第136話 気持


(ドキドキが聞こえちゃいそう)


 自分の中で何が起こっているのか? 思いを整えることもままならずまだ上手に気持ちを表現できないアメジストは、ジャニスティが馬車へエスコートしてくれる手のひらに触れることを一瞬迷い、ふと見つめる。そして控えめに添えた自身の手が少し震えるのに気が付く。


(どうしよう、落ち着けない。これではジャニスが心配しちゃう)


 その予想通り、ジャニスティは何かを察した。


――お嬢様の様子が、おかしいな。やはりここ数日の出来事で心へのご負担が? それに先の不安もあるのだろう。


 顔には出さないが真剣に思慮するジャニスティ。彼はアメジストの事となると特に深く気遣いをし、注意を怠らない。そのためほんの少し空気が変化するだけでも気付き解決を試みるのであった。


(少しでも、お嬢様のお心に寄り添い支えになれれば良いのだが――)


 ギュッ。


 安心感を与えようとする彼は、いつもより浮いて添えたアメジストの手を優しく、しかし強く護るように握る。その瞳は真っ直ぐにアメジストを見つめた。


「んあッ! え、えっと」


 馬車に乗り降りする際にエスコートをされるのは、毎日のことである。見慣れた光景、その当たり前に繰り返してきた日々の動作がたった今、生まれて初めて経験しているかのように驚き、戸惑いを隠せない。


 あまりにも新鮮な感情にあたふたしつつ彼を見つめ、小さな声で名を呟く。

「……ジャニス」


 そして期待に答えるように彼が、次に話した言葉。その瞬間に彼女の心には、大きな“想い花”が咲き開く。


「アメジストお嬢様、本日のお洋服はまた一段とお綺麗ですね」

「あ、あの。えっと」

「とてもよくお似合いで、貴女の可愛らしさにいつも以上に惹かれる想いです」

「――!!」


(そんなに温かく、甘い素敵な言葉を――あなたに言ってもらえるなんて、私……)


――『このお洋服、気に入ってもらえるかしら』


 ラルミとの会話で言った言葉が、届いたのか。

 ジャニスティから洋服を褒められたことが今のアメジストはたまらなく、幸せに感じる。


「……ありがとう、ジャニス。とても嬉しい」


 恥ずかしいような、切なさにも似た感覚が、どうしようもなく溢れてくる。これがもし恋しいという想いだとしたら……そんな事実がアメジストには信じられずまた、信じないように。信じてはいけないという規制を自分自身に張り、気持ちを抑えていた。


 手を胸に当て馬車に乗ると口元を笑顔で結び、平常心を保つのであった。

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