第214話 消滅
「風が強くなってきたわねぇ」
そう言うと先生は静かに窓を閉めソファへと、戻る。
目の前に座る先生の顔を見たアメジストは紅茶の入ったカップをソーサーにゆっくりと置きそのまま小さく深呼吸をすると、息を整えそっと尋ねた。
「何故……先生は“母”である二人の事を、私にお話して下さるのですか?」
その控えめな声に先生はニコリと笑い「ずっと、気がかりだった」と、話を切り出す。
「スピナさんの笑顔はとても素敵でねぇ……でも、そう。あの日までは――」
その内容はアメジストの想像を超えるような衝撃の、事実であった。
◆
ベリルが学校へ入学して一ヶ月が過ぎた頃、平和な関係を築いていたスピナはいつも学内の広々とした花園で仲良く花言葉を学び、本を読む。またある時は彼女たち二人を中心に数人の生徒が集い、過ごしていた。
それから季節は秋――スピナの家であるルシェソール家で、不幸が起きる。なんと屋敷を全焼する程の火事が起きてしまったのだ。スピナは学校で無事だったが、ルシェソール家当主であるスピナの父、そして母と、まだ五歳の幼かった妹までこの火事に巻き込まれ、命を落とした。
この時、彼女は十八歳。あと半年で学園を卒業という時期。
たった一人助かったスピナはこの日――全てを失った。
当主不在のルシェソール家はまだ学生だった彼女一人の力ではもちろん立て直すことは出来ず、しばらく面倒を見ることとなった親戚は「せめて卒業するまでは」と学費を何とか工面しそのお陰で彼女は無事、学校を修了。
しかし卒業したばかりのスピナに一から立て直すような資金は、ない。
それは“家”の消滅を意味すると、その後一ヶ月も経たぬうちにスピナは“ルシェソール”という名を、名乗れなくなった。
◆
「そんな……スピナお継母様にそのような過去が」
「えぇ、とても気の毒でね。そう、その頃からかしら。彼女に対する周囲の態度が一変したのは――」
そこまで話すとゆっくりと目を瞑った先生は考え込んでいるようだった。その姿は何かを思い出すかのように時折り眉を悲し気に、動かす。沈黙し静寂に包まれた約一分間、アメジストの中で『継母スピナ』への印象は大きく変わっていく。
(私は本当にスピナお継母様の事を、何も知らなくて……)
自身が生まれてからの十六年間という月日をベルメルシア家の屋敷で一緒に過ごしてきた。が、しかし――心を通わせることが出来なかった自分の無力さを彼女は改めて、痛感したのだった。
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