第353話 想起


――ベリル様が手に入らないのであれば、生まれたばかりの血族を。


「躾と言えば聞こえは良いです。が、赤子の頃から抑圧し、言い聞かせたアメジスト様を、自分の思い通りに従わせることで……スピナ様は今後、何かを企んでいる」


 そう思わずにはいられないと、ジャニスティは唇を噛みしめる。


 彼が初めてベルメルシア家を訪れ新たな自分の部屋となる離れに向かう途中。挨拶をしたアメジストは驚くほどに気転がきく、とても六歳とは思えぬ落ち着きと優しさ、そして芯の強さを持っていた。


 三ヶ月間、エデとマリーから愛ある厳しい指導を受け完璧な常識を身につけたとはいえ“終幕村”で生き過ごしていた闇の時間が長すぎたジャニスティはいざ、輝くような名家の御令嬢を目の前にし「富豪の御嬢様ってのは皆このような感じなのか」と、子供らしくないなと勘違いした程だ。


 そんな出会いから十年――。

 ずっと傍で彼女を支え護り続けてきた彼にとっても、ベルメルシア=アメジストが受けてきたこれまでの苦しみは、自身の痛みでもあった。



「ジャニス、君の考えはよく解った……と、この話。エデはどう思う?」


 感情的にはならない、それは揺るぎないものである。常に第三者目線での考えで物事を広く捉えようとするオニキスはいつものようにエデに意見を、求めた。


「そうですな。私もベルメルシア家の力を狙った動きだとは感じておりましたので、その点は坊ちゃまのご意見と同感ですが。うーむ……しかしながら、命を奪うつもりだったかまでは……」


「うむ……」


 それぞれに悩み思案する時間。

 やはり真実への糸口は掴めないものかと感じ始めていた。


 すると数分後、その沈黙を破ったのはエデである。


「旦那様、一つよろしいですかな」

「ん? あぁ、エデ。何でも聞いてくれ」


 腕を組み椅子の背もたれへと背中をつけたままのオニキスは顔色を変えずに目線だけを横の方へ向け、あまり見せない険しく冷たい表情をしていた。エデは気にすることなく彼の記憶が深く沈む泉へと、問う。


「十六年前。見舞いに来たというスピナ様の行動、その後ベリル様の身に起こった悲劇により憔悴した貴方の耳元に囁いた言葉――スピナ様が最初に近づいてきた時の事ですがね。何かいつもと変わった出来事はありませんでしたか?」


「いつもと、んー……」


 エデの一点に集中した問いかけに迷わず記憶を辿り始めるオニキスはしばらく考え込んだ後に「そういえば」と、一つの違和感を思い出した。

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