第261話 心弛



――『それに、なぜ……』


 そう声を詰まらせた愛娘が次に発するであろう言葉がオニキスには、予測できていた。むせび泣くのを耐えるようにしくしく涙を流すアメジストをゆっくりそっと抱き締めた父の心情は張り裂けそうな程の痛みを感じ、苦しくなる。


 それでも彼女からの話が全て終わるまでは自分から口を出すわけにはいかない、素直で正直な声を邪魔をしないようアメジストの調子で最後まで聞き受け止めたいと喉まで出かかった言葉をグッと、飲み込んだ。


「ぅん……グスッ。だ、いじょ……ぶです。きち、と……自分の言葉でお話を」


「あぁ、解っているよ」


 父の安心できる鼓動の響く胸から「ありがとうございます」と言い顔を離すと上着のポケットからレースが縫われた淡い桃色のハンカチを取り出し、涙を拭く。それから瞬時に「すぅーふぅ」と深い深呼吸を一回すると乱れる自分の感情を、しずめた。


 その姿を見た瞬間ハッとオニキスの目に浮かんだのは今も愛してやまない妻、ベリル。ふと想いを馳せた風景が、蘇る。


――十何年前か……あの頃はまだ私も若く、未熟だった。

(いつも凛と美しいベリルも強がり、泣いている日があった)


 どこかいつもと違う愛娘の雰囲気に不思議な感覚を感じつつも表情を変えることなくオニキスは、言葉をかけた。


「その美しい花柄のレース。お前に良く似合う、品のあるハンカチだ」


「ぇえ? うっふふ、とても嬉しいです。実は以前お誕生日に、お屋敷の皆様に頂きまして――……」


 極度の緊張感からすくんでいた心をほぐそうとしてくれているのか。笑む父の優しい声と何気ない言葉が彼女の身に染みる。しばらく会話をしていると気付けばアメジストは泣いていたことを忘れるように、笑い始めた。


「そうか、有難い。皆、アメジストの事をよく見ているのだな」


「はい! 昨日、私の手ひらから温かな光が生まれた瞬間に見た、皆様の笑顔……あのようにこれからもっと、もっと笑顔でお話がしたいのです!」


 感情的になりかけたアメジストの心を自然に落ち着かせ前向きな気分にさせていったのは父オニキスが持つその、話術によるものである。


 日々オニキスの仕事では様々な事柄を敏感に察する能力やまた、駆け引きも多くある。特に商談など相手の心を読み取り状況に応じた声掛けや話し合いで解決する技術と知性は、必要不可欠だ。そのため普段の仕事から方法を得ているオニキスにとって目の前にいる愛娘の感情を安心させることは、容易であった。

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