「ハイ! お姉様もキレイキレ~するですのぉ♡」


 そう言いクォーツは自分が洗ってもらったように彼女の背中に優しく触れるとふんわり泡で、撫で始めた。

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