第139話 思索
「良かったな、クォーツ」
「んなぅあ! 『えーほん』ですの、お兄様!!」
きゃっきゃと喜び満面の笑みで答えたクォーツの姿に優しく笑い頷く、ジャニスティ。まだ一日と少しの時間しか一緒に過ごしていないはずの二人はすっかり、兄妹としての新たな人生を歩み始めていた。
「助けることが出来て、本当に良かったわ」
――私の気持ちを尊重してくれて、この子を救うために……自分の命をかけてでも回復魔法を施してくれた、ジャニスティのお陰ね。
感謝の気持ちを心の中で思いながら、その“命の繋がり”の深さに目を細めるアメジストは頬をピンク色に染め微笑み、頷いた。
(心を通わせるのに地位や名声、種族や歳も関係ない)
ガタッ、ゴト……。
「おや……」
馬の手綱を軽く引いた御者のエデが、呟く。
「ん? どうしたエデ、何かあったのか」
エデの操縦はいつも心地良く馬車の中は過ごしやすい。朝、一日の始まりに安らぎの空間を与えてくれる。その彼が珍しく馬車をとめ、発せられた声にジャニスティは振り返り尋ねた。
「街で服飾の催事があることは承知していましたが、どうも時間と場所の変更があったようですな」
その言葉にジャニスティは街側のカーテンを少し開け外の様子を、覗う。
「なるほど……」
(此処の場所は、使用許可が出ていないはずだが)
鋭い眼差しで問題を思索する彼の表情はいつも以上に、警戒をする。
(屋敷へ戻ったらすぐ、フォル様に報告しなければ――本日の業務に響く恐れがある)
ジャニスティがそう思う理由。それはアメジストの父オニキスが日々、分刻みに仕事をこなしていること、そして忙しすぎる予定にあった。
(時間も午後から開催だったはずだ)
「何かが、おかしいな」
年に一度、街で行われる服飾の祭典は午後からと聞いていた。そのため取引先の洋服店へ呼ばれているオニキスが来場するのは、午後一時。
もちろんエデやジャニスティも祭典については最終確認済みだった。
今日のように街で行われる催し事で急に――しかも連絡無しに場所等の大幅な範囲変更をするというのは、滅多に起こり得ない話。
「ジャニス、何か問題があったの?」
空気の重くなった馬車内の雰囲気によほどのことか? と察したアメジストが、口を開く。
「いえ、心配ございません。ただ本日は少し、学校までの進路を変更いたしますので、ご容赦下さい」
いつも通り優しい笑顔で答える彼の声が少し固いな、と気になりつつも彼女は「分かったわ」と、納得した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます