第98話 髪色



 毎朝、食事の部屋前で扉の開閉をするお手伝いは響いてきた靴音に、耳を澄ます。その美しい音がはっきりと聞こえ始め“旦那様オニキス”だと確信するとお辞儀の姿勢で、出迎える。


 コツ、コツン、コツ――。


「おはようございます、旦那、さ……ま?!」


 そう、いつも通りに無の静かな挨拶……のはずだった。が、しかし。さすがに見たことのない可愛らしい女の子が当主の腕の中に抱きかかえられているのを見れば、当然――動揺する気持ちや表情は隠しきれない。


 最敬礼の途中で腰を曲げた状態のまま立ち尽くしているその様子に、オニキスは一瞬フッと笑い、挨拶を返す。


「おはよう、今日も良き一日になりそうだ」


「あ……え? その……はい。あの、旦那様? そちらの方は……」


 あまりの衝撃にお手伝いの話し口調は見事に、崩れる。そして失礼を承知で恐る恐るクォーツの事を、尋ねていた。


「ん? あぁ、この子は――」

 そう言うとクォーツを鏡面タイルの床にゆっくりと降ろし、続きを話す。


「私の“娘”だよ」

「――――ッ!?」


「わぁ~!! 綺麗……此処はツルツルですのね♪」


「…………」


 絶句するお手伝いの前でしゃがみ込むクォーツは磨き上げられた美しい床を見つめ嬉しそうに、はしゃいでいる。


「あ~そうだった、すまない! 娘としてこの、ベルメルシア家に迎え入れようと思っている子だよ。あっははは」


 黙りこくったまま呆然とするお手伝いに謝罪をしつつ発言の一部を訂正したオニキスは、とても楽しそうに笑っていた。


「なッ! 旦那様!?」


「実はこの子、アメジストの世話役ジャニスティの妹でね。しばらくの間、うちにいることになったのだよ」


「ジャニスティ……様の」


 あぁ〜なるほど、という表情に変化したお手伝い。その心を信用させる決め手となったのはやはり、天色あまいろの髪色である。


「いやいや、本当にすまない……ふふ」

「いえ、そんな――」

「あっはは」


 この出来事でお手伝いの心にはある懐かしい思いが、蘇る。


――かつてベリル様がいらした頃、幸せな時間が流れるベルメルシア家に戻ったようです。 


(オニキス様がこんな楽しそうに。それに悪戯な表現を交えてお話になっているなんて、随分と懐かしい)


 謝りつつも微笑するオニキスの柔らかな雰囲気にお手伝いの心も明るくなり一緒になって、笑い始める。


「どうしたのですかぁ?」


 何だか二人が楽しそうで仲間に入りたいと! 二人の顔を交互に見ながらその場でクォーツもニカニカと、笑い始めた。

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