第95話 執事


 フォル、六十代前半。

 綺麗に整えられた白髭に白髪と、優しい雰囲気。アメジストの事は特に可愛がり、祖父代わりでもある。

 ベルメルシア家の屋敷で一番長く、執事を務めてきた。早くに両親を亡くしたベルメルシア=ベリルにとって父のように敬愛する存在であり、良き理解者。

 しかしアメジスト出産後すぐに他界した、ベリル。彼女が大切に護り愛した思いを受け継ぐとこの屋敷を隅から隅まで美しく保ち、管理してきた。そして今日こんにちに至るまで、オニキスの精神面から仕事までを陰ながら支えるベルメルシア家の、かなめとも言える人物である。



 食事の部屋で揉め事の起こっていた、その時間――。


「ふぅ……そろそろ」


 クォーツとの対面後、いつも通り早朝の仕事を片付け終えたオニキスは清々すがすがしい気分で笑みをこぼしながら立ち上がり、そう呟く。するとその直後、扉を叩く音がした。


 コンコン、コンコン。


「来たか。どうぞ」


 ガチャリ――キィ~。


「おはようございます、旦那様」

「やぁ、フォル。おはよう、今日も時間ぴったりだ」

「恐れ入ります」


 フフッと笑いながらオニキスは迎えに来た執事、フォルと自室を出る。


 コツ、コツン、コツ――……。


 重みある歩き方で有名なその、美しく響く靴音は誰が聞いても“ベルメルシア家の当主オニキス様”だと、気付くという。


「――それでは旦那様、本日午前十一時に隣町よりカオメド様が」

「あぁ、そうだったな。新規開拓したいとの話だったか」


 多忙なオニキスの手帳は書く隙間もない程、予定一杯だ。

 そのため友人や周囲の者たちは、彼の体調をいつも気遣っている。


 そしてオニキス本人もさすがに「この仕事量全て、一人で管理するのは無理だ」と、先代の頃からこのベルメルシア家で働く執事のフォルが秘書として、仕えてくれていた。


 打ち合わせをしながら食事の部屋へ向かうオニキスはふと、立ち止まる。


「フォル……」

「はい、旦那様。いかがなさいましたか?」


 すでに何かを察したフォルであったが、表情は変化しない。


「もし私が、進むべき道を間違えた時は叱り、正してくれるか?」


 顔を伏せ話すオニキスにフォルはいつも通り落ち着いた声で、答えた。


「もちろんでございます」

「そうか……」


 安心したと言いながら安堵の表情でオニキスは「先に部屋へ行っていてくれ」と、命じた。


「かしこまりました、では先にお席の準備を」

「ありがとう」


 詮索することなく聞き入れるフォルとオニキスにはベリルを通じた深い、信頼関係があった。

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