第370話 湯上
夢中で真っ白な泡世界を作り過ぎていた、クォーツ。
石鹸で出来たモコモコいっぱいの泡を流すのにはさすがのアメジストでも、時間がかかる。それでも彼女の頬は柔らかに緩み幸せな気持ちで、満たされていた。
“ぽちゃ……ん”
「にぃにゅふぅ……ぽかぽかぁ」
「ふふ、うん。あったかいね」
暖かい湯に癒されているのか、クォーツは珍しく落ち着き大人しい。しばらくの間ゆっくりと湯船につかった二人は穏やかな時間を、過ごす。
いつもより楽しく、そして穏やかで気持ちの良い湯浴みはいつまでもそこにいたくなる。そう思うアメジストは「気をつけなきゃ」と長湯でのぼせてしまわないように注意しつつ、ほど良い時間でクォーツに声をかけ風呂を上がった。
キィーッ……。
滑らないようクォーツの足元に気を遣いながら脱衣所へと入る。
この場所に限らずアメジストの部屋は常に空調設備が整っており季節問わず居心地よく、気温差に左右されにくい。見えない細かい部分に、普段そのような思いを口にも顔にも出さぬオニキスの過保護さと優しさが見え隠れする。
「んたぁ……おねぇさま! おふろぉは楽しい、嬉しいなのです」
「えぇ、私も。さぁ身体を拭きましょうね」
クォーツの美しく艶のある天色の長い髪を優しく束ね上げ、持ってきていたバスタオルを手に取った。そしてご機嫌な妹の身体を拭こうとした次の瞬間――彼女の心臓はドクッと唸り、手は震え、動きが止まる。
「んにゅ? お姉様?」
“タオルで身体を拭く”という動作がアメジストをあの時間へと、引き戻す。潤む桃紫色の瞳には救助した時の映像、羽がバッサリと切られ瀕死状態だった“レヴ族の子”の姿がブワッと、再現されていたのだ。
(あんなに小さな小さな身体で。どんなに苦しかったことだろう)
傷跡が残っていようと美しく気高きレヴシャルメ種族の羽は完璧に復元され身体はもちろん、完全回復している。そのクォーツにはもう外傷はなくどこを触れられても痛みを感じることは、無い。
それでも――。
アメジストはこれからもずっと、傷跡を見るたびに辛く、もっと早く助けてあげられなかったのだろうかと無力な自分を責め続けるかもしれない。
――(もしも、レヴ族を襲った種族が、私と同じ……人だとしたら?)
あの夜も考えてしまったその恐ろしい思いと、この先も解決しようのない気持ちに押し潰されそうになる。
「……ごめん、ね」
囁き声は聞き取れない程に途切れ途切れで小さく、かすれていた。
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